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蛋白尿が少ないにも関わらず腎機能が急速に低下する 糖尿病関連腎臓病(DKD)の腎細胞特性を明らかに
~単一細胞解析により血管内皮・尿細管の特徴的な遺伝子発現変化を捉える~

横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学教室の塚本俊一郎助教、涌井広道准教授、田村功一主任教授らの研究グループは、同大学医学部の泌尿器科学、免疫学、分子病理学および理化学研究所との共同研究により、蛋白尿がごく少ないにもかかわらず腎機能が急速に低下する糖尿病関連腎臓病『DKD rapid decliner』の腎組織を単一細胞RNAシーケンス(single-cell RNA sequencing:scRNA-seq)*1で解析し、血管内皮細胞*2および尿細管細胞*3に特徴的な遺伝子発現変化がみられることを明らかにしました。

本研究成果は、国際学術誌「Cardiovascular Diabetology」に掲載されました。(2026年9月22日)

研究成果のポイント 


蛋白尿が少なくても腎機能が急速に悪化する「DKD rapid decliner」では、  
● 血血管内皮細胞:内皮機能の低下と酸化ストレス関連遺伝子の増加を認めた
● 尿細管細胞:ナトリウム・溶質輸送に関わる遺伝子群に部位特徴的な変化を認めた
● 新規病態の提示:従来の蛋白尿を伴うDKDとは異なる分子病態を有する可能性を示し、新たなバイオマーカーや治療標的につながる知見を得た

図1. 研究概要のイメージ図

研究背景

糖尿病関連腎臓病(Diabetic kidney disease:DKD)*4は、糖尿病の代表的な合併症の一つであり、末期腎不全に至る主要な原因となっています。これまで糖尿病による腎臓病では、糸球体障害によって尿中に蛋白が漏れ出し、その増加とともに腎機能が低下するという病態が典型的と考えられてきました。

しかし実際の診療では、蛋白尿がほとんど増加していないにもかかわらず、推算糸球体濾過量(eGFR)*5が急速に低下する患者が存在します。こうした患者では、通常の蛋白尿を指標とした評価だけでは腎機能悪化のリスクを十分に捉えられない可能性があります。

そこで研究グループは、こうした低蛋白尿にもかかわらず腎機能が急速に低下するDKD症例「DKD rapid decliner」では、従来の糸球体中心の病態とは異なる細胞レベルの変化が存在するのではないかと考え、腎生検組織を用いたsingle-cell RNA-seq解析を行いました。

研究内容

本研究では、蛋白尿が極めて少なく、かつ2年以上にわたり急速な腎機能低下を示した2型糖尿病患者3名の腎生検組織を解析しました。対象患者は、腎生検時の尿蛋白・クレアチニン比(UPCR)が0.15 g/gCr未満であり、年間のeGFR低下率が10%を超え、さらに絶対的なeGFR低下速度が年間5 mL/min/1.73 m²を超えるという厳格な基準を満たしていました。比較対象には、糖尿病がなく、腎がんのため腎摘出術を受けた2名の腎摘出標本の非腫瘍部を用いました。

5名の腎組織から得られた計35,352個の細胞を解析し、血管内皮細胞、近位尿細管細胞、遠位尿細管細胞、集合管細胞、糸球体細胞、免疫細胞など、12種類の主要な細胞集団を同定しました。

血管内皮細胞に特徴的な遺伝子発現変化

血管内皮細胞では、PECAM1、CDH5、FLT1、KDR、VWF、SOX18、MEF2Cなど、血管内皮細胞の分化や血管構造の維持に関係する遺伝子の発現が低下していました。一方、酸化ストレスに関連するNOX4*6の発現は増加していました。また、遺伝子群を用いた解析でも、血管形成、血管内皮細胞の分化、血管内皮細胞の遊走などに関係する経路の低下と、活性酸素に関連する遺伝子プログラムの変化*7が認められました。これらの結果から、腎機能が急速に低下する低蛋白尿DKDでは、血管内皮細胞の性質や血管維持機構に関わる転写プログラムの低下と、酸化ストレスに関連する特徴的な分子変化が生じていることが明らかになりました。

尿細管にも部位ごとに異なる変化

尿細管細胞では、一律の障害ではなく、尿細管の部位ごとに異なる遺伝子発現変化が認められました。特に近位尿細管では、蛋白の取り込みに関係するCUBN、LRP2の発現が増加する一方、SLC34A1、SLC17A3、SLC13A1などナトリウム依存性の溶質輸送に関連する遺伝子の発現が低下していました。また、近位尿細管だけでなく、ヘンレ係蹄上行脚や遠位尿細管においても、ナトリウム輸送に関連する遺伝子群の変化が認められました。これらの結果から、低蛋白尿DKDでは、ナトリウム・溶質輸送に関わる遺伝子プログラムが尿細管の部位ごとに特徴的に再構成されていることが明らかになりました。こうした変化が尿細管のエネルギー代謝や腎血流・糸球体濾過の調節に影響し、腎機能の急速な低下に関与している可能性があります。

腎組織では高度な糸球体障害を一様には認めず

興味深いことに、こうした明確な遺伝子発現変化がみられた一方、通常の病理組織学的評価では、糸球体病変は比較的軽度で患者間のばらつきが大きいことが分かりました。電子顕微鏡による観察では、一部の患者で局所的な血管内皮細胞の形態異常を認めましたが、蛋白尿と密接に関連する足細胞の足突起構造は3例とも概ね保たれていました。

従来型の糖尿病性腎臓病との比較

研究グループはさらに、蛋白尿を伴う従来型の糖尿病性腎臓病について公開されているsingle-cell RNA-seqデータと探索的な比較を行いました。その結果、血管内皮細胞、近位尿細管細胞、糸球体細胞、免疫細胞など複数の細胞種において、疾患に伴う遺伝子発現変化の一致度は限定的でした。特に近位尿細管や免疫細胞では、両者の変化に逆相関が認められました。

今後の展開

本研究により、蛋白尿が少ないにもかかわらず腎機能が急速に低下するDKDでは、血管内皮細胞や尿細管細胞に特徴的な分子変化が生じていることが明らかになりました。これは、従来の蛋白尿を中心とした評価だけでは捉えにくいDKDの病態を、細胞・分子レベルから理解するための新たな手掛かりとなります。

今後、より多くの腎生検検体で検証を進め、今回見いだした細胞変化を反映する血液・尿中のバイオマーカーを同定することで、蛋白尿が少なくても腎機能低下リスクの高い患者を早期に見つけ出す新たな診断・リスク評価法の開発を目指します。

さらに、本研究で捉えた血管内皮細胞における酸化ストレス関連経路や、尿細管におけるナトリウム・溶質輸送関連経路の変化に着目し、これらの分子経路が腎機能低下に果たす役割を明らかにすることで、血管内皮や尿細管を標的とした新たなDKD治療戦略の開発につながることが期待されます。

研究費

本研究は、理化学研究所(理研)との共同研究により行われました。また、横浜市立大学研究助成金やJSPS地域中核・特色ある研究大学強化促進事業業(J-PEAKS) JPJS00420240015、JSPS科研費などの支援を受けたものです。

論文情報

タイトル:Single-cell profiling identifies endothelial and tubular transcriptional alterations associated with rapid kidney function decline in low-proteinuric diabetic kidney disease
著者:Shunichiro Tsukamoto, Ryosuke Jikuya, Hiromichi Wakui, Tatsuki Uehara, Kengo Azushima, Akira Nishiyama, Hiroki Takase, Shota Sasagawa, Hidewaki Nakagawa, Hisashi Hasumi, Satoshi Fujii, Tomohiko Tamura, Kouichi Tamura
掲載雑誌:Cardiovascular Diabetology
DOI:10.1186/s12933-026-03373-z

用語説明

*1 単一細胞RNAシーケンス(single-cell RNA sequencing:scRNA-seq):
組織を構成する多数の細胞について、1細胞ごとにどの遺伝子がどの程度発現しているかを網羅的に解析する技術。組織全体の解析では捉えにくい細胞種ごとの特徴や変化を明らかにできる。
*2 血管内皮細胞:
血管の内腔を覆う細胞。血管の構造維持、血流調節、物質交換などに重要な役割を担う。腎臓では糸球体や尿細管周囲の毛細血管を構成する。
*3 尿細管細胞:
糸球体で濾過された原尿から、水分、ナトリウム、糖、アミノ酸などを再吸収し、尿の成分を調節する腎臓の構造。近位尿細管、ヘンレ係蹄、遠位尿細管、集合管などの異なる部位からなる。
*4 糖尿病関連腎臓病(diabetic kidney disease:DKD):
糖尿病に伴って生じる慢性腎臓病。従来は蛋白尿の増加を伴って腎機能が低下する経過が典型的と考えられてきたが、蛋白尿が少ないまま腎機能が低下する患者も存在する。
*5 推算糸球体濾過量(estimated glomerular filtration rate:eGFR):
血清クレアチニン値、年齢、性別などから推算する腎機能の指標。値が低いほど腎臓の濾過機能が低下していることを示す。
*6 NOX4:細胞内で活性酸素種(ROS)を産生する酵素の1つ。ROS(reactive oxygen species、活性酸素種)は、細胞内で産生される反応性の高い酸素由来分子の総称。適量では細胞内シグナルに関与するが、過剰になると酸化ストレスを引き起こし、細胞機能に影響を及ぼす。
*7 遺伝子プログラムの変化(転写リモデリング):
細胞の遺伝子発現パターンが病態や環境に応じて変化すること。本研究では、血管内皮細胞や尿細管細胞において特定の遺伝子群の発現パターンが変化していることを示す。

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp
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