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口腔外科・矯正歯科協働で目指す、精密な顎変形症治療

2025年10月31日公開

顎変形症の診断と治療

1. 顎変形症とは

顎変形症(がくへんけいしょう)とは、上下顎の骨格的な位置や大きさに異常があることで、咬合異常や顔貌の不調和を引き起こす疾患です。
遺伝などの先天的な要因が多いとされ、改善には矯正歯科治療と外科手術の併用(外科的矯正治療)が必要となります。
日本顎変形症学会が国内163施設を対象に実施した2017年度実態調査によると手術件数は年間合計3405件にも及び、近年、社会的な認知度の向上に伴い患者数はさらに増加しています。

2. 主な臨床的特徴と症状

顎変形症は以下のような臨床的特徴に分類され、これらが併発することもあります。
症状としては、咀嚼障害や発音障害と言った機能障害に加え、審美面への影響が挙げられます。

  • 上顎前突
  • 下顎前突
  • 顔面非対称
  • 開咬

3. 診断

顎変形症の診断は、矯正歯科医が精密検査を行い、矯正歯科治療単独では改善困難であることを基準として、総合的な判断のもとに行います。
顎変形症と診断された場合には、矯正治療、外科手術ともに健康保険の適用対象となりますが、治療は「顎口腔機能診断施設」の認定を受けた医療機関で行う必要があります。
なお入院と手術の費用には、高額療養費制度の適応が可能です。

4.治療の流れ

外科的矯正治療は矯正歯科と口腔外科のチーム医療となり、両者連携の下で治療が進んでいきます。
最初に手術を行うのではなく、まず術前矯正治療により、叢生(歯の凸凹)や歯性補償(上下顎骨の不調和を歯の傾きで補っている状態)を解消し、手術をしたときに良好な咬合が得られるよう状態を整えます。
その上で顎矯正手術を行って骨格的不調和を改善し、術後矯正治療で咬合の仕上げを行うことが一般的です。

当科の顎矯正手術の特色

1.全国的にも稀な口腔外科医・矯正歯科医の協働体制

一般には矯正歯科と口腔外科は別々のチームですが、当科では口腔外科医と矯正歯科医が同じ医局内で協働していることが特色で、2000年の開院以来、両者が文字通り一丸となって顎変形症治療に取り組んできました。これは全国的にも珍しい取り組みといえ、術前検査や手術シミュレーションの作成、術中のプレートベンディング、術後咬合管理など、治療に伴う多くの工程を適材適所で分担することで、患者さんの安心に繋がる質の高い医療の実現を目指しています。
現在では数多くの矯正専門開業医の先生方からご依頼いただき、全国でも屈指の症例数:年間約140件の顎矯正手術を施行しています(当科手術枠上限)。
さらに手術待機期間減少のため、複数の関連病院と手術連携体制を構築しており、早期の手術を希望される患者さんにも円滑な対応が可能となっています。

2.安全で正確な手術法の追求

近年ではデジタル技術の進歩に伴い、3Dシミュレーションを用いて綿密な手術計画を立案し、それを術中に再現することが主流となっています。とくに上下顎移動術では、上顎の正確な位置決め(目標とする新しい位置に顎骨を移動すること)が重要であり、手術全体の成否を左右すると言っても過言ではありません。

上顎の位置決め法として、かねてより上下の歯列間にスプリントを介在させ、下顎位を基準として位置決めを行う「ダブルスプリント法」が広く用いられています。しかしながら同法は基準とする下顎に可動性があるという原理的な問題を抱えているため、単独での位置決め誤差は複数の文献において平均1.5~2.0mm程度と大きく、シミュレーション通りの手術を行うことは容易ではありません。

そこで当科では手術手技の工夫・改良を積極的に行い、上顎を安全かつ正確に移動できるよう、以下に挙げる手術法を考案・報告してきました。
かつては術者の勘や経験頼みであった手術操作の多くが、客観的指標を用いた確実な操作に置き換わっています。 

①SLM(Straight Locking Mini-plate) テクニック

左右2本の骨接合用プレートを用いて頭蓋に対して下顎骨を固定し、位置決めスプリントによる上顎移動の再現度を高める方法です。
上顎の位置決めだけでなく、下顎枝矢状分割術における近位骨片復位にも利用しています。

【文献】 
・An accurate maxillary superior repositioning technique without intraoperative measurement in bimaxillary orthognathic surgery. Omura S, Kimizuka S, Iwai T, Tohnai I. Int J Oral Maxillofac Surg. 2012 Aug;41(8):949-51.
・Straight Locking Miniplate Technique Achieves Submillimeter Accuracy of Condylar Positional Change During Bimaxillary Orthognathic Surgery for Patients With Skeletal Class III Malocclusion. Takasu H, Hirota M, Yamashita Y, Iwai T, Fujita K, Mitsudo K. J Oral Maxillofac Surg. 2020 Oct;78(10):1834.e1-1834.e9.

②U字骨切り術と生体染色の応用

上顎を安全に、後方や上方に移動するために用いる術式です。下降口蓋動脈神経血管束周囲をU字形に骨切りし干渉部位を移動骨片から分離することで、安全な移動が可能となります。
インジゴカルミンを用いた生体染色法は血流の描出、口蓋軟組織の保護に有用です。

【文献】 
・U-shaped Osteotomy Around the Descending Palatine Artery to Prevent Posterior Osseous Interference for Superior/Posterior Repositioning of the Maxilla in Le Fort I Osteotomy. Omura S, Iwai T, Honda K, Shibutani N, Fujita K, Yamashita Y, Takasu H, Murata S, Tohnai I. J Craniofac Surg. 2015 Jul;26(5):1613-5.
・Vital staining of palatal soft tissue in horseshoe Le Fort I osteotomy for superior repositioning of the maxilla. Omura S, Iwai T, Honda K, Shibutani N, Fujita K, Yamashita Y, Takasu H, Murata S, Tohnai I. J Craniofac Surg. 2015 May;26(3):911-3.

③下顎に依存しない上顎位置決め法による精密手術

前述したダブルスプリント法の限界を克服するため、海外では近年、下顎に依存しない術式が主流となりつつあります。
位置決めと固定を兼ねたオーダーメイドのインプラントシステム(Patient Specific Implant : PSI)やナビゲーション、VRなど様々な手法が報告されており、なかでもPSIは欧米を中心に急速な広がりを見せています。
しかしながら顎矯正手術に保険が適応されている国内では、認可やコスト等の制約から導入は困難であり、現在もその目途は立っていません。

この現状を打開したいとの思いから、当科では国内でも実現可能な方法として、CAD/CAMサージカルガイドやプレベンドプレートを用いた下顎に依存しない上顎位置決め法を考案・報告し、現在もさらなる改良を重ねています。

【文献】 
・Accuracy of mandible-independent maxillary repositioning using pre-bent locking plates: a pilot study. Imai H, Fujita K, Yamashita Y, Yajima Y, Takasu H, Takeda A, Honda K, Iwai T, Mitsudo K, Ono T, Omura S. Int J Oral Maxillofac Surg. 2020 Jul;49(7):901-907.
・A Novel Orthognathic Surgery With a Half-Millimeter Accuracy for the Maxillary Positioning Using Prebent Plates and Computer-Aided Design and Manufacturing Osteotomy Guide. Yamashita Y, Imai H, Takasu H, Omura S, Fujita K, Iwai T, Hirota M, Mitsudo K. J Craniofac Surg. 2023 Oct 1;34(7):2087-2091.
・Accuracy and influencing factors of maxillary and mandibular repositioning using pre-bent locking plates: a prospective study. Imai H, Yamashita Y, Takasu H, Fujita K, Ono T, Hirota M, Mitsudo K. Br J Oral Maxillofac Surg. 2023 Dec;61(10):659-665.

患者さんのご紹介について

顎変形症は見た目の問題にとどまらず、機能障害や心理的負担にもつながる疾患です。早期の発見と、矯正歯科・口腔外科・一般歯科の連携による包括的な管理が重要です。
以下の所見がある場合、顎変形症を疑う必要があります。

•思春期に急に顎が伸びてきた
•オーバージェットが極端に大きいまたはマイナス
•顎の曲がりや顔貌に左右差、歪みを認める
•重度の開咬

該当症例がありました際には、ぜひお気軽に当科へご紹介ください。

  • 部長/講師 高須医師
    診療講師 今井医師
    助教 吉井医師