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世界で最も効率的なサンゴ分布調査ツール(Speedy Sea Scanner)を開発 ~80日かかる海底調査を1日で~

2020.08.01
  • プレスリリース
  • 研究

世界で最も効率的なサンゴ分布調査ツール(Speedy Sea Scanner)を開発

~80日かかる海底調査を1日で~

発表者

水野  勝紀(東京大学大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 助教)
萩野 誠一朗(東京大学大学院新領域創成科学研究科 海洋技術環境学専攻 修士課程2年 :研究当時)
多部田  茂(東京大学大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 教授)
杉本  憲一(株式会社ウインディーネットワーク 代表取締役社長)      
阪本  真吾(株式会社ウインディーネットワーク 主任)
小川  年弘(株式会社ウインディーネットワーク 専務)
寺山  慧 (横浜市立大学大学院生命医科学研究科 准教授)
深見  裕伸(宮崎大学農学部海洋生物環境学科 教授)

 


研究成果のポイント

  •  海底を効率よく調査し、サンゴ分布範囲を自動で算出するツール(SSS: Speedy Sea Scannerを開発しました。
  • 従来のダイバーによる潜水調査の約80倍、海中ロボットによる調査の約5倍の調査効率を低コストで実現しました。
  • 迅速で広域な海底調査が可能になるため、海洋開発や気候変動などが海洋環境に及ぼす影響をより正確かつ客観的に把握できることが期待されます。将来的には、サンゴや海草藻場、海洋ゴミ、水産資源の分布範囲の把握や海洋構造物の設置計画・維持などに利用予定です。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の水野勝紀助教、萩野誠一朗大学院生(研究当時)、多部田茂教授、株式会社ウインディ—ネットワークの杉本憲一代表取締役社長、阪本真吾氏、小川年弘氏、横浜市立大学大学院生命医科学研究科の寺山慧准教授、宮崎大学農学部海洋生物環境学科の深見裕伸教授らの研究グループは、海底を効率よく調査し、サンゴ分布範囲を自動で算出する新しい海底環境調査ツール(SSS: Speedy Sea Scanner)を開発し、沖縄県久米島沖でその実証試験に成功しました。従来のサンゴ礁の分布調査などではダイバーによる潜水や海中ロボットを用いた調査などが行われていますが、効率や安全性、コストの面などで課題がありました。今回開発した新しい調査ツールは、曳航式のカメラアレイシステムであり、これを用いれば、低コストながらも従来のダイバーによる潜水調査の約80倍、海中ロボットによる調査の約5倍の効率で調査が可能になります。迅速で広域な海底調査が可能になるため、海洋開発や気候変動などが海洋環境に及ぼす影響をより正確かつ客観的に把握できることが期待されます。将来的には、サンゴや海草藻場、海洋ゴミ、水産資源の分布範囲の把握や電力供給用の海底ケーブル敷設計画・維持などに利用予定です。本研究成果は、英国科学雑誌「Scientific Reports」(2020年7月31日)に掲載されます。

発表内容

(1) 研究の背景と経緯  
サンゴ礁は世界中の沿岸環境において重要な役割を果たしており、5 億人以上の人々の暮らしに影響を与えていると言われています。しかし、過去 30 年の間に、カリブ海地域では最大 80%、インド太平洋地域では最大 50%のサンゴが失われていると推定されており、その保全戦略を策定するためにも、現状のサンゴの状態をより正確に把握し、また今後の海洋開発や気候変動がサンゴに与える影響を迅速に評価する技術が求められていました[1-3]。従来のサンゴの調査は、ダイバーや海中ロボットによる海底写真撮影などに基づいて行われていますが、ダイバーの調査は、広範囲におよぶ計測には不向きであり、また、少なからず潜水による危険も伴います。一方で、海中ロボットを用いた調査は、比較的広範囲を効率よく計測できますが、現状では開発費用や運用コストが高く使用環境の制限を受けやすいという課題がありました。また、いずれの方法も、得られた海底写真から海底情報を数値化する必要があるため(専門家が手動で1枚10-15分程度)、調査範囲が広く、海底写真のデータサイズが大きくなるほどその解析時間が問題となっていました。

(2)研究の内容  
本研究グループでは、前述した課題を解決するために、新しいコンセプトの海底調査ツール(SSS: Speedy Sea Scanner(図1))を新たに開発しました。本システムは、水中一眼レフカメラ6台と専用のフレームから構成された曳航式(注1)のカメラアレイシステムであり、小型船で曳航しながら海底を撮影することで、短時間で広い範囲の連続した海底写真を得ることができます。沖縄県久米島沿岸域においてその実証試験を実施し、その調査効率は12,146 m2/時間で、従来のダイバーによる調査の約80倍、海中ロボットによる調査の約5倍であることが示されました。また、今回の試験で得られた30,957枚の連続写真に対して、色調補正、位置情報を付加した後に、SfM(注2)を利用して、極めて高精細な海底の3次元モデル(図2:解像度1 cm)や2次元のオルソ画像(注3)(図3:解像度約3.5 mm)を作成することに成功しました。従来の音響測深(注4)によって得られる海底の3次元モデルの解像度は浅海域において50 cm程度であるため、本システムによってこれまで把握できなかった海底面の細かな凹凸まで捉えることが可能となりました。また同時に、得られた大規模な画像データから、U-net(注5)を利用したサンゴの分布範囲を自動的に識別する人工知能(AI)を開発し(図4)、解析時間を大幅に削減しました(自動で1枚(約3.2 m2あたり)0.057秒程度)。

(3)社会的意義と今後の展開
本システムを用いることで、迅速で広域なサンゴの分布調査が可能になるため、海洋開発や気候変動などがサンゴに及ぼす影響をより正確かつ客観的に把握できることが期待されます。 これまでの実質的な海底調査は、国内外問わずダイバーの潜水調査によって実施されるものが殆どでした。しかし、潜水業務は少なからず危険が伴うことに加え、特殊資格も必要です。また潜水時間も限定的であるため、局所的なデータに基づく評価となり、時には客観性が失われることもありました。本研究成果は、これらの課題を根本から解決するものであり、安全性、効率性の面で飛躍的な向上が見込まれます。また、本システムで得られる結果は、殆どがコンピュータによって処理されているため、観測者の主観が入りにくく、極めて客観的な評価結果を提供することになります。これは、結果を多くのステークホルダー間で議論する際に特に重要なポイントとなります。さらに、水中カメラ以外の機器が不要であるため、システム構成が簡易で可搬性もよく、低コストで開発・運用でき、これまで高額な機器の利用が難しかった発展途上地域の離島などにおける調査が飛躍的に進むと期待されます。今後は、サンゴの種類の自動識別や白化したサンゴの検出などにも応用していくことに加え、サンゴ以外にも、海草藻場、海洋ゴミ、水産資源の分布範囲の把握や海洋構造物設置計画・維持などにも利用されることが期待されます。

本研究への支援  
本研究は、久米島漁業協同組合および株式会社沖縄エネテックの方々の協力により実施されました。
[1] Gardner, T. A., Cote, I. M., Gill, J. A., Grant, A. & Watkinson, A. R. Long-term region-wide declines in caribbean corals. Science 301, 958–960 (2003).
[2] Mumby, P. J. & Anthony, K. Resilience metrics to inform ecosystem management under global change with application to coral reefs. Method Ecol. Evol. 6, 1088–1096 (2015).
[3] Reefs at risk revisited (World Resources Institute Washington, DC, 2011).

発表雑誌

雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:7月31日)
論文タイトル:An efficient coral survey method based on a large-scale 3-D structure model obtained by Speedy Sea Scanner and U-Net segmentation
著者:Katsunori Mizuno*, Kei Terayama, Seiichiro Hagino, Shigeru Tabeta, Shingo Sakamoto, Toshihiro Ogawa, Kenichi Sugimoto, Hironobu Fukami
DOI番号:10.1038/s 41598-020-69400-5
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-020-69400-5

用語解説

注1:曳航式 母船によって引かれながら用いられるものです。

注2:SfM Structure from Motionの略で、視点の異なる複数枚の画像から対象物の3次元形状及び、カメラの相対位置を復元する技術です。

注3:オルソ画像 複数枚の写真上の像の位置ズレをなくし、真上から見たような、正しい大きさと位置に表示される画像に変換したものです。地理情報システム(GIS)などにおいて、画像上で位置、面積及び距離などを正確に計測することが可能で、地図データなどと重ね合わせて利用することができる地理空間情報です。

注4:音響測深 音波を海底に向けて送信して海底で反射して戻ってくるまでの時間から水深を算出し、海底地形を調査する手法です。

注5:U-net 画像中に写った物体の識別に向いたディープニューラルネットワーク(DNN)の一種で、画像を出力することができます。

添付資料

図1. Speedy Sea Scanner 6台の水中カメラを専用が専用のフレームに取り付けられている。 ロープの長さを変えることで、海底からの高さを調整する。 水平尾翼により姿勢が一定に保たれる。
図2. 海底の3次元モデル(上:全体図、下:赤枠内の拡大図) 広範囲を高い分解能で3次元的に把握できる。
図3. オルソ画像(左:全体図、右:拡大図) 画像が真上からみた正しい位置情報を持っているため、 サンゴの分布情報を数値化する際に用いられる。
図4. AIによって推定されたサンゴ分布図 広い範囲内における局所的な変化が把握できる。 値は約3.2m2の範囲内においてサンゴが占める割合を示している。

問い合わせ先

(取材対応窓口、資料請求など)
横浜市立大学 広報室
Tel:045-787-2445
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp
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