網羅的解析を用いた末梢動脈疾患患者における LDLアフェレシスの潰瘍治癒メカニズムを検討
横浜市立大学医学部循環器・腎臓・高血圧内科学教室の石賀浩平医師、上原立己医師、涌井広道准教授、田村功一教授らの研究グループは、株式会社カネカとの共同研究により、下肢潰瘍を合併した末梢動脈疾患(PAD)患者に対する低分子リポタンパク質アフェレシス(LDLアフェレシス)*1治療の前後の血清サンプルを用いてプロテオーム解析*2による網羅的な解析を行い、その潰瘍治癒のメカニズム解明に向けた検討を行いました。
LDLアフェレシスとは、PADの治療法のひとつで、動脈硬化の原因になる悪玉コレステロールの代表的成分である低分子リポタンパク質(LDL)の除去を主目的に開発されたアフェレシス治療(血液透析のように血液を体外で循環させ、血液中に含まれる特定の物質を除去する治療法)ですが、LDL除去以外にも治療に関わるメカニズムが存在する可能性があると考えられています。
LDLアフェレシス治療開始前と治療終了後1ヵ月の時点で採取した血清サンプルのプロテオーム解析では2,033種類のタンパク質が同定され、さらにそのうち20種類のタンパク質では、治療終了後に開始前と比べて半分以下への減少、もしくは2倍以上への増加を認めました。この結果と過去の研究結果を合わせ、創傷治癒や血管新生を抑制することが報告されているB細胞リンパ腫タンパク質-2関連X(BAX)およびC-X-Cモチーフケモカイン10(CXCL10)の減少により、抑制されていた血管新生が促進され、潰瘍に対するLDLアフェレシスの治療効果に寄与していることが示唆されました(図1)。
本研究成果は、「Therapeutic Apheresis and Dialysis」に掲載されました。
研究成果のポイント
● 下肢潰瘍を合併するPAD患者にLDLアフェレシスによる治療を行い、7例で潰瘍の皮膚の治癒を認めた。
● 潰瘍病変スコア(DESIGN-R)*3と皮膚灌流圧(SPP)*4は、治療終了後1ヵ月で改善、3ヵ月後も持続。
● プロテオーム解析により血管新生関連タンパク質の変化を同定したことより、LDLアフェレシスが潰瘍治癒に貢献するメカニズムを検証する際の手がかりを得た。


研究背景
末梢動脈疾患(PAD)は、世界的に心血管系疾患の主要な原因の一つであり、罹患率および死亡率の高い動脈硬化性疾患です。さらに、近年の薬物療法や血行再建術の進歩にもかかわらず、多数の動脈硬化リスクファクターを持つ患者さんでは重篤な病変が多発する傾向があり、これらの治療法に抵抗性を示し、生命予後やQOL(Quality of Life、生活の質)に多大な影響を与えることが知られています。また、血管内治療、血管外科的治療による血行再建術が施行できたとしても、その後の再狭窄率が高いことも問題となっています。特に潰瘍合併症においては、血管再建術を行っても潰瘍が治癒せず、下肢切断に至る患者さんも多くいます。そのため、潰瘍の保存的治療を超える治療法の進歩が求められており、その手段の一つとしてLDLアフェレシスが行われてきました。PADにおけるLDLアフェレシスの有効性は、主にリポタンパク質の吸着による抗動脈硬化作用によるものとされてきましたが、近年、リポタンパク質の除去以外にも多様な効果があることが示唆されています。しかし、その効果の詳細は依然として不明でした。このため今回我々の研究グループは、LDLアフェレシスの前後の血清中のタンパク質の変化を、プロテオーム解析を用いて網羅的に評価し、その根本的なメカニズムの検討を行いました。
研究内容
先行して研究グループが実施した「正コレステロール血症を呈する従来治療抵抗性閉塞性動脈硬化症に対するデキストラン硫酸カラムを用いたLDLアフェレシス療法試験(LETS-PAD study)」の参加者のうち、治療開始前に下肢潰瘍を認めた10例を対象としました。具体的な条件として、PADと診断された症例で、リポタンパク質が正常範囲内(総コレステロール値が220mg/dL以下、LDLコレステロール値が140mg/dL以下)であり、さらにベースライン時に下腿潰瘍が確認された10例を対象としました。臨床所見では、治療終了後1ヵ月時点で6例に、治療終了後3ヵ月時点では7例に上皮化を認めました。潰瘍病変スコア(DESIGN-R)は治療終了後1ヵ月時点で有意に改善を認め3ヵ月後時点でも持続しており、皮膚灌流圧(SPP)も同様でした。
初回のLDLアフェレシス治療直前と治療終了後1ヵ月時点での血清サンプルを用いてプロテオーム解析を行いました。プロテオーム解析では、2,033種類のタンパク質が同定されました。これらのタンパク質のうち、55種類のタンパク質は、ベースラインと治療終了後1ヵ月時点で発現に有意な差が見られ、さらにそのうち20種類のタンパク質に関して、有意な変化かつ、半分以下に減少、もしくは2倍以上の増加を認めました(図1結果?)。過去に創傷治癒や血管新生を抑制することが報告されているB細胞リンパ腫タンパク質-2関連X(BAX)およびC-X-Cモチーフケモカイン10(CXCL10)はいずれも有意な減少を認めました。これらのタンパク質の減少が、抑制されていた血管新生の促進を介して潰瘍に対するLDLアフェレシスの治療効果に寄与している可能性が明らかになりました。
初回のLDLアフェレシス治療直前と治療終了後1ヵ月時点での血清サンプルを用いてプロテオーム解析を行いました。プロテオーム解析では、2,033種類のタンパク質が同定されました。これらのタンパク質のうち、55種類のタンパク質は、ベースラインと治療終了後1ヵ月時点で発現に有意な差が見られ、さらにそのうち20種類のタンパク質に関して、有意な変化かつ、半分以下に減少、もしくは2倍以上の増加を認めました(図1結果?)。過去に創傷治癒や血管新生を抑制することが報告されているB細胞リンパ腫タンパク質-2関連X(BAX)およびC-X-Cモチーフケモカイン10(CXCL10)はいずれも有意な減少を認めました。これらのタンパク質の減少が、抑制されていた血管新生の促進を介して潰瘍に対するLDLアフェレシスの治療効果に寄与している可能性が明らかになりました。
今後の展開
透析膜として、本研究ではデキストラン硫酸カラム(リポソーバー® LA-15)を用いましたが、現在、直接血液灌流法(direct hemoperfusion:DHP)による新規吸着型浄化器レオカーナ®(医療機器承認番号:30200BZX00250000、製造販売業者:株式会社カネカ)が開発され、2020年に製造販売承認が得られ、2021年3月より臨床的に使用が可能となり期待を集めています。今後の検討として、レオカーナを用いた治療前後のサンプルを用いて網羅的解析を行うことで、膜による性能の違いをはじめとしたデータの蓄積およびメカニズムの解析をおこなっていく予定です。また、サンプルの解析手法としては、本研究で用いたプロテオーム解析のほか、近年の解析方法の進歩により、DNA内でコード化された情報に対するゲノミクス、RNA転写産物に対するトランスクリプトーム、代謝産物に対するメタボロームなどさまざまなオミクス解析が開発されており、今後はこれらを組み合わせたマルチオミクス解析によるより複雑な病態の解析も待たれます。
研究費
本研究におけるプロテオーム解析は、株式会社カネカによる産学連携契約に基づく資金提供を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Proteomic serum profiles before and after lipoprotein apheresis in patients with peripheral artery disease with ulceration
著者: Kohei Ishiga, Tatsuki Uehara, Hiromichi Wakui, Kengo Azushima, Eiko Ueda, Daisuke Kanai, Mari Sotozawa, Ryu Kobayashi, Sho Kinguchi, Tomohiko Kanaoka, Tatsuya Haze, Yoshiyuki Toya, Kouichi Tamura
掲載雑誌: Therapeutic Apheresis and Dialysis
DOI: 10.1111/1744-9987.14247
著者: Kohei Ishiga, Tatsuki Uehara, Hiromichi Wakui, Kengo Azushima, Eiko Ueda, Daisuke Kanai, Mari Sotozawa, Ryu Kobayashi, Sho Kinguchi, Tomohiko Kanaoka, Tatsuya Haze, Yoshiyuki Toya, Kouichi Tamura
掲載雑誌: Therapeutic Apheresis and Dialysis
DOI: 10.1111/1744-9987.14247
用語説明
*1 LDLアフェレシス:LDL(Low Density Lipoprotein)は動脈硬化の原因になる悪玉コレステロールの代表的成分。LDLアフェレシスは、血液透析のように血液を体外で循環させ、血液中に含まれるLDLコレステロール等の動脈硬化促進性物質を除去する治療法。本研究では、デキストラン硫酸カラム(リポソーバー® LA-15)を用いた血漿吸着を実施した。
*2プロテオーム解析:プロテオーム解析は、細胞や組織などのサンプル中の全てのタンパク質の評価を目的とした網羅的に解析する手法。近年の質量分析計の進歩により複雑な試料中のタンパク質の検出が可能となった。タンパク質の機能や相互作用を解明することで疾患のメカニズムの解明やバイオマーカーの検討が目的とされる。
*3潰瘍病変スコア(DESIGN-R):潰瘍病変の治癒過程を定量的に評価するための判定スケール。Depth(深さ)、Exudate(滲出液)、Size(大きさ)、Inflammation/Infection(炎症/感染)、Granulation(肉芽組織)、Necrotic tissue(壊死組織)、Pocket(ポケット)の7項目からなり、点数が高いほど重傷となる。
*4皮膚灌流圧(SPP):皮膚の表面にある毛細血管の血流がどの程度あるかを測定する検査。点数が低いほど動脈硬化が進行していることが示唆される。
*2プロテオーム解析:プロテオーム解析は、細胞や組織などのサンプル中の全てのタンパク質の評価を目的とした網羅的に解析する手法。近年の質量分析計の進歩により複雑な試料中のタンパク質の検出が可能となった。タンパク質の機能や相互作用を解明することで疾患のメカニズムの解明やバイオマーカーの検討が目的とされる。
*3潰瘍病変スコア(DESIGN-R):潰瘍病変の治癒過程を定量的に評価するための判定スケール。Depth(深さ)、Exudate(滲出液)、Size(大きさ)、Inflammation/Infection(炎症/感染)、Granulation(肉芽組織)、Necrotic tissue(壊死組織)、Pocket(ポケット)の7項目からなり、点数が高いほど重傷となる。
*4皮膚灌流圧(SPP):皮膚の表面にある毛細血管の血流がどの程度あるかを測定する検査。点数が低いほど動脈硬化が進行していることが示唆される。
関連記事
参考文献など
(参考論文1)
Sustained inhibition of oxidized low-density lipoprotein is involved in the long-term therapeutic effects of apheresis in dialysis patients.
Tsurumi-Ikeya Y, Tamura K, Azuma K, Mitsuhashi H, Wakui H, Nakazawa I, Sugano T, Mochida Y, Ebina T, Hirawa N, Toya Y, Uchino K, Umemura S.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2010 May;30(5):1058-65.
https://doi.org/10.1161/atvbaha.109.200212
(参考論文2)
Therapeutic potential of low-density lipoprotein apheresis in the management of peripheral artery disease in patients with chronic kidney disease.
Tamura K, Tsurumi-Ikeya Y, Wakui H, Maeda A, Ohsawa M, Azushima K, Kanaoka T, Uneda K, Haku S, Azuma K, Mitsuhashi H, Tamura N, Toya Y, Tokita Y, Kokuho T, Umemura S.
Ther Apher Dial. 2013 Apr;17(2):185-92.
https://doi.org/10.1111/j.1744-9987.2012.01149.x
(参考論文3)
Low-density-lipoprotein apheresis-mediated endothelial activation therapy to severe-peripheral artery disease study: Rationale and study design.
Ueda E, Toya Y, Wakui H, Kawai Y, Azushima K, Fujita T, Saigusa Y, Yamanaka T, Yabuki Y, Mikami T, Goda M, Sugano T, Tamura K.
Ther Apher Dial. 2020 Oct;24(5):524-529.
https://doi.org/10.1111/1744-9987.13546
(参考論文4)
Lipoprotein apheresis alleviates treatment-resistant peripheral artery disease despite the normal range of atherogenic lipoproteins: The LETS-PAD study
Ueda E, Toya Y, Wakui H, Ishiga K, Kawai Y, Kobayashi R, Kinguchi S, Kanaoka T, Saigusa Y, Mikami T, Yabuki Y, Goda M, Machida D, Fujita T, Haruhara K, Sugano T, Azushima K,Tamura K
https://doi.org/10.5551/jat.64639
Sustained inhibition of oxidized low-density lipoprotein is involved in the long-term therapeutic effects of apheresis in dialysis patients.
Tsurumi-Ikeya Y, Tamura K, Azuma K, Mitsuhashi H, Wakui H, Nakazawa I, Sugano T, Mochida Y, Ebina T, Hirawa N, Toya Y, Uchino K, Umemura S.
Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2010 May;30(5):1058-65.
https://doi.org/10.1161/atvbaha.109.200212
(参考論文2)
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Tamura K, Tsurumi-Ikeya Y, Wakui H, Maeda A, Ohsawa M, Azushima K, Kanaoka T, Uneda K, Haku S, Azuma K, Mitsuhashi H, Tamura N, Toya Y, Tokita Y, Kokuho T, Umemura S.
Ther Apher Dial. 2013 Apr;17(2):185-92.
https://doi.org/10.1111/j.1744-9987.2012.01149.x
(参考論文3)
Low-density-lipoprotein apheresis-mediated endothelial activation therapy to severe-peripheral artery disease study: Rationale and study design.
Ueda E, Toya Y, Wakui H, Kawai Y, Azushima K, Fujita T, Saigusa Y, Yamanaka T, Yabuki Y, Mikami T, Goda M, Sugano T, Tamura K.
Ther Apher Dial. 2020 Oct;24(5):524-529.
https://doi.org/10.1111/1744-9987.13546
(参考論文4)
Lipoprotein apheresis alleviates treatment-resistant peripheral artery disease despite the normal range of atherogenic lipoproteins: The LETS-PAD study
Ueda E, Toya Y, Wakui H, Ishiga K, Kawai Y, Kobayashi R, Kinguchi S, Kanaoka T, Saigusa Y, Mikami T, Yabuki Y, Goda M, Machida D, Fujita T, Haruhara K, Sugano T, Azushima K,Tamura K
https://doi.org/10.5551/jat.64639
