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確率フロンティア分析をもとに交通網整備が地域経済にもたらす影響を評価

横浜市立大学国際商学部 大塚章弘准教授は、確率フロンティア分析(SFA)*1を活用して全要素生産性(TFP)*2のパフォーマンスを評価する方法を開発し、日本の地域間の交通ネットワークの経済性を評価しました。TFPは都道府県別産業別に計測され、分析の結果、製造業のTFPは地域間格差の縮小を伴いながら上昇しており、高速交通網の整備に伴う集積の影の影響(ストロー効果)が顕在化していないことを確認しました。本研究は、現在の高速交通インフラ整備の妥当性を評価し、地方創生の進化と国土形成の在り方の検討に貢献します。

本研究成果は、Springer Natureが発行するAsia-Pacific Journal of Regional Scienceに掲載されました。(2023年11月23日オンライン)
 

 研究成果のポイント


● 地域経済のネットワーク化による影響を産業の視点から定量的に明らかにした。

● 高速交通ネットワークの整備は、製造業の集約化による地域間格差を拡大させるのではなく、逆にイノベーション活動の地理的範囲を拡大させた。

● 質の高い交通インフラの提供実現と地域経済の生産性向上策は、地域経済の持続可能性を実現するために不可欠な戦略である。

研究背景

テクノロジーの進歩とネットワーク社会の到来により、人口、資本、情報など様々な要素が地域間を頻繁に行き来するようになり、地域間の交流メカニズムも変化しています。都市は空間的に独立した点からネットワークのハブへと変化し、都市間の相互作用が都市のイノベーションパフォーマンスに影響を与えるようになりました。今や多くの経済主体は、地域内のローカルな交流から外部経済の恩恵を受けるだけでなく、地域外の外部経済の恩恵も受けます。

Alonsoが提唱した「借りた規模(borrowed size)」の概念によれば、中心都市に隣接した周辺都市は、中心都市で生じた集積の経済を借りることで、中心都市の集積の利益を享受することが可能になります。この考え方に従えば、地域経済の成長パフォーマンスは、従来の地理的な近接性の重要性だけでなく、大都市地域とのネットワーク接続能力によっても左右されることになります。

しかし、空間経済学の理論では、一部の小都市が近隣の大都市の恩恵を受けず、かえって不利益を被っている状況が「集積の影」(ストロー効果)という概念で示されています。つまり、都市の空間構造がどのように変化しようとも、「借りた規模」と「集積の影」が一体となって外部経済の長所と短所を構成するので、経済主体が享受する最終的な効果は、この2つの効果のトレードオフに依存することになります。しかし、これまでの研究では、このトレードオフのどちらの効果が支配的なのかについて十分に明らかにされていませんでした。

このトレードオフの関係を考察することは日本の国土政策を考える上でとても重要です。日本は、1990年以降、経済活動の首都圏集中が加速していますが、空間経済学によれば、こうした経済活動の一極集中は、「集積の影」の影響を強めることで、結果として地域間格差を拡大させたはずです。しかし、地域間格差が拡大したことを示す明確な証拠やそれに関する研究者間での合意はありません。つまり、このトレードオフの関係を明らかにすることは、日本の地域間格差に関する議論に貢献するという意味でも重要です。

 

研究内容

本研究は、こうした地域経済のネットワーク化によるメリット、デメリットの影響を定量的に明らかにするため、産業別TFPパフォーマンスの観点から分析しました。

経済学の考え方に従えば、TFPは2つの経路を経て上昇します。一つは生産フロンティアのシフト、もう1つは与えられたインプットに対してアウトプットを生産フロンティアの水準に近づけるという生産フロンティアへの接近です。この考え方によると、前者は生産フロンティア関数を特定化することで把握することができ、後者は生産効率を特定化することによって識別できます。

図1はこの関係を概念的に示したものです。「借りた規模」の効果は外部経済として産業イノベーションの水準を改善させます。つまり、「借りた規模」の効果は生産フロンティアを上方シフトさせます(Productivity effect)。しかし、「集積の影」の影響が支配的であれば、生産要素が中心部に吸引されるために産業は想定した生産パフォーマンスが発揮できません。つまり、「集積の影」は生産効率を低下させ、産業は生産フロンティア曲線上で生産することはできません(Productive efficiency effect)。どちらの影響が支配的であるのかについては確率フロンティア分析を用いることで識別することができます。
 
図1 TFP上昇に関する概念図
本研究は、都道府県別産業別データを活用して、まず、製造業と非製造業のTFPを計測しました。その結果、製造業のTFPは地域間格差の縮小を伴いながら全国的に上昇していることが明らかになりました。その一方で非製造業のTFPは、観測期間を通じて上昇しておらず、地域間格差が拡大している可能性が高いことが示されました。

次に、産業別TFPパフォーマンスについて、確率フロンティア分析を用いて分析しました。その結果、製造業では「借りた規模」の効果が顕在化している一方で、「集積の影」の影響は顕在化していないことが明らかになりました。つまり、地域間ネットワークの改善は「借りた規模」の効果を強化し、製造業の生産パフォーマンスを上昇させたと結論付けることができます(図2)。

一方、非製造業では「借りた規模」の効果はTFPに何の影響も与えていないことが明らかになりました。非製造業はサービス業を中心としており、それは地域の域内産業であることを意味します。つまり、非製造業の経済活動は域内活動が中心であるため、その生産パフォーマンスは域外の影響を受けにくいことが考えられます。そのため、非製造業の生産効率性は低位で推移していることが分かりました(図2)。
 
図2 生産効率値の推移(2000年=100)

政策的示唆

この研究の結果は、質の高い交通ネットワークの整備が製造業のTPFを改善させたことを示しています。つまりこの結果は、製造業を中心とした生産性の高い産業では高品質な高速交通ネットワークがイノベーション活動の地理的範囲を拡大させたことで、空間的外部性が地域の境界を越えて相互に影響し合った可能性を示唆しています。具体的には、高速交通ネットワークの発達は経済主体の地域間流動を促進させ、結果として地域間の相互作用の機会を増加させたことで地域間の知識波及が進み、TFPが上昇した可能性が考えられます。

この結果は、日本政府が費用対効果の高い戦略で地域間ネットワークを強化するための高品質な社会資本投資を促進すべきことを示唆しています。質の高い交通インフラの提供実現と地域経済の生産性向上策は、地域経済の持続可能性を実現するために不可欠な戦略であると言えます。

研究費

本研究は、科学研究費助成事業(22K01501)および横浜市立大学第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」の支援を受けて実施されました。 

論文情報

タイトル: Impacts of enhancing regional network economies on regional productivity and productive efficiency in Japan: evaluation from stochastic frontier analysis
著者: Akihiro Otsuka
掲載雑誌: Asia-Pacific Journal of Regional Science
DOI : 10.1007/s41685-023-00321-7
 

用語説明

*1 確率フロンティア分析(Stochastic Frontier Analysis, SFA):
経済学や効率性の評価などの分野で使用される統計的手法の一つ。主に効率性や生産性を測定するために使われる。この分析手法を用いることで、経済主体が生産性を最大化するための潜在的な効率性を測定することが可能。例えば、同じインプット(資本、労働力など)を使用している経済主体が異なる生産性を持っている場合、SFAはその効率性を評価する。この手法では、生産性の最大値(フロンティア)と実際の観測値の差を測定し、その差異を説明するための要因を特定する。この違いは一般的に「技術的効率性の損失」として知られ、経済主体が最適な生産性を達成するための改善点や課題を特定するのに役立つ。SFAでは、ランダムな誤差項とフロンティアの推定値を用いて、効率性の推定を行う。そのため、統計的手法を使って、様々な要因が生産性に与える影響を分析し、経済主体の効率性を測定することが可能。

*2 全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP):
経済学や生産性の分野で使用される概念。TFPは、総生産(例えば、GDP)の総投入量に対する比率として測定される。生産技術に関するいくつかの単純化された仮定の下では、TFPの成長は、生産に使用される労働と資本の伝統的に測定されたインプットの成長によって説明されないアウトプットの成長の部分となる。つまり、TFPは、生産要素(労働力、資本投資など)以外の要因による生産性の変化を示す指標となる。通常、生産性は生産要素の増加によって向上すると考えられる。しかし、TFPは生産要素の変化以外の要因がどれだけ生産性に影響を与えたかを示す指標であることから、要素の増加がないにもかかわらず、生産性が向上している場合、それは技術革新、効率改善、組織の変化など、生産性に寄与する他の要因によるものと見なされる。TFPは経済成長や産業の生産パフォーマンスの比較、政策評価などに使用され、特定の経済領域や産業の生産性の変化を理解するための重要な指標として活用される。
 

お問合せ先

横浜市立大学 広報課
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp 

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