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口腔がんの新たな遊走・転移メカニズムを解明
—口腔がん治療の新たなターゲットの可能性-

横浜市立大学医学部循環制御医学の梅村将就准教授、石川聡一郎医師、永迫茜助手らの研究グループは、カルシウム結合タンパク質ファミリーに属し、カルモジュリン様タンパク質の一種であるCALML6(Calmodulin Like 6)*1が、口腔がん*2細胞の遊走に関与することを発見しました。さらにそのメカニズムには、ミトコンドリア*3生合成が関与していることを見出しました。CALML6は口腔がんに対する新たな治療開発のための新たなターゲットになる可能性があります。

本研究成果は、「Communication Biology」に掲載されました(2024年5月14日)。

研究成果のポイント


● CALML6(Calmodulin Like 6)が、口腔がん細胞の遊走に関与することを発見。

● ミトコンドリアの生合成が、口腔がん細胞の遊走のメカニズムに関与している。

● CALML6は口腔がんに対する新たな治療ターゲットとなる可能性が示唆された。
図 口腔がんにおけるミトコンドリア生合成による細胞遊走メカニズム

研究背景

口腔がんは、頭頸部で最もよくみられる悪性腫瘍の一つです。近年の著しい治療の進歩にもかかわらず、予後は依然として悪く、米国での5年生存率は約50%と言われています。さらに、がん細胞の遊走により引き起こされる頸部リンパ節転移の有無は、重要な予後因子です。手術を含む現在の治療法では、審美性や機能面での障害を引き起こすため、より効果的で侵襲の少ない治療法の確立が求められています。

本研究グループは以前に、プロスタグランディンE2受容体の一つであるEP4が、細胞内カルシウムシグナルを介して口腔がん細胞の遊走を制御することを、世界に先駆けて報告しました[1]。しかしながら、カルシウムシグナルがどのようにして細胞遊走を制御しているかの詳細は明らかではなかったため、さらなるメカニズムの解明を目的として研究を行いました。

研究内容

まず、本研究グループは口腔がん細胞にEP4受容体作用薬 (アゴニスト)で刺激し、RNAシークエンス*4を用いて網羅的解析を行いました。その結果、EP4を刺激することで、カルシウム関連蛋白の一つであるCALML6の発現量が大きく増えること分かりました。CALML6は正常細胞と比べて口腔がん細胞での発現が高く、EP4刺激で促進される細胞遊走能は、CALML6を刺激することにより抑制しました。このことから、口腔がん細胞の遊走にはCALML6が関係していることが示唆されました。

次に、EP4刺激により促進される細胞遊走のメカニズムとして、ミトコンドリアに注目しました。細胞遊走にはミトコンドリアで産生するATP *5がエネルギー源として関与していることが挙げられます。口腔がん細胞をEP4刺激することで、細胞内のエネルギーセンサーの一つとして知られるAMP-activated protein kinase (AMPK)のリン酸化が増加しました。さらに、AMPKは下流のミトコンドリア関連遺伝子を増加させ、エネルギー産生及び活性酸素を増加しました。EP4がミトコンドリア生合成を調節するというメカニズムは、他のがんや正常細胞でも報告がなく、今後の口腔がんの新たな治療ターゲットとなる可能性が示唆されました 。

今後の展開

CALML6については植物での報告はわずかにありますが、哺乳類においてその役割がほとんど未解明です。今後はさらなる口腔がんの遊走能・転移能のメカニズムの解明を目的とした研究が期待されます。また、口腔がんにおいては、ミトコンドリア生合成をターゲットとした副作用の少ない治療法の開発が期待されます。

研究費

本研究は、JSPS科研費(22K06928、22K10154、22H03926) 、AMED 医療分野研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)、JST創発的研究支援事業の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル: EP4-induced mitochondrial localization and cell migration mediated by CALML6 in human oral squamous cell carcinoma
著者: Soichiro Ishikawa, Masanari Umemura, Rina Nakakaji, Akane Nagasako, Kagemichi Nagao, Yuto Mizuno, Kei Sugiura, Mitomu Kioi, Kenji Mitsudo & Yoshihiro Ishikawa
掲載雑誌: Communications Biology
DOI: 10.1038/s42003-024-06231-4

用語説明

*1 CALML6(Calmodulin Like 6):カルシウム結合蛋白の一つ。2003年にヘビの毒腺で初めて同定され、その後ヒトの骨格筋でも発見された。ヒトにおける論文報告は世界でも数編のみで、がんにおける役割は不明である。
*2 口腔がん:口の中にできるがんのことで、舌や歯肉、頬粘膜に発生する。
*3 ミトコンドリア:細胞内でエネルギーを産生する「工場」のような役割を果たす小さな構造体。呼吸によって細胞が必要とするエネルギーを作り出している。
*4 RNAシークエンス:次世代シーケンスを用いて取得したデータを解析することで、遺伝子の発現量が解析できる手法のこと。
*5 ATP(アデノシン三リン酸):すべての生物の細胞内に存在するエネルギー分子で、生命活動のエネルギー合成や貯蔵に関わっている。

参考文献

[1] Prostaglandin E2 receptor EP4 regulates cell migration through Orai1
Osawa K, Umemura M, Nakakaji R, Tanaka R, Islam R, Nagasako A, Fujita T, Yokoyama U, Koizumi T, Mitsudo K, Ishikawa Y
Cancer Science 111(1) 160-174, 2020

お問い合わせ先

横浜市立大学 広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp
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