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国内で初めて承認された慢性腎臓病(CKD)治療薬(SGLT2阻害薬ダパグリフロジン)の費用対効果を 産学連携国際共同研究により報告
~医療経営・政策の質向上に貢献する実務型研究プログラムの成果~

横浜市立大学医学部循環器・腎臓・高血圧内科学の田村功一主任教授らが産学連携国際共同研究により、慢性腎臓病(CKD)治療薬として国内初承認されたSGLT2阻害薬ダパグリフロジンの費用対効果が高いことを報告しました。本研究は、田村功一主任教授が同学のYCU病院経営プログラム(現在のYCU医療経営・政策プログラム)*1および同大学院国際マネジメント研究科SIMBA(Social Innovation MBA)プログラム*2を修了し、それらの研究成果をもとに進められました。

本研究成果は、欧州腎臓学会誌「Clinical Kidney Journal」に掲載されました。(2024年2月9日公開)

 研究成果のポイント


● 慢性腎臓病を適応として国内で初めて承認されたSGLT2阻害薬ダパグリフロジン治療の費用対効果について、日本人も対象とした臨床試験をもとにマルコフモデル*3を用いて日本、英国、スペイン、イタリアにおいて検討した。

● ダパグリフロジン治療により慢性腎臓病の進行が抑制され、日本では予測余命が0.84年延長(14.75年対13.91年、割引前)すると推定された。

● 日本の質調整生存年(QALY)獲得あたりの増分費用効果比(ICER)は、13,723ドル/QALY (1,277,919円/QALY)であり、閾値の500万円/QALYを下回る高い費用対効果が認められた。他の国々でも同様の結果となった。

● サブ解析の結果からは、ダパグリフロジンは2型糖尿病の有無やアルブミン尿の有無を問わず幅広い慢性腎臓病患者において費用対効果が高いことが示唆された。
図1 本研究での日本におけるCKDに対するSGLT2阻害薬(ダパグリフロジン)による
医療経済効果(ベースケース)の概要

研究背景

近年、日本では少子高齢化と長寿化が進行しており、それに伴う国民医療費の増加、および平均寿命と健康寿命(平均寿命から寝たきりや認知症など介護状態の期間を差し引いた期間)とのギャップの縮小化を図ることが課題となっています。そして、世界、特に日本において増加しつつある慢性腎臓病(chronic kidney disease: CKD、以下CKDとする)とその進行・悪化により透析・移植が必要となる末期腎不全の現況は、それ自体、および病態連関機序によって引き起こされる高血圧、脳心血管病(cardiovascular disease: CVD、以下CVDとする)、糖尿病などの代謝疾患と相まって、健康寿命の延伸と医療財政の健全化にとって大きな障害の一つとなっています。CKDは、腎臓の尿細管間質線維化がその中核的病態を構成し、進行して不可逆的なCKDを直接改善できる治療薬がこれまで存在せず、重要なアンメット・メディカル・ニーズが存在していました。しかしながら、最近では、進行したCKDの悪化速度を有意に抑制できる薬剤も開発されています。
 
そのような中、本学の田村功一主任教授が参加したランダム化比較国際共同臨床試験(DAPA-CKD試験)では、2型糖尿病の有無を問わないCKD患者4,304例(日本を含む386施設、21ヵ国、うち日本からは244例登録)を対象として、SGLT2阻害薬ダパグリフロジン治療の効果が検討されました[1]。その結果、患者追跡期間中央値2.4年における主要複合評価項目[50%以上のeGFR低下+末期腎不全(維持透析導入、腎臓移植、eGFRの15 ml/min/1.73m2未満への低下)+腎疾患死+心血管死]の発生は、ダパグリフロジン群197例(9.2%)、プラセボ群312例(14.5%)[ハザード比(HR) 0.61 (95%CI 0.51 to 0.72、p<0.001)、NNT=19 (95%CI 15 to 27)]でした[1]。さらに、ダパグリフロジン治療群における主要複合評価項目の減少は、2型糖尿病CKD患者、非2型糖尿病CKD患者において同様に認められました[1]。この試験の結果、米食品医薬品局(FDA)は、2021年4月30日にSGLT2阻害薬ダパグリフロジンのCKDへの適応拡大を承認しました。そして、2021年8月25日に国内においても2型糖尿病合併の有無にからわらず、慢性腎臓病(ただし、末期腎不全又は透析施行中の患者を除く)のSGLT2阻害薬ダパグリフロジンの効能又は効果の追加が承認されました。
 
また、ダパグリフロジンを用いたランダム化比較国際共同臨床試験であるDECLARE-TIMI58試験(DECLARE:Dapagliflozin Effect on Cardiovascular Events[心血管系イベントに及ぼすダパグリフロジンの影響])は、複数の心血管リスク因子、あるいは、心血管疾患の既往歴を有する患者を含む、心血管系イベントリスクがある国内を含めた成人2型糖尿病患者を対象に行われ、ダパグリフロジン治療群における心腎複合イベントや、末期腎不全または腎関連による死亡リスクなどの低減が示されています[2]。
 
横浜市立大学および附属2病院(附属病院・附属市民総合医療センター)では、平成29年度に文部科学省「課題解決型高度医療人材養成プログラム」に採択され、都市型地域医療を先導する病院変革人材育成「YCU病院経営プログラム(現在のYCU医療経営・政策プログラム)」を実施しています。また令和3年度から同大学院国際マネジメント研究科博士前期課程社会人特別選抜ソーシャル・イノベーション修士(SIMBA)プログラムを開設し、一般的なビジネス課題とともに、ヘルスケア領域、その他の公共サービス領域などの社会的な諸課題に対してデータ分析に基づく社会課題解決をめざす人材を育成しています。田村功一主任教授は、両プログラムにおいて「大学病院経営と地域医療貢献に資する医療政策経済学と包括医療制度の理解と活用」を研究課題として医療の費用対効果に関する研究を行いました。今回は、両プログラムでの研究成果を土台に、2021年8月にCKD治療薬として国内で初めて承認されたSGLT2阻害薬ダパグリフロジンの費用対効果について、日本を含めた複数国において産学連携国際共同研究を行いました。

研究内容

DAPA-CKD試験とDECLARE-TIMI58試験の結果、SGLT2阻害薬ダパグリフロジンによる心腎代謝連関病態の改善効果が示されましたが、本研究では、2つの臨床試験が行われた国々の中で、日本、英国、スペイン、イタリアを対象として、幅広い慢性腎臓病集団におけるSGLT2阻害薬ダパグリフロジンの費用対効果の推定を行いました。田村功一主任教授らの研究グループは、DAPA-CKD試験およびDECLARE-TIMI58試験の患者レベルデータを用いて、DAPA-CKD試験に基づき公表されたマルコフモデルを、尿中アルブミン/クレアチニン比に関係なく、より広範な集団に適応させました。費用効果分析は文献とDAPA-CKD試験からの情報を取り入れて行われ、分析では生涯を見通した医療システムの視点が考慮されました。

その結果、SGLT2阻害薬ダパグリフロジンの投与により慢性腎臓病の進行が抑制され、日本では予測余命が0.84年延長(14.75年対13.91年)すると推定され、英国、スペイン、イタリアでも同様の推定結果が得られました。臨床上の改善効果として、各国で0.45~0.68年の平均質調整生存年(QALY)上の利益に相当すると評価されました。そして、費用対効果の評価では、質調整生存年(QALY)獲得あたりの増分費用効果比(ICER)を推定し、例えば日本では、ICERが<500万円/QALYであれば、費用対効果が高いと判断されます。本研究では、日本、英国、スペイン、イタリアにおけるICERは、それぞれ13,723ドル/QALY (1,277,919円/QALY)、10,676ドル/QALY、14,479ドル/QALY、7,771ドル/QALYであったことから、国別の支払い意思閾値において費用対効果に優れることが明らかになりました(図1)。さらに、サブグループ解析では、ダパグリフロジンは尿中アルブミン/クレアチン比や2型糖尿病の状態にかかわらず費用対効果が高いことが示唆され、これらの結果から国内CKD治療薬として初承認されたSGLT2阻害薬ダパグリフロジンは費用対効果的にも優れることが明らかにされました。

今後の展開

近年の医療経済学的観点からは、質調整生存年(QALY)獲得あたりの増分費用効果比(ICER)を推定し、日本ではICERが<500万円/QALYであれば、費用対効果が高いと判断されます。今回の研究結果からは、SGLT2阻害薬ダパグリフロジンによる治療は、英国、スペイン、イタリア、日本の医療制度において費用対効果に優れることが明らかにされ、2型糖尿病の有無にかかわらず、これまでに示されたよりも広い範囲の推定糸球体濾過量およびアルブミン尿量のCKD患者に対して費用対効果がある可能性も考えられました。

CKD診療において、費用対効果を含めての研究は依然として少ないのですが、それでも最近では国内のFROM-J研究(腎疾患重症化予防のための戦略研究)や日本腎臓学会の厚生労働科学研究班によって、かかりつけ医/非腎臓専門医と腎臓専門医の連携の強化を図り、多職種協働による生活習慣や食事指導の強化介入が腎機能障害進行を抑制し費用対効果に優れることも報告されています。2024年診療報酬改定でも「慢性腎臓病透析予防指導管理料」が新設されました。国内でCKD治療薬として初めて承認されたSGLT2阻害薬が、CKD治療薬として費用対効果的にも有用であることが示されたことで、CKDに対する健診からの受診勧奨やCKDに対する積極的な治療の推奨を含めてCKD診療連携体制の構築・強化と、そのための提言や政策提案が費用効果分析的観点からも支持されると考えられます。

横浜市立大学附属病院では、厚生労働省「令和5年度慢性腎臓病(CKD)重症化予防のための診療体制構築および多職種連携モデル事業」に、「エビデンスに基づく腎疾患対策(EBPM)推進の恩恵をすべての市民、地域に行きわたらせ魅力あふれる都市をつくる」をテーマに申請し採択され「横浜慢性腎臓病(CKD)対策協議会」を発足させました。この協議会発足を契機として、横浜市におけるさまざまな腎疾患・慢性腎臓病(CKD)対策を推進しています。

研究費

本研究は、アストラゼネカ社(英国本社)から提供の研究費を受けて実施されました。

論文情報

タイトル:Dapagliflozin in chronic kidney disease: cost-effectiveness beyond the DAPA-CKD trial
著者:Phil McEwan, Jason A Davis, Peter D Gabb, David C Wheeler, Peter Rossing, Glenn M Chertow, Ricardo Correa-Rotter, Kouichi Tamura, Salvatore Barone, Juan Jose Garcia Sanchez.
掲載雑誌:Clinical Kidney Journal
DOI :10.1093/ckj/sfae025

用語説明

*1 YCU病院経営プログラム:高齢化とともに急速に変化する医療環境に大学病院を適応させ、複雑な都市の医療システム構築に貢献できる経営人材を育成することを目的としたプログラム。現在は「YCU医療経営・政策プログラム」に名称変更。大学病院長候補者、病院長を補佐とする医師、医療従事者、看護管理職候補者、事務管理職候補者、自治体関係者などを対象とした履修証明プログラムをして実施している。
https://www-user.yokohama-cu.ac.jp/~hp_mgt/

*2 国際マネジメント研究科博士前期課程社会人特別選抜ソーシャル・イノベーション修士(SIMBA)プログラム:医療・健康、社会福祉、公共サービス領域の社会人のためのMBAプログラム。令和3年度から開始され、一般的なビジネス課題とともに、ヘルスケア領域、その他の公共サービス領域などの社会的な諸課題に対してデータ分析に基づく解決をめざす人材育成を育成し、地域社会で活躍する修士(経営学)を輩出している。
https://www.yokohama-cu.ac.jp/int_manage/program/simba.html

*3 マルコフモデル:医療の費用対効果の検討において使用されるモデルには、「決定樹(decision tree)モデル」や「マルコフ(Markov)モデル」などがあり、それぞれ長所や短所があるため適した手法を選択するとされる。本研究で用いたマルコフモデルは、慢性疾患など罹病期間が長い場合に利用される。はじめに患者のとりうる複数のステート(疾患の状態)を定義し、これらのステートへと移行していく確率をそれぞれ定義する。例えば,患者の取りうる疾患の状態が「健康」、「罹患」、「死亡」の場合、「健康」な状態から「罹患」へとある単位時間あたりに移行する確率(推移確率)や、「罹患」から「死亡」へ移行する確率などをそれぞれ定義する。ひとつ前の単位時間より前の状態は、推移確率に影響がない(メモリーレス)と仮定しているが、これがマルコフモデルと呼ばれる理由である。患者の状態が変化する様子についてシミュレーションを行い、費用と効果を計算する。本研究におけるマルコフモデルを図2に示す。
図2 英国、スペイン、イタリア、日本におけるSGLT2阻害薬(ダパグリフロジン)によるCKDに対する
費用対効果評価の解析に用いたマルコフモデル

参考文献

[1] Dapagliflozin in Patients with Chronic Kidney Disease.
Heerspink HJL, Stefánsson BV, Correa-Rotter R, Chertow GM, Greene T, Hou FF, Mann JFE, McMurray JJV, Lindberg M, Rossing P, Sjöström CD, Toto RD, Langkilde AM, Wheeler DC; DAPA-CKD Trial Committees and Investigators.
N Engl J Med. 2020 Oct 8 ;383(15):1436-1446. DOI : 10.1056/NEJMoa2024816

[2] Dapagliflozin and Cardiovascular Outcomes in Type 2 Diabetes.
Stephen D. Wiviott, M.D., Itamar Raz, M.D., Marc P. Bonaca, M.D., M.P.H., Ofri Mosenzon, M.D., Eri T. Kato, M.D., M.P.H., Ph.D., Avivit Cahn, M.D., Michael G. Silverman, M.D., M.P.H., +13, for the DECLARE–TIMI 58 Investigators.
N Engl J Med. 2019 ;380:347-357. DOI : 10.1056/NEJMoa1812389

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mail: koho@yokohama-cu.ac.jp
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