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地域に入り、患者の「暮らし」まで学ぶ臨床実習 医学生らの「社会的共感性」の向上と関連
— 横浜・寿地区で「Deep End」臨床実習の教育効果を検証 —

北里大学医学部総合診療医学の金子惇教授(横浜市立大学客員教授)らの研究グループは、横浜市寿地区において、社会経済的に困難を抱える地域での診療と、フィールドワークや福祉施設などの訪問、地域の歴史・生活背景についての学習を組み合わせた「Deep End」臨床実習プログラムを実施し、実習前後で「社会的共感性(Social Empathy)」の変化を検証しました。

「社会的共感性」とは、目の前の人への共感だけでなく、その人が置かれている社会的・経済的背景や、健康格差を生み出す社会・制度的要因まで含めて理解しようとする概念です。

参加者43名を対象に実習前後で評価した結果、社会的共感性を評価する「Social Empathy Index(SEI)」の平均スコアが上昇し、社会的・制度的な障壁への理解などの領域でも改善が認められました。

この結果は、社会経済的に困難を抱える地域において、診療だけでなく、地域を実際に歩いて歴史や生活背景を学び、福祉施設などを訪問し、それらを振り返る臨床実習が、医療者・医療系学生などの社会的共感性を育む教育方法となる可能性を示しています。

本研究成果は、2026年10月3日付で、国際学術誌「Advances in Medical Education and Practice」に掲載されました。

研究成果のポイント


  • 横浜市寿地区で、診療所での臨床経験と、地域を歩くフィールドワーク、福祉施設などの訪問、地域の歴史・社会背景についての学習、振り返りを組み合わせた「Deep End」臨床実習を実施しました。

  • 研究参加者43名では、社会的共感性を評価するSocial Empathy Index(SEI)が実習前の平均167.2点から実習直後の175.1点へ上昇しました(平均差7.98点、95%信頼区間4.28–11.68、Cohen's d=0.66)。

  • 参加者の約8割は1日間の実習でしたが、1日間の実習参加者だけに限定した解析でも同様の結果が認められました。社会経済的に困難を抱える地域での臨床・地域活動・振り返りを組み合わせた教育の可能性が示されました。

研究の背景

貧困や社会経済的困難は、疾病や死亡などの健康アウトカムと密接に関連しています。一方、社会経済的に困難を抱える地域では、医療ニーズが大きいにもかかわらず、プライマリ・ケアの人材や医療資源が十分に配分されにくいという問題があり、「Inverse Care Law(逆ケアの法則)」として知られています。

こうした課題に対応するため、2009年にスコットランドで、社会経済的に困難を抱える地域で診療する家庭医・総合診療医のネットワーク「GPs at the Deep End」が始まり、その後、同様の取り組みが世界各地へ広がっています。日本でも研究グループは「Deep End Kawasaki/Yokohama」として活動しています。

医学教育においても、患者の健康を理解するためには、病気そのものだけでなく、貧困、住居、就労、社会保障、文化などの「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health: SDH)」を理解することが重要です。日本の医学教育モデル・コア・カリキュラムにもSDHに関する学習が組み込まれていますが、社会経済的に困難を抱える地域に実際に入り、住民や支援者と関わりながら学ぶ機会は限られています。そこで本研究では、社会経済的に困難を抱える地域での臨床実習を通じて、参加者の「社会的共感性」がどのように変化するかを検証しました。

研究内容と成果

研究は、横浜市寿地区の「横浜市寿町健康福祉交流センター診療所」で、2025年5月17日から2026年5月16日までの1年間に臨床実習を行った参加者を対象に実施しました。
寿地区は約0.06 km²に約5,000人が居住する地域で、住民の約94%が生活扶助、住居、医療など何らかの社会的支援を受けています。

実習では、診療所で患者の診療を見学するだけではなく、地域スタッフとともに寿地区で行うフィールドワーク、地域の歴史や社会背景についての学習、簡易宿泊所・福祉関連施設・地域活動拠点などの訪問を行いました。また、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどとの交流を通じ、住居や生活困窮、社会保障制度などが健康や医療へのアクセスにどのように影響するかを学びました。実習の最後には、家庭医・総合診療医のファシリテーションによる振り返りを行いました。長期間参加した実習者については、ホームレス状態にある人への血圧測定、簡易宿泊所への訪問、精神科デイケア、アルコール使用障害の方が参加する自助グループ、地域住民との活動などにも参加しました。

1年間に49名が実習に参加し、このうち研究への参加に同意して実習前後の評価を完了した43名を解析しました。年齢中央値は26歳で、医学部生が46.5%、初期研修医が9.3%でした。実習期間の中央値は1日で、34名(79.1%)が1日間の実習でした。
社会的共感性を40~240点で評価するSEIの平均値は、
実習前:167.2点→ 実習後:175.1点
となり、平均7.98点上昇しました(95%信頼区間4.28–11.68、p<0.001、Cohen's d=0.66)。

さらに探索的な領域別解析では、「他者への感情的反応(affective response)」「社会・制度的な障壁についての理解(contextual understanding of systemic barriers)」「社会的な視点から自己と他者の関係を捉える力(macro self–other awareness/perspective-taking)」で有意な上昇が認められました。

一方、本研究は比較対照群を設けていない単施設の前後比較研究です。このため、観察された変化が臨床実習そのものによって生じたと結論づけることはできません。また、SEIは実習直後に評価した自己記入式尺度であり、社会的共感性の変化が長期間持続するか、実際の診療行動に結びつくかについては、本研究からは明らかではありません。

今後の展開

今回の研究から、社会経済的に困難を抱える地域において、地域に入りその社会的背景を知ること、患者や支援者と接すること、診療を経験すること、そして経験を振り返ることを組み合わせた臨床教育が、社会的共感性を育む教育方法となる可能性が示されました。

今後は、他の臨床実習との比較を含む対照研究や、参加者へのインタビューなどの質的研究を行い、どのような経験が社会的共感性の変化につながるのかを明らかにする必要があります。また、長期的な追跡により、こうした変化が持続するのか、将来の診療行動や、医療資源の乏しい地域で働くことなどにつながるのかを検証していく必要があります。

論文情報

掲載誌:Advances in Medical Education and Practice
論文名:Deep End Placements and Social Empathy: Single Centered Before–After Study in Japan
著 者:Makoto Kaneko, Osamu Nomura, Rei Kansaku, Masahiro Yao, Yuki Arakawa, Hironori Yamada, Yusuke Kanakubo, Aya Yumino, Shohei Matsubara, Hirotaka Onishi
DOI:10.2147/AMEP.S640291
■本研究は、2024–2025年度横浜市立大学研究開発基金および公益財団法人横浜市寿町健康福祉交流協会との共同研究の分担金(2353000003)を受けて実施されました。

用語解説

※1 Deep End
社会経済的に困難を抱える地域で診療する家庭医・総合診療医による活動・ネットワークです。
2009年にスコットランドで「GPs at the Deep End」として始まり、その後、国際的に活動が広がっています。日本では「Deep End Kawasaki/Yokohama」などの活動が行われています。
※2 健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health: SDH)
人々の健康に影響する、所得、教育、雇用、住居、社会環境などの社会的な条件を指します。
※3 Social Empathy Index(SEI)
社会的共感性を測定する40項目の尺度で、40~240点で評価します。本研究では信頼性・妥当性
が検証された日本語版を使用しました。

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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