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「借りた規模」の概念をもとに
地域間交通ネットワーク形成による生産性上昇効果を解明

横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科の大塚章弘准教授は、「借りた規模」*1の概念をもとに、高速鉄道や空港の整備等による地域同士を接続する旅客交通網の形成が地域経済の全要素生産性(Total Factor Productivity: TFP)*2に与えた影響を評価しました。分析はダイナミック・パネル分析*3をもとに実施され、分析の結果、都道府県別TFPが地域間の高速交通ネットワークの形成によって上昇していることを確認しました。

本研究成果は、Springer Natureが発行する「Asia-Pacific Journal of Regional Science」に掲載されました(2024年11月13日オンライン)。

研究成果のポイント


● 高速交通ネットワーク形成の効果が、従来の産業集積効果と補完的な関係にあることを定量的に明らかにした。

● 高速交通ネットワーク形成は地域経済の生産性を上昇させ、生産性の地域間格差を縮小させる方向に影響を与えた。

● 東北・九州新幹線の延伸は延伸地域の生産性を上昇させた可能性が高い。

研究背景

イノベーション創出を考えるとき、知識の波及の役割を考察することは重要です。この知識の波及に関する空間的次元の役割を評価することは、日本経済の生産性上昇に向けた地域経済政策を検討するうえで重要な研究テーマです。

従来の議論では、経済活動の地理的集積(人口や産業の集積)が外部経済として地域経済の生産性パフォーマンスに影響を与えることが示されてきました。多くの実証研究において、生産性改善の原因となる革新的活動は空間的に集積し、局所化する傾向があることが示されてきました。しかし、知識の波及には、認知的近接、技術的近接、社会的近接などさまざまな形態が存在し、最近の研究においては遠距離での知識交換の可能性やその重要性が示されるようになってきました。現在では、遠距離間でのコラボレーションが地域経済の生産性を改善させる重要な要因と考えられています。

W. Alonsoが提唱した「借りた規模」の概念は、こうした遠距離間でのコラボレーションが地域経済の生産性パフォーマンスに与える影響を理論的に説明します。この概念は、中心地域に隣接した地域が、中心地域で生じた外部経済を借りることで、中心地域の外部経済の利益を享受し、成長することが可能になることを説明します。そして、高速交通ネットワークの形成は、この「借りた規模」の効果を強化します。高速鉄道や空港の整備はイノベーターの移動費用を低下させ、イノベーター同士の交流の機会を増やすからです。本研究は、地域間の高速交通ネットワークの形成が地域経済の生産性を上昇させた可能性を、従来の産業集積効果と比較する形で定量的に評価したものです。

研究内容

研究では、2000年を出発点として、データが入手可能な最新年である2018年までの時間軸において、都道府県別産業別TFPに対する「借りた規模」の効果を異なる時間軸の視点から評価しています。分析ではダイナミック・パネル分析を活用しています。この手法を用いることで、高速交通ネットワークのTFPに対する短期的な影響だけでなく、長期的な影響をとらえることができます。つまり、高速交通ネットワーク形成により、TFPの低い地域がTFPの高い地域にキャッチアップする原動力となったかどうかを評価することができます。

分析の結果、「借りた規模」の効果が従来の産業集積効果と補完的な関係にあり、都道府県別TFPに大きな影響を与えたことが明らかとなりました。その効果の大きさを時間別に比較すると、長期において「借りた規模」の効果が大きく、高速交通ネットワークが生産活動の地理的範囲を拡大させたことで、地域内で発生した外部経済が地域の境界を越えて拡大し、地域間で長期的に相互に影響し合う状況を示す結果が得られました。

またこの研究は、都道府県別TFPパフォーマンスに対する「借りた規模」の効果の影響が、地域間において大きな差異があることが分かりました。TFPに対する「借りた規模」の効果は、秋田県や岩手県、佐賀県、熊本県、鹿児島県のようなTFPの低かった地域が、東京都や大阪府のようなTFPの高かった地域を大きく上回っていました(図1)。これは、もともとTFPが低水準だった地域が高速交通ネットワークに接続し、他地域との関係を強化したことにより、遠距離での知識交換の機会が増加した可能性があります。結果として、他地域で発生した外部経済が自地域内に波及することで、TFPが上昇したことが推察されます。
図1:47都道府県のTFPに対する地域間ネットワークの寄与
(注)横軸は2000年におけるTFPの水準、縦軸は2000-2018年の地域間ネットワーク形成のTFPへの寄与を表す。

政策的示唆

本研究の結果は、日本経済において、従来のように個別地域を戦略的に強化するだけでなく、地域間を接続する旅客交通ネットワークを強化することが、イノベーション活動の地域間コラボレーションを活発化させ、経済全体の生産性改善において有効であることを示唆しています。つまり、高速交通ネットワークで都市同士をつなぎ、圏域間のつながりを強化することが、これまで都市圏域内に限定されていた外部経済が他の地域に大きく波及することに結実します。

日本では、2000~10年代において、東北地方と九州地方で新幹線が延伸されてきました。例えば、2010年代では九州新幹線が全線開業し、延伸地域が大都市地域にアクセスするための移動時間は大きく短縮しました。そのため、2000年初頭に低い生産性を有していた東北地域(例えば秋田県や岩手県)や九州地域(例えば熊本県や鹿児島県)に立地する産業の生産性が、高速交通の整備によって大きく改善した可能性があります。この研究結果はその可能性が高いことを示唆しています。

研究費

本研究は、JSPS科研費(22K01501)および横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル: Effects of Regional Network Economies on Industrial Productivity in Japan: Dynamic Total Factor Productivity Function Approach
著者: Akihiro Otsuka
掲載雑誌: Asia-Pacific Journal of Regional Science
DOI: 10.1007/s41685-024-00358-2 (オープンアクセス)

用語説明

*1 借りた規模(Borrowed Size):W. Alonso (1973) が導入した外部経済に関する理論。この概念は、小都市が混雑を回避しながら、近隣の都市の外部経済の利益の一部を「借りる」ことができるという考え方に基づいたものである。この考え方は、都市で発生する外部経済が必ずしも都市の物理的境界に限定されるものではなく、周辺地域に波及する可能性があるという事実を強調する。すなわちこの概念は、都市を超えた圏域全体の発展を説明する一つの根拠となり得る可能性を秘めており、小都市が大都市よりも効率的になる理由や、外部経済を都市システム全体から「借り受けられる」地方において効率的な都市構造が存在する理由を説明するものとして用いられる。

*2 全要素生産性(Total Factor Productivity、TFP):経済学や生産性の分野で使用される概念。TFPは、総生産(例えば、GDP)の総投入量に対する比率として測定される。生産技術に関するいくつかの単純化された仮定の下では、TFPの成長は、生産に使用される労働と資本の伝統的に測定されたインプットの成長によって説明されないアウトプットの成長の部分となる。つまり、TFPは、生産要素(労働力、資本投資など)以外の要因による生産性の変化を示す指標となる。通常、生産性は生産要素の増加によって向上すると考えられる。しかし、TFPは生産要素の変化以外の要因がどれだけ生産性に影響を与えたかを示す指標であることから、要素の増加がないにもかかわらず、生産性が向上している場合、それは技術革新、効率改善、組織の変化など、生産性に寄与する他の要因によるものと見なされる。TFPは経済成長や産業の生産パフォーマンスの比較、政策評価などに使用され、特定の経済領域や産業の生産性の変化を理解するための重要な指標として活用される。

*3 ダイナミック・パネル分析(Dynamic Panel Analysis):クロス・セクション数が多く、時系列数が比較的小さいミクロ・データを分析する実証分析の手法の一つ。労働経済学や公共経済学などの分野で重要な分析手段として用いられており、近年ではマクロ経済成長理論の実証分析にも使われるようになっている。パネルデータとは、同一の対象を継続的に観察し記録したデータで、項目間の関係を時系列に沿って分析することができる。情報量が圧倒的に多いため、これまで観察不可能であった潜在変数を推定できたり、経済主体のダイナミックな変動を捉え理解したりすることも可能である。

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp

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