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連携NEWS「急性心筋梗塞」

2023年6月23日公開

急性心筋梗塞の診断

急性心筋梗塞(acute myocardial infarction;AMI)の多くは冠動脈硬化症を基盤に、冠動脈プラークの破綻とそれに伴う血栓形成により冠動脈の高度狭窄や閉塞をきたし、心筋が虚血から壊死に陥る病態であり、代表的な致死性循環器疾患の一つであります。
日本循環器学会による循環器疾患診療実態調査(JROAD)の2022年報告書によりますと、AMI患者数は微増しており、我が国の近年の総人口減少率を考慮しますと、その発症率は確実に増加していると言えます。

急性心筋梗塞患者数とDPC050030(AMI)症例数(年次推移)

循環器疾患診療実態調査(JROAD)2022年報告書より、Available from:https://www.j-circ.or.jp/jittai_chosa/media/jittai_chosa2021web.pdf(アクセス日:2023年5月15日)

急性心筋梗塞の治療

AMIの確定診断には、心筋虚血の存在を示唆する胸部症状や心電図変化の存在に加え、心筋壊死を示す心筋バイオマーカー(現在、心筋トロポニンが推奨)の一過性上昇を認めることが必須でありますが、心筋バイオマーカーは発症後、血中における検出レベルまでの上昇に時間を要し、また測定時間も必要となるため、急性期の臨床現場では、より早期の診断方法として心電図診断が用いられています。
AMIは急性期の心電図所見に基づき、持続的ST上昇を呈するST上昇型心筋梗塞(ST-segment elevation myocardial infarction;STEMI)と、持続的ST上昇を認めない非ST上昇型心筋梗塞(non-ST-segment elevation myocardial infarction;NSTEMI)に分類されます。
治療方針としては、STEMIの場合、発症後早期の再灌流療法(緊急冠動脈インターベンション)は予後を改善する確立された治療法であり、できる限りの早期治療が重要であります。あらかじめ定められた手順により、患者の病態を評価し、ただちに初期治療を開始、冠動脈インターベンションの適応を決定した場合には、最初の医療従事者の接触(first medical contact、救急隊を含む)から少なくとも90分以内に初回バルーンを拡張すること《first medical contact-to-device time;90分以内》が最低限の許容時間とされています。

一方、NSTEMIの場合には、まずはリスク評価を行い、中等度〜高リスク症例には早期に侵襲的治療を行うことが推奨されています。
日本心血管インターベンション治療学会による冠動脈インターベンションの登録事業、J-PCIレジストリー2021の集計結果をみますと、近年の傾向としてNSTEMIが増加傾向であり、とくに心不全を合併したり、様々な併存疾患を持つ高齢者のNSTEMI症例が増加している印象があります。
当院では、多枝病変を有するNSTEMIの場合には、心臓血管外科とのハートチームにおける治療方針の検討も盛んに行っており、病態に応じた最善の治療介入が可能です。

PCI実施時の診断(全PCIに占める割合・年次推移)

J-PCIレジストリー:2022年報告(2020年・2021年施行症例)より、Available from:https://www.cvit.jp/_assets/documents/registry/annual-report/j-pci/2021.pdf(アクセス日:2023年5月15日)より一部改変

急性心筋梗塞の症例

症例を提示します。80歳代の男性です。突然の強い前胸部痛が出現したため、救急車が要請されました。救急車内で、心室頻拍・心室細動となり除細動が施行され、当院に搬送されました。来院時、意識レベルJCS300、血圧74/26mmHg、心拍数143bpm、12誘導心電図、Ⅰ,aVR, aVL, V5-6でST上昇、Ⅱ,Ⅲ, aVFでST低下あり、STEMI、心原性ショックの診断で、緊急冠動脈造影が施行されました。その結果、左主幹部の完全閉塞を認め、ただちに冠動脈インターベンションが開始され、IABP(大動脈内バルーンパンピング)挿入下に薬剤溶出性ステントが留置され、手技を終了しました。救急隊の現場到着から最初のバルーン治療実施まで《first medical contact-to-device time》、51分でした。広範囲の心筋梗塞で低左心機能となりましたが、心不全管理、心臓リハビリテーションを行い、退院となっています。救命が難しいとされる左主幹部閉塞のAMI症例ですが、早期の再灌流療法(緊急冠動脈インターベンション)が奏功し救命が可能でした。

左:左主幹部完全閉塞、右:左主幹部ステント留置後左:左主幹部完全閉塞、右:左主幹部ステント留置後

また現在、当院では補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA:大動脈弁を逆行性に挿入し、左室内腔から血液を汲み上げ、上行大動脈内へ血液を吐出するカテーテル型ポンプ)が使用可能となり、心原性ショックのAMI症例等に積極的に導入し、更なる救命率の向上と心機能の回復を目指しています。

補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA)

補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA)補助循環用ポンプカテーテル(IMPELLA)

注意点・フォローの仕方

AMIの確定診断には、心筋虚血の存在を示唆する胸部症状とありますが、典型的な胸痛(前胸部や胸骨後部の重苦しさ、圧迫感、絞扼感等や不快感も含む)ばかりでなく、呼吸困難や意識障害の出現が主訴であることもあり注意を要します。とくに高齢者では、心筋虚血による症状として全身倦怠感、食欲不振や意識レベルの低下などが唯一の症状のこともあり、これらの症状が急に出現した場合には、鑑別診断としてAMIを挙げ、心電図検査も実施して頂くことをお勧めします。

そして、明らかな心電図異常の場合はもちろんのこと、軽微な心電図変化や虚血性心疾患のリスク因子である基礎疾患をお持ちの場合にも、早めにご紹介ください。
また近年、心筋トロポニンの迅速診断が可能な医療機関が増加していますが、日本循環器学会のガイドラインのフロー図にありますように、心電図で明らかにSTが上昇している場合には、心筋トロポニンの測定結果を待たずに再灌流療法の適応を検討とありますので、心筋トロポニンの測定を行わずに高次医療機関へ搬送することもご検討ください。

日本循環器学会ガイドライン、急性冠症候群ガイドライン(2018年改訂版)

患者さんを紹介する際の必要な情報や基準について

とくにSTEMIの治療では,発症から再灌流までの総虚血時間をいかに短くするかが重要ですので、AMIが少しでも疑われた場合には、間違っていても結構ですので速やかにご紹介ください。
なお、発症時刻や併存疾患の情報は重要ですが、時間を費やさないよう、診療情報提供書の内容は最小限で結構です。

逆紹介後のフォローアップで気を付けて欲しいこと

AMI急性期の治療経過や慢性期の残存心機能にもよりますが、原則的には病状は安定しておりますので、逆紹介時の循環器的薬物治療の継続をお願いいたします。基礎疾患としての高コレステロール血症などに対しては、二次予防として推奨されるコントロールレベルを目標に、用量調整や治療強化をご検討ください。
多くの場合、冠動脈インターベンション(≒冠動脈ステント留置術)が実施されていることより、初期の抗血小板薬2剤併用療法から一定時期を経て単剤療法に変更となっているかと思われますが、抗血小板薬の継続は重要となりますので、ご留意ください。
また、心不全合併症例でも、安定期(代償期)に逆紹介となりますが、心不全の増悪傾向がないか、観察をお願いいたします。また、胸痛や息切れ等の自覚症状が再度出現しましたら、速やかにご紹介をお願いいたします。

診療科からのメッセージ

心臓血管センター 担当部長 菅野 晃靖

心臓血管センター 担当部長 菅野 晃靖の写真心臓血管センター 担当部長 菅野 晃靖の写真

AMIとくにSTEMIの発症は、いまだに院外心停止の大きな原因疾患であり、その発症予防・動脈硬化危険因子への介入が最も重要であることに間違いありません。そして発症してしまうAMIに対しては、発症から再灌流までの総虚血時間を極力短くするため、市民や患者への疾患啓発とともに、日頃からの実地医家の先生方とのスムースな地域連携の構築が大変重要であります。
当院では、24時間AMIに対する緊急冠動脈インターベンションに対応しているとともに、高度救命救急センターを併設しており、心原性ショックや心肺停止等の最重症例にも対応可能です。心臓血管外科医も24時間体制で常駐しており、常にハートチームとしての最良の循環器診療が可能です。
少しでもAMIが疑われた場合には、24時間いつでもご連絡ください。

1989年 横浜市立大学 医学部 卒業
1989年 横浜市立大学医学部附属病院 臨床研修医
1991年 神奈川県立足柄上病院 内科 医員
1993年 済生会横浜市南部病院 循環器科 医員
1995年 横浜市立大学医学部附属浦舟病院 第二内科 常勤特別職
1999年 共立蒲原総合病院(静岡県) 内科 医長
2001年 横浜市立大学(医学部)附属 市民総合医療センター 心臓血管センター 助手
2004年 横浜市立大学(医学部)附属病院 第二内科(循環器内科) 助手
2006年 横浜市立大学附属病院 循環器内科 准教授
2017年 横浜市立大学医学部 循環器・腎臓内科学
(2017年7月、循環器・腎臓・高血圧内科学に名称変更) 准教授
2022年 横浜市立大学医学部 循環器内科学
(2022年10月、循環器内科学教室発足) 准教授
2023年 横浜市立大学附属市民総合医療センター 心臓血管センター 准教授・担当部長

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