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ヒトを含む哺乳類の精子運動を支えるエネルギー産生経路を発見

横浜市立大学附属市民総合医療センター 生殖医療センター部長 湯村 寧准教授と、横浜国立大学大学院工学研究院 栗原靖之教授らの研究グループは、哺乳類(ウマ・ウシ・マウス・ヒト)の精子運動性を支えるエネルギー産生機構として、解糖系および電子伝達系に加え、糖新生が新たに関与する三つのメカニズムが存在することを明らかにしました。

本研究成果は、「Reproductive Medicine and Biology」のオンライン版に先行公開されました(2026年1月16日)。
 

研究成果のポイント 


● 精子が女性器内で長距離を泳ぐためのエネルギー(ATP)産生方法についてはさまざまなメカニズムが提案され、長く議論されてきた。

● 本研究グループはマウス、ウシおよびヒトの精子はミトコンドリア*1で作られたエネルギーで糖を合成し、それを用いて自らの運動に必要なエネルギーを産生していることを世界で初めて明らかにした。

● 不妊男性の精子では、このシステムがうまく機能していないことも示唆され、今後このシステムの解明は男性不妊の検査・治療に大きく役に立つ可能性がある。
 

研究背景

精子は、射精後に体内で卵子と出会うまで、活発に運動し続ける必要があり、そのために非常に多くの生体エネルギー(ATP)を消費します。精子におけるATP産生には主に2つの仕組みがあると考えられています。1つ目は精子の鞭毛付近で機能するブドウ糖を分解してATPを得る「解糖系」、2つ目は頭部と尾部の間の「中片*2」に存在するミトコンドリアでATPを産生する「電子伝達系」です。

しかし解糖系はATP生産効率が低く、一方で電子伝達系は大量のATPを作れるものの、精子では中片付近でつくられたATPを鞭毛まで輸送する輸送システムを持っていないことが知られています。そのため従来のエネルギー産生モデルだけでは、精子がどのように運動に必要なエネルギーを産生しているかを十分に説明できませんでした(図1)。

そこで本研究では、哺乳類(マウス・ウシ・ウマ・ヒト)の精子運動において、電子伝達系で得られたエネルギーを使ってグルコースを合成する「糖新生」が起こり、そのグルコースを鞭毛に運んで解糖系を利用して活発な運動に必要なエネルギーを作っているのではないか、という仮説を立てました。この仮説を検証するため、糖新生に必要な酵素であるフルクトースビスフォスファターゼ(FBPase1)に着目し、男性不妊患者の精子におけるFBPase1のタンパク質発現および局在プロファイルを解析することで、実際に精子内で糖新生が生じているかを検討しました。
 
図1 精子における糖新生のイメージ

研究内容

研究にはヒト、ウマ、ウシ、マウスの精子が用いられ、このうち横浜市立大学医療センター生殖医療センターは男性不妊症外来にて採取した 3名の患者さんの精液サンプルを使用して、ヒトのFBPaseの存在を調査しました。

マウスを使った実験ではFBPaseが精子中片から鞭毛にかけて発現していました(図2)。また、FBPase1阻害剤を精子に添加すると運動性が消失しました。このことは、先ほどの仮説が正しいことを示しています。また、ヒトの精子の研究では、3例すべての患者さんにおいてFBPase1が精子内で発現していることが分かりました。さらに、運動率の低かった患者さんではFBPase1の発現量が低く、逆に高かった患者さんでは運動性が高いことがわかりました(図3)。これらのことより、精子は電子伝達系が作ったエネルギーを利用して解糖系に必要なグルコースを生産し、鞭毛の解糖系で精子が運動すること、FBPase1の発現量が精子運動性と関連しており、精子運動性の指標となりうることが示唆されました。
 
図2 マウスにおいてFBPaseは精子中片から鞭毛に分布している
図3 ヒト精子におけるFBPaseの発現をウェスタンブロッティング法で測定。全例で発現が確認された。運動率が低い患者さんのほうが発現量は少ない。

今後の展開

今回の検討ではヒトの精子での調査は3例しか行われていませんので今後、糖新生経路やその中にあるFBPaseと精子運動や男性不妊症との関連などについて症例を増やして検証を加えていく必要があります。

この関係性が明らかになればヒト精子を動かすメカニズム、男性不妊症の中でも精子運動率が低下する精子無力症の原因解明やその治療法開発に役立つ可能性があります。

用語説明

*1  ミトコンドリア:細胞内に存在する小器官。一つの細胞に数百から数千個存在する。呼吸により取り込まれた酸素を利用して細胞を活動させるエネルギーを産生する。

*2  中片:midpiece  精子の頭部と鞭毛(尻尾)の間にある器官。ここにミトコンドリアが多数存在し、精子を動かすエネルギーを作っている。
 

研究費

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED JP201m0203011J0002)とJSPS科研費(基盤C JP24K08167)の支援を受けて実施されました。 

論文情報

タイトル: The Three Pillars of ATP Production in Mammalian Sperm: Integrating Gluconeogenesis Into the Metabolic Framework.
著者: Oishi K, Tokito R, Yumura Y, Yoshida M, Yoshida K, Asada M, Mikami K, Watanabe H, Muranishi Y, Kurihara Y.
掲載雑誌: Reproductive Medicine and Biology
DOI: https://doi.org/10.1002/rmb2.70017
 

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp
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