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コムギの収量を下げる有害変異の除去を目指して
〜日本品種農林61号など世界10品種ゲノムDNA解析〜

横浜市立大学木原生物学研究所 清水健太郎客員教授(チューリッヒ大学 進化生物・環境学研究所・所長・教授兼任)、新潟大学農学部 岡田萌子助教(前横浜市立大学特任助教)らの研究グループは、国際10+コムギゲノムプロジェクト*1との共同研究で、日本を代表する品種である農林61号を含む、世界の普通系コムギ*210品種(図1)のゲノムDNA変異*3と遺伝子発現の大規模解析を行い、有害突然変異にはたらく純化選択(淘汰)*4を網羅的に検出しました。その結果、根で発現しコムギの生育環境の拡大に関連する遺伝子群に、強い純化選択が検出されました。これらの有害突然変異や純化選択についての情報は、今後の世界のコムギ安定生産に向けた育種戦略に有用な情報基盤として、ゲノム育種を推進すると期待されます。

本研究成果は、国際科学誌「Cell Reports」に掲載されました(2026年1月27日午前1時公開)。

研究成果のポイント


●  日本を代表する普通系コムギ品種である農林61号など世界の10品種のゲノムDNAを解析し、有害突然変異への選択を検出した

●  根で発現し生育環境拡大に関連する遺伝子群の有害突然変異に、強い純化選択が見られた

●  DNA情報を活用した新たな育種技術として、今回検出したような有害突然変異の除去による収量増加が期待される
図1 解析に用いた世界のコムギ10品種。国際10+コムギゲノムプロジェクトなどにより高精度のゲノムDNA配列情報と遺伝子発現情報が得られた。

研究背景

世界的な食糧価格の高騰が続く現在、迅速に収量の高い品種を育種することが強く求められています。なかでもコムギは世界で最も広い面積で栽培されている主要穀物であり、気候変動やウクライナ危機などの影響を受けて価格が大きく変動していることから、世界の食料安全保障において極めて重要な作物です。日本においてもコムギは弥生時代から栽培されてきた伝統的な穀物であり、うどん、パン、ラーメン、菓子など、日本の食生活を支えてきました。しかし、日本でもコムギ価格の上昇は深刻で、政府が輸入小麦を民間に売り渡す価格は過去10年で約1.5倍に上昇しています。さらに日本のコムギ生産は20世紀半ば以降、大部分を輸入に頼るようになり自給率の低さが課題となっています。

これまでの育種では、収量増加や環境ストレス、病害への抵抗性などに寄与する有用な変異を見つけ、それを改良したい品種に導入することで収量の増加を目指してきました。しかし、有用な変異の近くに未知の有害な変異が存在する場合、有用な変異だけを育種で導入することが難しく、希望通りの高収量を得られませんでした。 

普通系コムギは3種由来の異質六倍体種であるため、機能的に冗長な同祖遺伝子(重複遺伝子)*5を3つ持ちます。理論的には、倍数体種*6では一つの同祖遺伝子に有害突然変異があっても、他の同祖遺伝子で補完できる(マスクされる)ため、有害突然変異の影響は小さいだろう、といわれていました。一方で、普通系コムギ品種同士を交配すると収量が上がる現象がみられることから、六倍体普通系コムギにおいても有害突然変異が収量に影響している可能性が指摘されてきましたが、巨大なゲノムサイズのため解析が困難でした。清水客員教授のチームは、モデル植物で培った解析手法をもとに、国際10+コムギゲノムプロジェクトとの共同研究により数年をかけてデータを取得してきました。

研究内容

本研究では、国際10+コムギゲノムプロジェクトで取得した高精度なゲノムDNA配列からの遺伝子同定と大規模遺伝子発現データの詳細解析を行い、有害突然変異がどの程度純化選択(淘汰)によって排除されているか定量しました(図2)。DFE法*7 などを用いた解析の結果、六倍体普通系コムギでもタンパク質を変える変異の50%以上が強い純化選択を受けていました。上述したように、六倍体普通系コムギでは有害突然変異があったとしても、機能的に冗長な同祖遺伝子が互いに補完し合うために有害突然変異の影響は少ないと考えられていましたが、今回の解析から50%以上の変異が純化選択を受けていたことが明らかとなり、六倍体普通系コムギでも有害突然変異が大きく影響することが示されました。

特に、Dサブゲノムにある「根で特異的に発現する遺伝子群」で強い純化選択が検出されました。これらの遺伝子群は約8000年前に、二粒系コムギと、Dゲノムを持つ野生種タルホコムギが交雑して、普通系コムギができたときにもたらされた遺伝子です。その後、これらの根で発現する遺伝子が起源地であるトランスコーカサス地方から全世界に分布域を拡大した際に、根の形態の変化、栄養吸収効率の向上、乾燥耐性の獲得など環境頑健性や広域適応性をもたらした可能性が考えられます。

さらに、遺伝子数が3倍に増えたことが育種・進化を促進し得るのかどうかを解析したところ、3つの同祖遺伝子がそれぞれ別の選択を受けてきたという傾向が分かりました。この結果は、普通系コムギが3倍の数の遺伝子を持つことで、育種・進化のターゲットになる遺伝子の数が3倍に増えたことを意味します。つまりコムギの育種可能性(進化可能性)を上昇させ、広い環境に適応する環境頑健性に寄与した可能性が考えられます。

図2 汎ゲノム、汎トランスクリプトームデータからサブゲノムごとの集団遺伝学解析と選択解析を実施

今後の展開

気候変動による作物栽培への影響がますます深刻になり、人口も増加し続け、国際情勢も刻々と変化する中、世界の食糧安定供給のためには、高温・乾燥などの環境ストレスや病害への抵抗性を備え、かつ収量が高いコムギ品種の育成が急務です。特に近年は、コムギのゲノム配列、トランスクリプトーム(大規模遺伝子発現)データの整備が急速に進んでおり、これらの基盤情報を根拠として交配育種に利用する品種・系統を選抜するゲノム育種が重要となってきます。本研究で得られたゲノム全体の有害突然変異や純化選択の情報は、有害突然変異を除きながらより効率的に有用形質を持つ品種を育成するための重要なデータセットといえます(図2)。本研究で行った結果は、モデル倍数体植物のミヤマハタザオの解析結果と共通しており、倍数体植物に普遍的なパターンとして、コムギだけでなくセイヨウアブラナやワタなど他の倍数体種のゲノム育種による新品種育成への展開が期待されます。本研究は、倍数体作物における有害変異の影響を理解し、より精密なゲノム育種を実現するうえで重要な基盤となります。

研究費

本研究は、JSPS科研費22H05179(学術変革領域「植物の挑戦的な繁殖適応戦略を駆動する両性花とその可塑性を支えるゲノム動態」)、22H02316、22K15161、25K18217、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業JPMJCR16O3(CREST「倍数体マルチオミクス技術開発による環境頑健性付与モデルの構築」)、JPMJFR243H(創発的研究支援事業「植物における新規雑種形成機構としての「ゲノムの硬さ」の解明」)、スイス国立科学財団などの支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル:Purifying selection on deleterious variants affected by the combination of subgenomes and gene expression in bread wheat
著者:Gwyneth Halstead-Nussloch*, Moeko Okada*, Georg Haberer, Thomas Lux, ASM Faridul Islam, Masaomi Hatakeyama, Roman Briskine, Benjamen White, Anthony Hall, Curtis Pozniak, 10+ Wheat Genome Project, Manuel Spannagl, Timothy Paape$, and Kentaro K. Shimizu$
(*:共同筆頭著者、$:共同責任著者)
掲載雑誌:Cell Reports
DOI:10.1016/j.celrep.2025.116785

用語説明

*1 国際10+コムギゲノムプロジェクト:コムギゲノムの変異解析の基盤形成を⽬的として⽴ち上げられた国際プロジェクト。⽇本をはじめ、カナダ、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、イスラエル、オーストラリア、スイス、サウジアラビアなど、さまざまな国の研究機関が参画している。

*2 普通系コムギ:パン、中華麺、うどん、菓子類に用いられ、現在世界で最も広く栽培されているコムギ。パスタに用いられるマカロニコムギを含む二粒系コムギとは種が異なる。

*3 変異:生物の設計図であるDNA配列に生じる変化。変異は、個体ごとの特徴(表現型)に影響を及ぼさないものや、環境への適応や育種に役立つ有用変異、生育に不利となる有害変異に分けられる。変異は自然に生じ、生物の多様性や進化を支えている。本研究では、タンパク質のアミノ酸を変える変異を中心に解析した。

*4 純化選択(淘汰):生物の集団の中で、生存・繁殖を下げる変異が次第に減っていく自然選択の仕組みの一つ。有害な変異の蓄積を防ぎ、重要な遺伝子や生物の基本的な機能を保持する役割も果たす。

*5 同祖遺伝子(重複遺伝子):同じ祖先に由来する遺伝子が、異なる種同士の交雑と倍数体化を経て、一つの個体の中に複数存在するようになったもの。これらの遺伝子はよく似た配列や機能を持ち、互いに機能を補完したり異なる役割へ分化したりすることで、生物の進化や環境への適応に貢献する。

*6 倍数体種:何らかの理由で通常より多くの染色体セットを持つ生物。異なる種同士の交雑によって、親から複数の染色体セットを受け継ぐ場合(異質倍数体)と、交雑を伴わず細胞分裂の過程で染色体数が増える場合(同質倍数体)がある。コムギは、異なる祖先種の交雑を2度経験して成立した異質六倍体で、染色体セットを3組持つ。

*7 DFE法(Distribution of Fitness Effects):遺伝子に起こる突然変異が、生物にとって有利か・不利か・中立かを統計的に推定する手法。タンパク質を構成するアミノ酸を変える変異(非同義置換)の頻度が、タンパク質を変えない中立な変異(同義置換)よりどれだけ低いかを調べることで、どの程度“有害”として排除されているか(純化選択の強さ)を評価できる。清水客員教授のグループでは、これまでにモデル倍数体植物ミヤマハタザオを用いて、倍数体での純化選択の強さの検出方法を確立していた。国際10+コムギゲノムプロジェクトにより複数品種の高精度データがそろったことで、初めて普通系コムギで適用可能になった。

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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