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生命医科学研究科の石本直偉士助教が、第19回アジア結晶学連合国際会議(AsCA2025)でRising Star Awardを受賞!

2025.12.18
  • TOPICS
  • 研究

多剤耐性菌の拡散に関わるタンパク質Pilusの分子内環状化と薬剤耐性遺伝子の拡散機構について原子レベルでの解明に挑戦

生命医科学研究科の石本直偉士助教が、2025年12月1日〜6日に台北国際会議中心(台湾)で開催された第19回アジア結晶学連合国際会議(AsCA2025)において、「Structural insights into cyclised pilin subunits in bacterial conjugation(細菌接合における環状化Pilusの構造生物学的洞察)」についてRising Star Sessionで発表し、Rising Star Awardを受賞しました。
受賞者
生命医科学研究科
構造創薬科学研究室
石本 直偉士助教

受賞内容
第19回アジア結晶学連合国際会議(AsCA2025)
Rising Star Award

発表題目
Structural insights into cyclised pilin subunits in bacterial conjugation
(日本語題:細菌接合における環状化Pilusの構造生物学的洞察)
今回の発表内容について石本先生に解説していただきました。
細菌により引き起こされる感染症は抗菌薬による治療が可能です。しかし近年、薬剤の効かない多剤耐性を獲得した細菌(多剤耐性菌*1)の増加により、感染症の治療の選択肢が枯渇するという深刻な事態が危惧されています。多剤耐性菌が拡散する原因の一つとして、多剤耐性遺伝子を持つ細菌が他の細菌にその遺伝情報を受け渡すことがあげられます。細菌はプラスミド*2と呼ばれる独立した環状DNAを持っており、性繊毛(Pilus)を介した接合*3という過程で互いにプラスミドを共有します。Pilusはピリン(Pilin)と呼ばれる構成単位から形成され、それらが螺旋状に結合することで、細菌表面から伸びた毛のような構造を形成します。本研究ではH-pilus(IncHプラスミド由来)とRP4-pilus(IncPプラスミド由来)に着目し、研究を行いました。両pilusの分子構造をクライオ電子顕微鏡*4を用いて明らかにしました。興味深いことに、どちらのpilusも構成タンパク質(ピリン)のN末端とC末端が結合し、環状化した構造を持つことが近原子レベルで明らかになりました(図1)。H-pilusにおいて、この環状構造形成に関わる領域や残基に変異(ΔC-ter, D69A/N/G/R)を加えると、pilusの形成阻害や、接合能力の欠失を引き起こすことが明らかになりました。 特にD69R変異体はH-pilusの表面電荷に変化を与え、この変化が接合能力に関わっていることが示唆されました(図2左)。さらに、RP4-pilusはこれまでpilus形成やプラスミドの移行に必須とされてきた脂質を必要としないpilusであることの証明に成功しました(図2右)。この発見は、薬剤耐性遺伝子の拡散メカニズムにおいて新たな知見であり、将来的な薬剤開発の手がかりとなる重要な成果です。
図1 今回の研究で明らかとなったH-pilus(左)RP4 pilus(右)の電子マップと構造
双方N末端C末端が結合し、環状化していた。RP4 pilusには脂質が結合していなかった。
図2 H-pilus, RP4 pilusの接合活性測定により明らかになった接合メカニズム
さまざまなH-pilusの変異体を作製し、接合活性の測定を行った。その結果、D69R変異体はH-pilusが発現するものの、接合機能が失われていた。表面電荷(赤:負電荷/青:正電荷)の比較から、D69R変異体ではH-pilus表面に僅かに正電荷を帯びた領域が生まれ、接合能力の低下に関与したと考えられる。RP4 pilusの接合活性測定では、脂質(Phosphatidylglycerol: PG)を合成できない大腸菌株(脂質PG欠損株)を利用して測定を行った。野生型の大腸菌株ではRP4 pilus、 H-pilusともに接合活性を示したが、PG欠損株ではRP4 pilusのみが活性を維持した。この結果から、RP4は脂質に依存せずにpilus構造を安定化し、さらにプラスミドの輸送できることが明らかとなった。
石本直偉士先生のコメント
このたび、アジア結晶学連合国際会議(AsCA2025)のRising Star Awardを賜り、大変光栄に存じます。本研究と発表内容はImperial College London所属時の研究成果[1]と今年度助教着任後に進めてきた研究成果[2,3]です。また、本年9月に日本生物物理学会の若手招待講演で発表した内容をさらに発展させたものです。研究の遂行にあたりサポートしてくださったKonstantinos Beis教授、Gad Frankel教授をはじめ多くの方にこの場をお借りして感謝申し上げます。本受賞を励みに今後も構造生物学分野の発展と、健康社会の実現に貢献できる研究者となっていけるよう、より一層精進してまいります。
研究費
本研究は内藤記念科学振興財団海外留学助成、JSPS科研費(JP25K18415)、横浜市立大学学長裁量事業 第5期 学術的研究推進事業「国際共同研究プロジェクト」の支援を受けて行われました。


用語説明
*1 多剤耐性菌:複数の抗菌薬(抗生物質)が効かなくなる、もしくは効きにくくなった細菌のこと。細菌が薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)を獲得する問題は世界的な公衆衛生上の脅威となっている。多剤耐性菌への感染は治療の選択肢が制限されるため、感染症の重症化リスクが高まる観点から、こうした細菌の拡散防止は急務である。
*2 プラスミド:大腸菌をはじめとした細菌や古細菌の中には主要な遺伝情報を担う染色体DNAのほかに、「プラスミド」と呼ばれる環状の二本鎖DNAが存在する。プラスミドは染色体とは独立して自己複製でき、細菌の生存そのものには必須ではない。しかし、薬剤耐性や他の細菌へDNAを伝達する能力など、細菌に追加の性質を与える遺伝子を含むことがある。一つの細菌内に共存できるプラスミドには制約があり、互いに安定して共存できないプラスミド同士は「不和合(Incompatible)」と呼ばれる。この不和合性に基づき、プラスミドはIncグループに分類される。本研究ではIncH群とIncP群に属するプラスミドに着目した。
*3 接合:細菌同士が性繊毛によって接続され、供与菌(ドナー)から受容菌(レシピエント)に遺伝情報の共有を行う仕組みのこと。
*4 クライオ電子顕微鏡:タンパク質をはじめとした生体高分子について電子顕微鏡を用いて液体窒素温度下(-196℃)で観察する方法。調製したサンプルを液体エタン中で急速凍結し、薄い氷の中に分子を包埋する。このサンプルについて電子顕微鏡により観察する。得られた電子顕微鏡像から目的の生体分子の粒子を切り出し2次元クラス分け、3次元再構成することで立体構造を明らかにすることができる。


参考文献
  1.  N. Ishimoto, J. Wong, N. Singh, S. Shirran, S. He, C. Seddon, O. Wright-Paramio, C. Balsalobre, R. Sonani, A. Clements, E. H. Egelman, G. Frankel, K. Beis; Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS), 122, 16, e2427228122, 2025
  2.  S. He*, N. Ishimoto*, J. Wong, S. David, K. Beis, G. Frankel; BioRxiv. https://doi.org/10.1101/2025.07.15.664925, 2025, (Under review)
  3.  N. Ishimoto*, S. He*, M. Bogdanov, T. Smith, G. Frankel, K. Beis; BioRxiv. https://doi.org/10.1101/2025.06.27.661960, 2025, (Under review)
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