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X線を当てるだけで発生するタンパク質結晶の欠陥を観測 —X線照射による欠陥発生の新たな知見 —

2022.02.08
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  • 研究
  • 理学部

X線を当てるだけで発生するタンパク質結晶の欠陥を観測

— X線照射による欠陥発生の新たな知見 —

横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の鈴木 凌 助教、橘 勝 教授、小島 謙一 名誉教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の熊坂 崇 主席研究員、馬場 清喜 主幹研究員、水野 伸宏 研究員、長谷川 和也 主幹研究員、広島大学の小泉 晴比古 准教授らの研究グループは、放射光X線*1を照射した際に発生するタンパク質結晶*2中の欠陥*3の観測に初めて成功しました。

本研究成果は、国際結晶学連合が発行する学術雑誌「Acta Crystallographica Section D」に掲載され、Cover Figureに採択されました。(2022年1月26日オンライン公開)



 研究成果のポイント

  • X線を当てるだけで発生したタンパク質結晶中の欠陥の観測に成功した。
  • 欠陥の理論に基づいて欠陥発生の起源を裏付け、X線の照射率で欠陥の制御が可能であることを示した。
  • X線に由来した欠陥の発生機構の理解に新たな知見を与える。

研究の背景

昨今の感染症をはじめとして、病気の原因解明や創薬に重要なタンパク質の構造に関する研究が盛んに行われています。一般に、タンパク質の構造を知るためには、タンパク質の結晶を作製し、X線を用いた解析が行われます。その解析の精度は使用する結晶の品質に左右されるため、高品質化を目指した研究が世界中で進められています。しかし、たとえ品質の良い結晶が得られても、X線の照射によって結晶やタンパク質分子にダメージが入ってしまい、解析の精度が低下することが問題でした。

また、これまで、タンパク質分子のダメージに関する研究報告があったものの、結晶のダメージに関する研究は例がありませんでした。その理由として、結晶中の欠陥が観察可能な、標準となる高品質な結晶が得られていなかったこと、もう一つは欠陥を観察するために必要な大型の結晶が得られていなかったことが挙げられます。本研究では、過去に本研究グループが報告した究極の品質を誇る大型のタンパク質結晶を用いて(関連論文参照)、X線照射の効果を初めて明らかにしました。

研究内容

本研究グループは、大型放射光施設SPring-8*4のBL38B1、BL41XUにおいて、酵素タンパク質のひとつであるグルコースイソメラーゼ結晶と鶏卵白リゾチーム結晶に高輝度X線を照射しました。X線の照射の効果を明らかにするため、SPring-8のBL38B1、および同じく大型放射光施設のKEK(高エネルギー加速器研究機構)「フォトンファクトリー(PF)*5」のBL-14B、BL-20Bにおいて、X線トポグラフィ*6測定を行いました。すると、X線を照射した光路に沿って、欠陥(転位)が発生していることがわかりました(図1)。
 図1 X線の照射によって発生したタンパク質結晶中の欠陥像と結晶の模式図
(模式図中の[001]と[014]はX線を照射した方向を表す)
これまで、タンパク質結晶に限らず、金属や半導体結晶に電子線や粒子線などのX線よりもエネルギーの大きな放射線で欠陥が発生することは知られていました。本研究では、タンパク質結晶にX線を当てるだけで欠陥が発生することを初めて観測しました。

さらに、X線の照射量を変化させると、欠陥の発生を防ぐことができることも分かりました。図2は、図1の試料よりも単位時間あたりのX線の照射量を下げたものの、合計の照射量は等しくなるように、長時間当て続けた結果を示しています。図1と比べて分かるように、図2には照射したX線の光路に沿った線状のコントラストは全く見られません。このふるまいについて、転位論*7に基づいて欠陥のエネルギー計算を行うと、X線の照射量と欠陥発生の有無に良い相関が得られました。この結果は、照射したX線の合計量で欠陥の発生が決まるのではなく、単位時間あたりの照射量(レート)が欠陥の発生を支配していることを示しています。つまり、同じ照射量でも瞬間的に打ち込むと欠陥が入り、緩やかに照射すれば欠陥は入らないということを意味します。このように、X線の照射量を制御することで、格子レベルで結晶のダメージを制御できることが分かりました。
 
図2 X線の照射によって発生したタンパク質結晶中の欠陥像と結晶の模式図
(図1の試料に比べ、単位時間あたりの照射量は低くし、同じ合計量となるよう長時間照射)

今後の展開

  • タンパク質分子の構造決定に与える欠陥の影響の解明
  • 結晶中の欠陥を考慮したタンパク質分子の構造決定の手法の探索
  • タンパク質分子の構造解析精度の改善に期待

用語説明

*1 放射光X線:電子を光とほぼ等しい速度まで加速させ、電磁石を用いて進行方向を曲げたときに発生する高指向性の強力な電磁波のこと。

*2 タンパク質結晶:タンパク質分子が規則正しく配列した結晶のこと。このタンパク質の結晶によるX線回折の強度を解析することによりタンパク質分子の3次元構造を知ることができる。

*3 欠陥(格子欠陥):結晶中に存在する規則性の乱れのこと。

*4 大型放射光施設SPring-8:理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。SPring-8では、放射光と呼ばれる非常に強い光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

*5 フォトンファクトリー(PF):「光の工場」という意味の名で知られる、KEKのつくばキャンパスにある放射光施設。1982年に運転を開始し、X線領域では日本で最初の放射光専用加速器である。

*6 X線トポグラフィ:回折X線の強度の変化を用いて、結晶内の結晶欠陥を観察する非破壊の手法のこと。

*7 転位論:欠陥(格子欠陥)のひとつである転位に関する理論。転位はあらゆる結晶材料の強度や延性などの力学的性質を支配する。
 

研究費

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「力学機能のナノエンジニアリング」課題「タンパク質結晶の転位論に基づく力学特性の解明(研究代表者:鈴木凌 グラント番号JPMJPR1995)」、科学技術振興機構(JST)ACCEL(JPMJAC1304)、JSPS科研費(16K06708, 17K06797, 19K23579)、池谷科学技術振興財団(0291078-A)事業の支援を受けて実施されました。また、X線照射実験、およびX線トポグラフィ測定はSPring-8のBL38B1(Nos. 2016B1976, 2017A1854, 2017A2562, 2017B2562, 2018A2537, 2018B2537, 2017B1990, 2018A2075, 2018B2090)、およびKEKのフォトンファクトリーBL-14B、BL-20B(Proposal Nos. 2017G087, 2019G103, 2021G022)にて行われました。

論文情報

タイトル: Radiation-induced defects in protein crystals observed by X-ray topography
著者: Ryo Suzuki, Seiki Baba, Nobuhiro Mizuno, Kazuya Hasegawa, Haruhiko Koizumi, Kenichi Kojima, Takashi Kumasaka and Masaru Tachibana
掲載雑誌: Acta Crystallographica Section D
DOI: 10.1107/S205979832101281X
 

関連論文

Ryo Suzuki, Haruhiko Koizumi, Keiichi Hirano, Takashi Kumasaka, Kenichi Kojima, and Masaru Tachibana, Analysis of oscillatory rocking curve by dynamical diffraction in protein crystals. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115 (2018) 3634.

タンパク質結晶における動力学的回折現象の観察に成功~より高精度な構造解析法の確立に期待~(横浜市立大学プレスリリース)
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2017/20180322Tachibana.html
 

問い合わせ先

横浜市立大学  広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

 

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