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網羅的解析で糖尿病性腎臓病の進展と乳酸代謝との関与を解明
—疲れている腎臓は症状が悪化しやすい?—

横浜市立大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・高血圧内科学の小豆島健護助教が所属する研究グループは、Duke-NUS Medical School(米国デューク大学-シンガポール国立大学共同医学大学院)のThomas Coffman教授らおよびKhoo Teck Puat HospitalのLim Su Chi准教授らとの共同研究により、糖尿病性腎臓病の進展に乳酸代謝が関与していることをメタボローム解析*1やシングルセルRNAシーケンス解析*2による網羅的解析を用いて解明しました。腎乳酸に着目することで、糖尿病性腎臓病の予後予測マーカーの開発や新規治療戦略につながることが期待されます。

本研究成果は、国際腎臓学会(ISN)の学会誌「Kidney International」に掲載されました。(日本時間2023年10月16日18時公開)
図1 糖尿病性腎臓病の新規病態メカニズム解明の概要図 図1 糖尿病性腎臓病の新規病態メカニズム解明の概要図
図1 糖尿病性腎臓病の新規病態メカニズム解明の概要図

研究背景

糖尿病患者は世界で5億4千万人に達し、糖尿病性腎臓病の罹患率も増加の一途を辿っています。糖尿病性腎臓病は末期腎障害および透析導入の原疾患として最も多いため、積極的な治療介入が求められています。しかし、血圧・糖代謝・脂質代謝などへの包括的治療が行われるようになっているものの、糖尿病性腎臓病患者における腎障害進行リスクは依然として高い状況にあります。その原因として、糖尿病性腎臓病の病態メカニズムはいまだに未解明の部分が多く、予後予測マーカーや治療法も限られている現状が挙げられてきました。そこで本研究では、網羅的解析手法を用いることで糖尿病性腎臓病の新しい病態メカニズムの解明を目指しました。

研究内容

本研究では、小豆島健護助教とThomas Coffman教授が共同研究で開発した、糖尿病性腎臓病患者の病態を反映したモデルマウス[1]にメタボローム解析やシングルセルRNAシーケンス解析といった網羅的解析手法を用いることで、糖尿病性腎臓病の新規病態メカニズム解明を行いました。また、動物実験で得られた結果を糖尿病性腎臓病患者の臨床検体を用いて臨床的にも検証しました。(図1)

糖尿病性腎臓病マウスの腎臓ではエネルギー代謝障害が起こっており、メタボローム解析ではTCA回路*5および乳酸代謝の障害が顕著に認められました。これらの変化は糖尿病性腎臓病の病勢マーカーである尿アルブミン排泄量と相関を示しましたが、特に腎臓の乳酸量と強い相関を認めました。シングルセルRNAシークエンス解析では、乳酸代謝異常の首座が近位尿細管にある可能性が示唆されました。また、臨床で糖尿病性腎臓病の治療に最も一般的に使用されるARBを投与したところ、腎エネルギー代謝にともなう乳酸蓄積は軽減し、尿アルブミン排泄量も減少しました。糖尿病性腎臓病患者においても、尿中乳酸排泄量が尿アルブミン排泄量と特に強い相関を有しており、尿中乳酸排泄量が多い患者ほど腎予後が不良であることが統計学的に証明されました。(図2)
 
図2 糖尿病性腎臓病患者における尿中乳酸排泄量と腎予後 図2 糖尿病性腎臓病患者における尿中乳酸排泄量と腎予後
図2 糖尿病性腎臓病患者における尿中乳酸排泄量と腎予後

今後の展開

本研究の意義は、糖尿病性腎臓病の新しい病態メカニズムとして、腎臓の乳酸代謝を中心としたエネルギー代謝障害が深く関わっていることが判明した点にあります。乳酸は激しい運動をした後に筋肉に蓄積することから、疲労物質と呼ばれることもありますが、最近では臓器でエネルギー消費が起こる過程で産生・蓄積することから、臓器のエネルギー代謝の変化・障害を反映する物質と考えられています。本研究の一面として、「疲れている腎臓は悪くなりやすい」と捉えることも可能かもしれませんが、まだその詳細な病態生理は不明です。今後、乳酸に着目した腎エネルギー代謝障害に関する研究が進むことで、腎乳酸が糖尿病性腎臓病の予後予測マーカーだけでなく、新規治療戦略にもなり得ることが期待されます。

研究費

本研究は、JSPS科学研究費(若手研究 JP21K16166)、JSPS海外特別研究員(Duke-NUS Medical School、2019年4月~2020年3月)、一般財団法人 横浜総合医学振興財団、一般財団法人 住友生命福祉文化財団、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 循環器病研究振興財団、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団などによる研究助成を受けて行われました。

論文情報

タイトル: Abnormal lactate metabolism is linked to albuminuria and kidney injury in diabetic nephropathy
著者: Kengo Azushima, Jean-Paul Kovalik, Takahiro Yamaji, Jianhong Ching, Tze Wei Chng, Jing Guo, Jian-Jun Liu, Mien Nguyen, Rashidah Binte Sakban, Simi E. George, Puay Hoon Tan, Su Chi Lim, Susan B. Gurley, Thomas M. Coffman.
掲載雑誌: Kidney International
DOI: 10.1016/j.kint.2023.08.006

用語説明

*1 メタボローム解析:
臓器、血液、尿における代謝産物を網羅的に測定し解析する実験手法。各臓器における代謝変化を全体的に把握することが可能。

*2 シングルセルRNAシーケンス解析:
単一臓器中の細胞一つ一つ(例:腎臓の尿細管細胞)における遺伝子発現を網羅的に測定し解析する実験手法。単一細胞における遺伝子発現変化を全体的に把握できるだけでなく、細胞間の関連性も推定することが可能。

*3 尿アルブミン排泄量:
糖尿病性腎臓病の主要な臨床的特徴の一つ。尿アルブミン排泄量が多いほど糖尿病性腎臓病の病勢が強く、腎予後が不良である。

*4 ARB(Angiotensin II Type 1 Receptor Blocker):
現在、本邦で糖尿病性腎臓病患者に対して最も一般的に投与される降圧薬。降圧作用だけでなく、尿アルブミン減少作用(腎保護作用)も有している。

*5 TCA回路:
ミトコンドリア内でATP(エネルギー物質)を産生するための回路。

参考文献

[1] Inflammation and Immunity Pathways Regulate Genetic Susceptibility to Diabetic Nephropathy
Susan B Gurley, Sujoy Ghosh, Stacy A Johnson, Kengo Azushima, Rashidah Binte Sakban, Simi E George, Momoe Maeda, Timothy W Meyer, Thomas M Coffman
Diabetes. 2018 Oct;67(10):2096-2106. doi: 10.2337/db17-1323.

問い合わせ先

横浜市立大学 広報課
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp
Duke-NUS Medical School
米国デューク大学医学部(Duke)とシンガポール国立大学(NUS)が共同で2005年に設置した医学大学。
医療を変革し人々の生活を向上させるための画期的な研究に重点を置いた教育プログラムで注目されています。

https://www.duke-nus.edu.sg/

 

Duke-NUS Medical SchoolのWEBサイトでも本研究成果について紹介されています。
https://www.duke-nus.edu.sg/allnews/abnormal-lactate-metabolism-linked-to-kidney-injury-in-diabetic-patients

 


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