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健康的な生活習慣の維持・改善で前糖尿病リスクは2割減
—8年間にわたる就労世代1万人の追跡調査で確認—

横浜市立大学医学部公衆衛生学・大学院データサイエンス研究科の桑原恵介准教授らの研究グループは、日本の職域コホート研究(J-ECOHスタディ)の運動疫学サブコホート*1の参加者のうち、血糖値が正常である労働者約1万人を最大8年間追跡し、生活習慣全体(喫煙・飲酒・運動・睡眠・肥満の5つで評価)が継続的に健康的であるほど前糖尿病の発症リスクが低減することを明らかにしました。さらに、不健康な生活習慣から改善することでも前糖尿病の発症リスクが低減することがデータから裏付けられました。

今回の成果は、健康な人では軽視されがちな「未病の段階からの生活習慣管理」の重要性を示すものであり、今後の取り組みの後押しになると期待されます。

本研究成果は、国際学術誌「Communications Medicine」に掲載されました(2025年6月20日公開)。

研究成果のポイント


● とても健康的な生活習慣を続けた群では、とても不健康な生活習慣を続けた群に比べ、前糖尿病の発症リスクが約26%低かった。

● 元々不健康な生活習慣だった人が途中で生活習慣を改善した場合にも、前糖尿病リスクが約18%低下することが確認された。

●  就労世代においては血糖値が正常な未病の段階から生活習慣管理に取り組むことが重要であり、企業は従業員の取り組みを後押ししていくことが期待される。
図1 生活習慣の推移パターンと前糖尿病発症リスク

研究背景

糖尿病の前段階である前糖尿病(いわゆる糖尿病予備群)は、高血糖ではあるものの糖尿病と診断されるほどではない状態を指し、毎年約10人に1人の割合で糖尿病に進行するとされています。日本人の就労世代に限定すると、前糖尿病を有する人の割合は約1~2割に上る、との報告もあります。また、前糖尿病そのものも、糖尿病へ進行しなくとも就労世代における死亡リスクの上昇と関連することが報告されています。したがって、血糖値が正常なうちから前糖尿病への進行を防ぐ一次予防が重要です。

生活習慣のうち、喫煙や過度の飲酒などは前糖尿病リスクを高める一方、適度な運動習慣や適正体重の維持、十分な睡眠時間の確保はリスク低減につながることが個別の要因ごとに報告されてきました。

しかし、これまでの研究は単一の生活習慣要因に注目したものが中心で、複数の生活習慣を総合的に評価した研究はありませんでした。さらに、それらの長期的な変化と前糖尿病発症リスクとの関連を検討した報告もありません。そこで本研究では、企業などに勤務する就労者を対象とした日本の大規模コホート(J-ECOHスタディ)の運動疫学サブコホートのデータを用い、複数の生活習慣を組み合わせた総合的な健康生活習慣スコアの推移パターンを明らかにするとともに、そのパターンごとの前糖尿病発症リスクを検証しました。


研究内容

J-ECOHスタディ運動疫学サブコホートのデータを用いて、次のとおり調査を実施しました。

対象 30~64歳の就労者のうち、2009年度(平成21年度)時点で血糖値が正常範囲(糖尿病および前糖尿病のない)であった10,773人(男性8,986人、女性1,787人)
追跡期間 最大8年間(2009年度~2017年度)
生活習慣の評価 喫煙、飲酒、運動習慣、睡眠時間、肥満の有無の5項目について、定期健診時の問診または測定値(身長・体重)から評価 
健康的な生活習慣スコアの計算 上述の5項目に対し、「健康的な習慣(1点)」「不健康な習慣(0点)」とし健康的な生活習慣スコア(計0~5点)を算出
健康的な習慣は、①非喫煙または禁煙、②多量飲酒(男性は1日46 g以上、女性は1日23 g以上のアルコール摂取)なし、③週に7.5メッツ・時以上の運動(例:週に2時間以上のウォーキング)あり、④BMIが25未満であること、⑤睡眠時間が1日に7時間以上であることと定義
前糖尿病発症の
定義
空腹時血糖値 100~125 mg/dL または ヘモグロビンA1c(HbA1c)値 5.7~6.4% の基準を満たした場合を「前糖尿病」と判定(米国糖尿病学会の基準による)
統計解析 2006~2009年の健康的な生活習慣スコアの推移を集団軌跡モデリング*2で解析し、スコアの推移パターンから対象者を以下の5つのグループに分類
①とても不健康(維持)     :平均的に1点
②不健康(維持)        :平均的に約2点
③不健康→中程度の健康(改善) :2点から3点に増加
④中程度の健康(維持) :平均的に3点
⑤とても健康(維持) :平均的に4点弱
さらに、コックス比例ハザードモデルを用いて、生活習慣パターンごとに前糖尿病発症のハザード比*3を算出し、パターンと前糖尿病発症リスクの関連を検討
解析にあたっては、年齢、性別、職種、残業時間、交代勤務の有無、通勤時の歩行時間、高血圧、糖尿病の家族歴などの背景因子を統計的に調整し、それらの影響をできる限り除外


上記の対象者10,773人のうち、追跡期間中に6,935人が前糖尿病を発症しました(累積発症割合64.4%)。生活習慣スコアの推移パターン別に発症リスクを比較したところ、生活習慣が「健康的」である度合いが高かったグループほど、前糖尿病の発症リスクが低いことが明らかになりました。「とても不健康な生活が続いた」グループに対し、前糖尿病発症の調整ハザード比は「不健康な生活が続いた」グループで0.92、「不健康から中程度に健康的な生活に改善した」グループで0.82、「中程度に健康的な生活を続けた」グループでは0.83、「とても健康的な生活を続けた」グループでは0.74となりました(図1)。以上の結果から、長期にわたり複数の健康的な生活習慣を維持し続けることが、前糖尿病の発症リスク低減につながることが示されました。また、完全に健康的とは言えないまでも、生活習慣をより健康的な方向に改善できれば発症リスクを下げられることも確認され、生活習慣改善の予防効果が示唆されました。


今後の展開

本研究の結果から、たとえ健康診断の血糖が正常値であっても、将来の前糖尿病の発症を防ぐために日頃から健康的な生活習慣を心がけることの重要性が示されました。たとえ前糖尿病になったとしても、健康的な生活習慣の維持・改善で糖尿病になりにくいことがわかっており(Kuwahara et al., J Diabetes Investig, 2022)、それが、将来的な糖尿病のリスクを下げる有効な手段にもなることが示唆されています。一方で、本研究では多くの労働者が同じような生活習慣を続けており、改善に至った人は約4%(405名)と少数でした。このことから、企業や産業保健スタッフ、医療従事者が連携して、労働者の生活習慣改善の取り組みを支援・促進することが今後一層求められます。研究面では、日常生活の中で効果的に生活習慣を改善する方法や、その行動変容を促す戦略の開発が望まれます。

研究費

本研究は、労働衛生会館、労災疾病臨床研究事業費補助金(140202-01、150903-01、170301-01)、JSPS科研費(JP25293146、JP25702006、JP16K21379、JP20H03952、JP19K10671、JP23K09749)、国際医療研究開発費(28-Shi-1206、30-Shi-2003、19A1006、21A1020、22A1008、25A1005)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル:Trajectories of healthy lifestyle index and prediabetes risk of adult workers in Japan
著者:Keisuke Kuwahara, Shuichiro Yamamoto, Toru Honda, Tohru Nakagawa, Maki Konishi, Tetsuya Mizoue
掲載雑誌:Communications Medicine
DOI:10.1038/s43856-025-00971-y

用語説明

*1 J-ECOHスタディ(職域多施設研究)運動疫学サブコホート:J-ECOHスタディに参加する大企業のうち、身体活動・運動に関する情報が豊富な企業1社の従業員約5万人を対象とした大規模職域コホート研究で、参加者が毎年受診する定期健康診断情報を用いて長期的な健康影響を追跡調査している。

*2 集団軌跡モデリング:似たような時間的変化のパターンをたどる人たちをグループに分けて、時間の経過による行動や健康状態の変化を分かりやすく分析する方法。

*3 ハザード比(hazard ratio): 関連の強さを表す統計学的な指標。基準とした群と比べて、ある群のハザード比が1を下回っているということは、ある群のリスクは基準とした群と比べて低いことを意味する。今回の研究では、とても不健康な生活を続けた群を基準として、とても健康的な生活を維持した群のハザード比は0.74と1を下回っている。この結果は、とても不健康な生活を続けた群と比べて、とても健康的な生活を維持した群の前糖尿病の発症リスクは約3/4倍(0.74倍)であったことを意味する。


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