YCU Research Portal

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精神科診療におけるオンライン診療は対面診療と同等の治療効果
-国内19機関が加わった非劣性試験で証明-

慶應義塾大学医学部ヒルズ未来予防医療・ウェルネス共同研究講座の岸本泰士郎特任教授らJ-PROTECT共同研究グループ[大阪医科薬科大学(金沢徹文教授)、京都府立医科大学(中前貴講師)、神戸大学(菱本明豊教授;研究当時は横浜市立大学)、東北大学(富田博秋教授)、他、総合病院、精神科病院、診療所など全部で国内19の精神科医療機関が参加]は、複数の精神疾患に対するオンライン診療を用いた治療効果が、対面診療と比較して劣らないことを、国内初の無作為化比較試験(非劣性試験注1)で明らかにしました。

本試験は、うつ病、不安症、強迫症の患者さん199名が参加した研究で、オンライン診療(スマートフォン等を利用したビデオ通話で自宅等にいながら医師の診察を受ける)を対面診療と組み合わせて行った「オンライン診療併用群」と対面のみで診療を行った「対面診療群」における治療効果を比較したものです。結果、主要評価項目のSF-36MCSスコア注2(精神的側面のQOLサマリースコア)についてオンライン診療併用群は対面診療群に劣っていないことが証明され、治療中止、満足度、疾患の重症度など、ほぼ全ての副次評価項目注3についても両群に有意差は認められませんでした。一方、オンライン診療併用群では、対面診療と比較して通院時間が短く、通院費用も安価だったことが示されました。
本研究の成果は、普及が必ずしも進んでいないオンライン診療の有効性を科学的に立証したもので、今後のオンライン診療の普及に向けた政策的議論の参考にされることが期待されます。

本研究は 2023年12月16日、Wiley社が発行する Psychiatry and Clinical Neurosciencesの電子版に掲載されました。

1.研究の背景と概要

精神科領域の外来診療は、患者さんと医師との会話が診療の大部分を占め、ビデオ通話を利用して行う遠隔医療(※日本では「オンライン診療」と呼称されている)が馴染みやすい診療領域といえます。諸外国では比較的古くから利用されていましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを契機にその利用は急速に広がりました。日本でもパンデミックに伴い規制緩和が行われたものの、診療報酬上の制限が強いこともあり、オンライン診療は現在、精神科領域でほとんど利用されていません。

そのような中、日本でオンライン診療の規制緩和を進め、普及促進を行っていくためには、国内の医療環境でのエビデンスが求められていました。そこで本J-PROTECT試験は、通常の保険診療の枠組みで、オンライン診療と対面診療との治療効果や、治療継続率、患者さんの満足度などを比較することを目的に実施しました。試験では、うつ病、不安症、強迫症の外来患者さんを対象に、オンライン診療を用いるグループと用いないグループに分け、24週間の外来治療を行いました(図1)。研究当時のガイドラインに基づき、オンライン診療を用いるグループは対面診療も一部併用しました(ただし全診療の50%以上をオンライン診療とする)。有効性の評価には、SF-36MCSという精神的側面のQOLサマリースコアを用いました。

試験には日本の11都道府県にわたる19の医療機関で行われ、199名の患者さんが参加しました。オンライン診療併用群における平均オンライン使用割合は77.0%でした。試験の結果、主要評価項目のSF-36MCSについてオンライン診療併用群は48.50±9.57、対面診療群は46.68±10.58であり、SF-36MCSの群間の平均値の差の両側95%信頼区間は下限値-1.12、上限値4.77でした。両側95%信頼区間の下限値が非劣性マージン(-5.0)を上回ったため、対面診療群に対するオンライン診療併用群の非劣性が検証できました。また、治療継続率、満足度など、多くの副次評価項目についても両群に有意差は認められませんでした。一方、オンライン診療併用群では、対面診療と比較して通院時間が短く、通院費用も安価だったことが確認されました。
【図1:本研究の概要】
J-PROTECT試験では上述の治療効果等の検証に加えて、治療を担当した精神科医師のアンケート調査も実施しました。アンケート結果をまとめた論文もSpringer社が発行するJournal of Technology in Behavioral Science誌に、2023年12月4日付で掲載されました(慶應義塾大学木下翔太郎特任助教ら)。アンケートから、オンライン診療でも患者さんは対面診療同様にコミュニケーションができていると医師は感じていること、オンライン診療によって医師が患者さんのニーズに対応しやすくなると医師が感じていること、一方でオンライン診療普及に向けての制度上の課題として診療報酬が一番の課題であること、などがわかりました。

2.研究の成果と意義・今後の展開

本研究は国民皆保険により安価で医療を受けられるという特有の制度を持つ日本において、初めて大規模で実施された実臨床に即したオンライン診療の無作為化比較試験です。日本では、安価な医療費の裏返しとして、医療従事者が諸外国と比較しても多くの患者を診療する必要があるため多忙となっていますが、そのような環境下でもオンライン診療が対面診療と同等の有効性をもつことが確認されたことの意義は大きいといえます。このようなオンライン診療と対面診療を比較した大規模試験は国内初のため、今後のオンライン診療に対する規制緩和、普及促進に向けた重要なエビデンスになると考えられます。

また、精神科領域におけるオンライン診療は、離島・僻地への医療提供、専門医偏在の解決、症状により通院困難な患者さんやスティグマ(差別意識)を恐れ精神科の通院自体を忌避する患者さんなどへの医療アクセス改善など、さまざまな課題解決につながることが期待されます。しかし、現状の法規制においては、精神科領域のオンライン診療は他診療科よりもさまざまな面で厳しく制限されており、患者のニーズに十分に応えられていないなど、改善が望まれている状況にあります。本研究の成果はそのような状況に一石を投じ、さらなる普及に向けた政策的議論の活性化にもつながるものであるといえます。

3.特記事項

本研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 障害者対策総合研究開発事業「対面診療に比したオンライン診療の非劣勢試験:COVID-19によって最も影響を受け得る精神疾患に対するマスタープロトコル試験による検証」の支援を受けて実施されました。

4.J-PROTECTメンバー

慶應義塾大学:岸本泰士郎、木下翔太郎、北沢桃子、菊地俊暁、佐渡充洋、三村將、佐藤泰憲、竹村亮、長島健悟
大阪医科薬科大学:金沢徹文、木下真也、川端康雄
京都府立医科大学大学院医学研究科:精神機能病態学 中前貴、阿部能成
神戸大学:菱本明豊(研究当時:横浜市立大学)
横浜市立大学:須田顕、服部早紀、阿部紀絵、井出恵子、吉見明香、浅見剛
東北大学:富田博秋、阿部光一
医療法人社団慈泉会 市ケ谷ひもろぎクリニック:渡部芳徳(故人)、本郷誠司
日本赤十字社栃木県支部 足利赤十字病院:船山道隆
社会医療法人 公徳会佐藤病院:文鐘玉
社会医療法人 あさかホスピタル:佐久間啓、喜田恒、辻井崇
医療法人長尾会 ねや川サナトリウム:長尾喜一郎、寺師隆平
医療法人真愛会 髙宮病院:高宮眞樹、児玉英之
医療法人三精会 汐入メンタルクリニック:阿瀬川孝治、後藤健一
医療法人社団横浜天仁会 あまがいメンタルクリニック:天貝徹、田村元
医療法人滔々会 金沢文庫エールクリニック:藤原修一郎
公益財団法人復康会 沼津中央病院:杉山直也、野口信彦
国際医療福祉大学成田病院:佐藤愛子、橋本佐
医療法人学而会 木村病院:木村大
公益財団法人復康会 大手町クリニック:日野耕介
医療法人和楽会 赤坂クリニック:貝谷久宣、髙宮彰紘

5.論文

<非劣性試験>
・英文タイトル:Live Two-way Video Versus Face-to-Face Treatment for Depression,Anxiety, and Obsessive-Compulsive Disorder: A 24-Week Randomized Controlled Trial
・タイトル和訳:うつ病、不安症、強迫性障害に対する双方向ビデオライブ治療と対面治療の比較: 24週間のランダム化比較試験
・著者名:岸本泰士郎、木下翔太郎、北沢桃子、菱本明豊、浅見剛、須田顕、文鐘玉、菊地俊暁、佐渡充洋、高宮彰紘、三村將、佐藤泰憲、竹村亮、長島健悟、中前貴、阿部能成、金沢徹文、川端康雄、富田博秋、阿部光一、本郷誠司、木村大、佐藤愛子、喜田恒、佐久間啓、船山道隆、杉山直也、日野耕介、天貝徹、高宮眞樹、児玉英之、後藤健一、藤原修一郎、貝谷久宣、長尾喜一郎、J-PROTECT共同研究グループ
・掲載誌:Psychiatry and Clinical Neurosciences(オンライン版)
・DOI:10.1111/pcn.13618

<アンケート論文>
・英文タイトル: Psychiatrists’ perspectives on advantages, disadvantages and challenging for promotion related to telemedicine: Japan’s clinical experience during COVID-19 pandemic
・タイトル和訳:遠隔医療の利点と課題についての精神科医の視点: COVID-19パンデミックにおける日本の臨床経験から
・著者名:木下翔太郎、北沢桃子、阿部能成、須田顕、中前貴、金沢徹文、富田博秋、阿部光一、菱本明豊、岸本泰士郎
・掲載誌:Journal of Technology in Behavioral Science(オンライン版)
・DOI:10.1007/s41347-023-00368-5

用語解説

注1 非劣性試験:試されている治療や薬が対照とされる治療や薬に比べて非劣性マージン以上に劣ることはないことを示す試験。J-PROTECT試験では非劣性マージンをSF-
36MCSの-5ポイントとすることを試験を開始する前に決めていました。試験の結果、オンライン診療併用群と対面診療群のスコアの差が非劣性マージンを上回っていため、「非劣性」が証明されたとしています。

注2 SF-36MCS:MOS Short-Form 36-Item Health Mental Component Summary。SF-36は、健康関連QOL(HRQOL: Health Related Quality of Life)を測定するための科学的で信頼性・妥当性を持つ自己報告式の尺度で、MCSはそのうちの下位尺度から算出される精神的側面のQOLサマリースコアです。J-PROTECT試験では、複数の疾患を対象としていたため、共通項目となるSF-36MCSを主要評価項目(その試験で最も明らかにしたい項目)としていました。

注3 副次評価項目:主要評価項目以外で明らかにしたい項目のことを指します。J-PROTECT試験では、治療の継続、患者さんの満足度、疾患の重症度などにも注目していました。

お問合せ先

横浜市立大学 広報課
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp
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