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加熱式たばこが引き起こす
細胞毒性とがん増殖の可能性
(従来のたばこの細胞毒性との比較研究)

横浜市立大学大学院医学研究科循環制御医学の梅村将就准教授、長尾景充助手、永迫茜助手らの研究グループは、加熱式たばこ*1煙の毒性について研究した結果を学術雑誌に報告しました。従来のたばこ(紙巻きたばこ)と加熱式たばこからニコチンとタールを取り除いた成分(ガス相抽出物)を抽出し、ヒトの細胞に対する毒性を比較しました。その結果、高濃度で細胞死を引き起こすことが分かり、紙タバコと同様に細胞毒性を持つことが明らかになりました。また、この細胞への毒性は活性酸素*2種や細胞内カルシウム(Ca2+)シグナル伝達経路によって引き起こされる可能性が示されました。さらに、低濃度の場合は、がん細胞の増殖を促進する可能性が示されました。この研究は、加熱式たばこにも健康リスクを伴う可能性があることを示しており、今後さらに詳細な研究が必要であることを示唆します。

本研究成果は、査読付き英文雑誌「The Journal of Physiological Sciences」に掲載されました(2024年6月25日)。

研究成果のポイント


● 加熱式たばこ煙の抽出物は、従来のたばこ煙と同様の細胞毒性をもつ。

● 加熱式たばこの毒性は、活性酸素と細胞内Ca2+伝達経路が関与する。

● 加熱式たばこ煙の抽出物は、低濃度ではがん細胞の増殖を促進する。
図1 加熱式たばこや従来の燃焼たばこのガス相成分の細胞毒性には、カルシウムシグナル伝達経路*3や活性酸素が関与していることを突き止めました。

研究背景

加熱式たばこは従来のたばこと異なり、より安全なデバイスとして近年若者を中心に急速に広まっています。しかし、その安全性については十分な研究が行われていないため、健康への影響が懸念されています。加熱式たばこを吸った日本人若年男性が急性好酸球性肺炎を発症し、人工心肺を要した報告もありました。加熱式たばこはニコチンが少ないとされていますが、たばこの煙には5,000種類以上の化学物質があり、中には加熱式たばこにより多く含まれる物質も存在します。本研究は、加熱式たばこから、ニコチンとタールを取り除いたガス相抽出物がどのような影響を及ぼすのかを明らかにすることを目的としました。

研究内容

本研究では、ヒト口腔扁平上皮がん*4細胞を用いて、加熱式たばこと従来のたばこの煙が細胞に与える影響を比較しました。両者の煙を細胞培養液中に抽出し、細胞の生存率、アポトーシス(細胞死)*5、Ca2+シグナル伝達経路の変化及び活性酸素種を観察しました。その結果、加熱式たばこは低濃度で細胞増殖を促進させる可能性があり、高濃度では細胞死を引き起こすことが明らかになりました。本研究は、加熱式たばこのガス相抽出物の毒性についてさらに研究したところ、加熱式たばこのガス相抽出物の刺激により細胞内Ca2+濃度が上昇し、その結果、細胞内Ca2+シグナル、特にCaMKK2(Calcium/calmodulin-dependent protein kinase kinase 2)*6が活性化され、その結果、活性酸素が生成されることでアポトーシスが引き起こされることが示されました。加熱式たばこにおいても、従来のたばこにおいても、CaMKK2を介した活性酸素産生が毒性の一因であることを、初めて突き止めました。
図2 加熱式たばこ・紙巻きたばこの毒性はROSによるp38*7のリン酸化を介したアポトーシスをきたし、CaMKK2がこれを調節します。

今後の展開

このように、加熱式たばこも、従来のたばこと同様に健康被害のリスクがある可能性が示唆されました。今後、加熱式たばこががん細胞を増やしたメカニズムについてのさらなる研究が求められます。

研究費

本研究は、喫煙科学研究財団の支援を受けて実施しました。

論文情報

タイトル: Cytotoxic effects of the cigarette smoke extract of heated tobacco products on human oral squamous cell carcinoma: the role of reactive oxygen species and CaMKK2
著者: 長尾景充、梅村将就、石川聡一郎、飯田悠、髙安笙太、永迫茜、中鍛治里奈、秋本大輔、大竹誠、堀之内孝広、山本哲哉、石川義弘
掲載雑誌:The Journal of Physiological Sciences
DOI: 10.1186/s12576-024-00928-1

用語説明

*1 加熱式たばこ:たばこ葉を燃焼する代わりにデバイスで加熱することで、吸煙するタイプのたばこ製品の総称。近年Philip Morris International Inc.が販売しているIQOSやJT(日本たばこ産業株式会社)が販売しているProomシリーズが該当する。似たものに電子たばこがあるが、こちらはたばこ葉ではなくリキッドを蒸発させたものを吸煙するため別物である。
*2 活性酸素:活性酸素(Reactive Oxygen Species, ROS)は、酸素分子が不完全に還元された結果生成される反応性の高い分子群のことを指す。ROSは細胞のシグナル伝達や防御機構において重要な役割を果たすが、過剰に生成されると細胞障害やDNA損傷を引き起こし、がんや老化の原因となる。
*3 カルシウムシグナル伝達経路:細胞内のカルシウムイオン(Ca2+)の濃度変化を通じて細胞の活動を調節する重要な経路。Ca2+は、さまざまな蛋白に作用し、細胞の増殖、分裂、アポトーシス、遺伝子発現、神経伝達、筋収縮など、多くの細胞機能に関与する。
*4 ヒト口腔扁平上皮がん:口腔内の扁平上皮細胞から発生するがんの一種。喫煙や飲酒が主なリスク要因として挙げられ、長期間の喫煙が口腔がんの発生に強く関連している。
*5 アポトーシス:細胞がプログラムされた方法で死ぬ過程。正常な発達や組織の恒常性維持において重要な役割を果たす。アポトーシスが正常に機能しないと、がんや自己免疫疾患などの病気が発生する可能性がある。
*6 CaMKK2:カルシウムシグナル伝達経路において中心的な役割を果たす蛋白のひとつ。カルシウム依存性のプロテインキナーゼを活性化し、細胞の増殖、代謝、アポトーシスなどを調節する。
*7 p38:p38は、mitogen-activated protein kinase(MAPK)ファミリーに属するタンパク質で、細胞外の刺激に応答して細胞内の反応を調節する役割を持つ。特に、細胞の増殖、分化、アポトーシスなどの基本的な細胞プロセスに関与している。

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp
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