脳悪性リンパ腫の遺伝子異常を判定する画像検査法を開発
最新型の半導体PET画像で可視化
横浜市立大学医学部の佐々木麻結さん(5年生)、寺岡夕里さん(2年生)、同大学院医学研究科 放射線診断学の加藤真吾准教授、宇都宮大輔教授、脳神経外科学の立石健祐准教授、山本哲哉教授らを中心とした研究グループは、中枢神経系原発悪性リンパ腫*1(Primary Central Nervous System Lymphoma: PCNSL)において重要な遺伝子異常の一つであるMYD88遺伝子変異の存在を、非侵襲的な半導体PET(positron emission tomography)検査により高精度で予測可能であることを明らかにしました。
本研究成果は 国際学術誌「American Journal of Neuroradiology (AJNR) 」に掲載されました(2025年7月21日オンライン公開)。
本研究成果は 国際学術誌「American Journal of Neuroradiology (AJNR) 」に掲載されました(2025年7月21日オンライン公開)。
研究成果のポイント
● PCNSLの主要な遺伝子異常であるMYD88変異は解糖系を活性化する。
● 半導体PETはMYD88変異による解糖系の活性化を可視化する。
● 半導体PETはPCNSLに対する個別化医療を支える画像検査法となりうる。


研究背景
中枢神経系原発悪性リンパ腫(Primary Central Nervous System Lymphoma:PCNSL)は、全身性の悪性リンパ腫よりも予後不良であり、新しい治療法や診断法の開発が臨床成績の改善には不可欠です。この疾患の分子病態を解明することを目的に、大規模の遺伝子解析を行い、MYD88遺伝子異常がPCNSLにおいて高頻度に認められることを我々はこれまでに報告してきました [1] 。このような遺伝子解析結果を踏まえ、PCNSLに対する治療アプローチとして、MYD88変異などの遺伝子異常の有無に基づく個別化治療が近年開発されつつあります。また我々は、MYD88変異が糖代謝経路である解糖系を活性化することでPCNSLの増殖が促されることを見出してきました [2]。
一方、個別化治療戦略の実用化に向けた課題として、遺伝子異常の有無を迅速かつ正確に評価する診断技術の確立が挙げられます。PCNSLは中枢神経に局在する特性から、病変部位を対象とした生検が困難であり、また診断の際には侵襲を伴うため、発症早期の段階で遺伝子型に基づく治療戦略を立案することは容易なことではありません。そのため、より低侵襲かつ迅速に分子情報を判定可能な神経画像診断技術の開発が求められてきました。
近年登場した半導体PET(digital PET: dPET)スキャナーは、従来では検出が難しかった微小病変や境界不明瞭な病変も描出可能となり、病期分類、治療計画、予後評価において優れた性能を示しています。我々はこの技術に着目し、dPETを用いることでMYD88変異に起因する高い解糖活性を非侵襲的に定量化できるのではという仮説を立てました。本研究では、糖代謝を反映するフルオロデオキシグルコース(FDG)を用いたdPET(dFDG-PET*2)によるPCNSL患者のMYD88変異の有無の予測可否を検討することを目的とし、dFDG-PETと従来のアナログPET (aFDG-PET)の画像所見を比較することで、FDG集積とMYD88変異との関連を解析しました。
一方、個別化治療戦略の実用化に向けた課題として、遺伝子異常の有無を迅速かつ正確に評価する診断技術の確立が挙げられます。PCNSLは中枢神経に局在する特性から、病変部位を対象とした生検が困難であり、また診断の際には侵襲を伴うため、発症早期の段階で遺伝子型に基づく治療戦略を立案することは容易なことではありません。そのため、より低侵襲かつ迅速に分子情報を判定可能な神経画像診断技術の開発が求められてきました。
近年登場した半導体PET(digital PET: dPET)スキャナーは、従来では検出が難しかった微小病変や境界不明瞭な病変も描出可能となり、病期分類、治療計画、予後評価において優れた性能を示しています。我々はこの技術に着目し、dPETを用いることでMYD88変異に起因する高い解糖活性を非侵襲的に定量化できるのではという仮説を立てました。本研究では、糖代謝を反映するフルオロデオキシグルコース(FDG)を用いたdPET(dFDG-PET*2)によるPCNSL患者のMYD88変異の有無の予測可否を検討することを目的とし、dFDG-PETと従来のアナログPET (aFDG-PET)の画像所見を比較することで、FDG集積とMYD88変異との関連を解析しました。
研究内容
■研究対象および方法
画像検査と手術による摘出標本を用いた病理組織診断にて中枢神経系原発悪性リンパ腫(PCNSL)と診断された54名の患者さん(55病変)を対象に、画像データならびに遺伝子解析データを後方視的に解析しました。画像評価にはMRI検査とともにFDG-PET検査データを用いて、最大標準化摂取値(SUVmax)や腫瘍対背景比(tumor to background ratio: TBR)などの数値を測定しました。PET検査には、高解像度のdFDG-PETおよび従来型のaFDG-PETの2種を用いました。腫瘍組織は病理組織学的診断とともに遺伝子解析を行い、MYD88遺伝子変異の有無について評価しました。また遺伝子発現量を測定するためにRNAシークエンスを行い、MYD88変異及び野生型のPCNSL間で遺伝子発現やシグナル経路の活性に違いがあるか検討を行いました。
■結果
全55病変のうち、MYD88変異は41病変(74.5%)に認められました。MYD88変異の有無によるMRI所見の変化は認められませんでした。FDG-PET検査は55病変中34病変(61.8%)がdFDG-PET、21病変(38.2%)がaFDG-PETを用いました。dFDG-PET群において、MYD88変異を有する腫瘍は、野生型と比較してSUVmax(30.2 ± 9.9 vs. 19.3 ± 7.2, P = 0.006)およびTBR(6.1 ± 1.5 vs. 3.5 ± 1.3, P < 0.001)で、有意に高い値を示していました (図1)。


これに対して、aFDG-PET群ではSUVmaxにおいて有意差が認められたものの(P = 0.01)、TBRについては、有意差は検出されませんでした(P = 0.38)。dFDG-PETによるTBRのReceiver Operating Characteristic(ROC)解析では、カットオフ値4.49における曲線下面積(AUC)は0.913(95%信頼区間:0.954–1.000)であり、MYD88変異の検出において感度88%、特異度88%と高い値を示しました(図2)。さらに、多変量ロジスティック回帰解析においては、dFDG-PETにおけるSUVmaxおよびTBRがMYD88変異の独立した予測因子として同定されました。
この画像解析結果がMYD88遺伝子変異の違いに起因するものかを分子学的な面から検証するため、33症例由来の腫瘍検体(MYD88変異23例、野生型10例)を用いてRNAシークエンスを行い、遺伝子発現量を解析しました。エンリッチメント解析(GSEA)の結果、MYD88変異を有する腫瘍では、野生型と比較して解糖系関連経路(P < 0.001)の有意な活性化が認められました。またトランスクリプトーム・プロファイリングでは、MYD88変異型腫瘍においてヘキソキナーゼ2を含む複数の解糖系酵素を制御する遺伝子の発現が広範に上昇しており、GSEAの結果との一貫性が示されました。これらの分子データは、MYD88変異型のPCNSLにおいて解糖系代謝が特に活性化していることを示しており、dFDG-PETにおけるFDG集積の増加と整合する生物学的根拠であることを見出しました。
この画像解析結果がMYD88遺伝子変異の違いに起因するものかを分子学的な面から検証するため、33症例由来の腫瘍検体(MYD88変異23例、野生型10例)を用いてRNAシークエンスを行い、遺伝子発現量を解析しました。エンリッチメント解析(GSEA)の結果、MYD88変異を有する腫瘍では、野生型と比較して解糖系関連経路(P < 0.001)の有意な活性化が認められました。またトランスクリプトーム・プロファイリングでは、MYD88変異型腫瘍においてヘキソキナーゼ2を含む複数の解糖系酵素を制御する遺伝子の発現が広範に上昇しており、GSEAの結果との一貫性が示されました。これらの分子データは、MYD88変異型のPCNSLにおいて解糖系代謝が特に活性化していることを示しており、dFDG-PETにおけるFDG集積の増加と整合する生物学的根拠であることを見出しました。


今後の展開
dFDG-PETにおけるFDG集積の程度が、MYD88変異に関連する明確な神経画像学的特徴として同定されました。本研究で見出された知見は、PCNSLにおける画像検査を用いた分子分類を支援するツールとして、dFDG-PETの有用性を示唆するものであり、今後の個別化治療戦略を支援する画像検査としての発展が期待されます。
研究費
本研究は、横浜市立大学第5期、第6期戦略的研究推進事業、YCUかもめプロジェクト、日本学術振興会科学研究費助成事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「革新的先端研究開発支援事業ステップタイプ(FORCE)」などの支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Digital FDG-PET detects MYD88 mutation-driven glycolysis in primary central nervous system lymphoma
著者:Mayu Sasaki*, Yuri Teraoka*, Ayumi Kato, Tadaaki Nakajima, Yoshinobu Ishiwata, , Yohei Miyake, Hirokuni Honma, Taishi Nakamura, Naoki Ikegaya, Yutaro Takayama, Osamu Yazawa, Shungo Sawamura, Akito Oshima, Hiroaki Hayashi, Wei Kai Ye, Kanoko Sasaoka, Yukie Yoshii, Satoshi Fujii, Ukihide Tateishi, Tetsuya Yamamoto, Daisuke Utsunomiya, Shingo Kato#, Kensuke Tateishi#
*筆頭著者 #責任著者
掲載雑誌:American Journal of Neuroradiology (AJNR)
DOI:doi.org/10.3174/ajnr.A8935
著者:Mayu Sasaki*, Yuri Teraoka*, Ayumi Kato, Tadaaki Nakajima, Yoshinobu Ishiwata, , Yohei Miyake, Hirokuni Honma, Taishi Nakamura, Naoki Ikegaya, Yutaro Takayama, Osamu Yazawa, Shungo Sawamura, Akito Oshima, Hiroaki Hayashi, Wei Kai Ye, Kanoko Sasaoka, Yukie Yoshii, Satoshi Fujii, Ukihide Tateishi, Tetsuya Yamamoto, Daisuke Utsunomiya, Shingo Kato#, Kensuke Tateishi#
*筆頭著者 #責任著者
掲載雑誌:American Journal of Neuroradiology (AJNR)
DOI:doi.org/10.3174/ajnr.A8935
用語説明
*1 中枢神経系原発悪性リンパ腫 (Primary Central Nervous System Lymphoma: PCNSL):脳や脊髄に限局して発生する悪性リンパ腫を指す。全身性悪性リンパ腫に比べてMYD88変異を多く有することが、PCNSLの分子遺伝学的な特徴とされている。
*2 digital FDG-PET:FDG-PETは糖代謝を反映する薬剤を投与する画像検査で、解糖系が亢進している腫瘍では高いFDG集積を示すことを特徴とする。digital FDG-PETは、微量の放射性同位体から放出されるガンマ線を直接検出することで、従来のアナログPETと比較して高い空間分解能と感度を実現する。
*2 digital FDG-PET:FDG-PETは糖代謝を反映する薬剤を投与する画像検査で、解糖系が亢進している腫瘍では高いFDG集積を示すことを特徴とする。digital FDG-PETは、微量の放射性同位体から放出されるガンマ線を直接検出することで、従来のアナログPETと比較して高い空間分解能と感度を実現する。
参考文献
1) Nakamura T, Tateishi K et al. Recurrent mutations of CD79B and MYD88 are the hallmark of primary central nervous system lymphomas. Neuropathol Appl Neurobiol 2016;42:279-90.
2) Tateishi K et al. A Hyperactive RelA/p65-Hexokinase 2 Signaling Axis Drives Primary Central Nervous System Lymphoma. Cancer Res 2020;80:5330-43.
2) Tateishi K et al. A Hyperactive RelA/p65-Hexokinase 2 Signaling Axis Drives Primary Central Nervous System Lymphoma. Cancer Res 2020;80:5330-43.
お問合わせ先
横浜市立大学 広報担当
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp
