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少し高い血圧でも脳・心血管疾患のリスクは2倍に
—就労世代8万人の大規模調査から報告—

横浜市立大学 医学部公衆衛生学・大学院データサイエンス研究科の桑原恵介准教授らの研究グループは、関東・東海地方に本社のある企業等10数社による多施設共同研究(J-ECOHスタディ)*1に参加した高血圧の治療中ではない労働者81,876人を最大9年間追跡調査し、「少し高い血圧」の段階から脳・心血管疾患の発症リスクが高まることを今回の調査結果から確認することができました。 さらに、脳・心血管疾患を発症した人の数は、血圧分類の「少し高い血圧」から「軽め高血圧」までの労働者に多いことがデータから裏付けされました。

今回の結果は、就労世代では見過ごされがちな、「少し高い血圧段階からの血圧管理」の重要性を示すものであり、今後の取り組みの後押しとなると期待されます。

本研究成果は、日本高血圧学会の国際誌「Hypertension Research」(電子版)に掲載されました。(日本時間2024年4月8日)

研究成果のポイント


●「少し高い血圧(正常高値血圧:収縮期血圧 120-129 mmHgかつ拡張期血圧 80 mmHg未満)」の段階から脳・心血管疾患発症リスクが約2倍に上昇した。

●高血圧の治療中ではない人の中では、正常高値血圧からⅠ度高血圧(収縮期血圧 140-159 mmHgかつ/または拡張期血圧 90-99 mmHg)までの血圧区分から脳・心血管
 疾患を発症する人の数が最大となった。

●就労世代においては正常高値血圧の段階から血圧管理に取り組むことが重要であり、企業や医師はそうした従業員の取り組みを後押ししていくことが期待される。

図1 高血圧治療ガイドライン2019における血圧分類*2と脳・心血管疾患発症リスク

研究背景

脳・心血管疾患は日本人の死因の第2位であり、職場での労働損失の原因疾患としては第3位に位置することが報告されています。脳・心血管疾患の発症に対して高血圧が関係することは知られていますが、血圧分類はエビデンスの蓄積と共にアップデートされてきた歴史があります。最近では日本高血圧学会が高血圧治療ガイドライン2019において新たな血圧分類を提唱しました。

しかしながら、この新しい血圧分類と脳・心血管疾患発症の関係を調べた日本の研究はほとんどなく、新たに定められた正常高値血圧の段階から脳・心血管疾患リスクがどの程度上昇するかははっきりしませんでした。また、過去の日本の研究は2000年代以前に測定した血圧値を用いた研究が多く、比較的高齢な人を対象とした研究が多いという課題もありました。近年は、救急救命技術の向上や喫煙率の低下といった脳・心血管疾患を取り巻く環境も変わってきています。過去の知見が現在の働く世代にどれほど適用できるかは不明瞭です。そこで、企業等に勤務する労働者を対象としたJ-ECOHスタディのデータを用いて、働く世代における最新の血圧分類と脳・心血管疾患発症との関係を調査しました。

研究内容

J-ECOHスタディのデータを用いて、次のとおり調査を実施しました。
・対象:J-ECOHスタディ参加施設の労働者のうち、2011年度又は2010年度に職域定期健康診断を受診した高血圧の治療中ではない20~64歳 81,786人。
・追跡期間:最大9年間(2012年4月~2021年3月)
・血圧分類:2011年度または2010年度の血圧値を高血圧治療ガイドライン2019に基づき、以下の6群に分類しました。
  (1) 正常血圧(収縮期血圧 120 ㎜Hg未満かつ拡張期血圧 80 mmHg未満)
  (2) 正常高値血圧(収縮期血圧 120-129 mmHgかつ拡張期血圧 80 mmHg未満)
  (3) 高値血圧(収縮期血圧 130-139 mmHgかつ/または拡張期血圧 80-89 mmHg)
  (4)Ⅰ度高血圧(収縮期血圧 140-159 mmHgかつ/または拡張期血圧 90-99 mmHg)
  (5) Ⅱ度高血圧(収縮期血圧 160-179 mmHgかつ/または拡張期血圧 100-109 mmHg)
  (6) Ⅲ度高血圧(収縮期血圧 180 mmHg以上かつ/または拡張期血圧 110 mmHg以上)
・脳・心血管疾患発症の定義:
 コホート内で脳・心血管疾患、疾病休業、死亡の3種類の登録制度を構築し、これらの登録情報を用いて脳・心血管疾患の発症を定義しました。脳・心血管疾患は国際疾病分類  (ICD-10)に基づいて分類し、次の疾 患から定義しました。
 脳・心血管疾患:脳血管疾患(I60-I69)、虚血性心疾患(I21-I25)、心停止(I46)、心房細動・不整脈・心不全(I48-I50)、大動脈瘤・大動脈解離・その他の動脈瘤・動脈解  離(I71-I72)※脳卒中と心筋梗塞は発症を含むが、それ以外の疾患は長期病休また死亡に至ったケースのみを含む。
・統計解析:コックス比例ハザードモデルを用いてハザード比*3を算出し、血圧分類と脳・心血管疾患発症リスクの関連を検討しました。2011年度時点(一部は2010年)の企  業、性別、年齢、喫煙、糖尿病、脂質異常症、体格指数(Body mass index)を解析上で考慮し、これらの要因による影響をできるだけ取り除きました。各血圧区分が脳・心血  管疾患発症に及ぼす影響を推計するために、集団寄与危険割合*4を算出しました。

本研究の対象者約8万人の追跡期間中に334人が脳・心血管疾患を発症しました。血圧が高くなるほど脳・心血管疾患発症リスクは上昇し、正常血圧群を基準として、調整ハザード比は正常高値血圧群で1.98、高値血圧群で2.10、Ⅰ度高血圧群で3.48、Ⅱ度高血圧群で4.12、Ⅲ度高血圧群で7.81でした(図1)。集団寄与危険割合は高値血圧群が最も高く(17.8%)、それにⅠ度高血圧群(14.1%)、正常高値血圧群(8.2%)が続きました。一方、Ⅱ度高血圧(4.1%)やⅢ度高血圧(2.1%)の占める割合は低く、高値血圧群からⅠ度高血圧群までが集団寄与危険割合のほとんど(87%)を占めることもわかりました。これらの結果より、少し高い血圧(正常高値血圧)の段階から脳・心血管疾患発症リスクに対する取り組みが必要であることが明らかとなりました。

今後の展開

本研究の結果から、たとえ健康診断で血圧があまり高い値ではなかったとしても、勤労者本人は意識的に血圧管理に取り組んでいくことが期待されます。特に、企業や保健医療専門職は、そうした勤労者の取り組みを後押ししていくことが求められます。研究面では、正常高値血圧・高値血圧から正常血圧まで血圧を戻すことで、脳・心血管疾患リスクが低下するかどうかを就労世代で検証していくことが望まれます。

研究費

本研究は労働衛生会館、労災疾病臨床研究事業費補助金(140202-01、150903-01、170301-01)、JSPS科研費 JP25293146、JP16H05251、JP20H03952、国際医療研究開発費(28-Shi-1206、30-Shi-2003、19A1006、22A1008)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル: Blood pressure classification using the Japanese Society of Hypertension Guidelines for the Management of Hypertension and cardiovascular events among young to middle-aged working adults
著者: Keisuke Kuwahara, Takayoshi Ohkubo, Yosuke Inoue, Toru Honda, Shuichiro Yamamoto, Tohru Nakagawa, Hiroko Okazaki, Makoto Yamamoto, Toshiaki Miyamoto, Naoki Gommori, Takeshi Kochi, Takayuki Ogasawara, Kenya Yamamoto, Maki Konishi, Isamu Kabe, Seitaro Dohi, Tetsuya Mizoue
掲載雑誌: Hypertension Research
DOI: 10.1038/s41440-024-01653-3

用語説明

*1 J-ECOHスタディ(職域多施設研究):関東・東海地方に本社がある企業の社員・従業員約 10万人を対象とした大規模職域コホート研究。社員・従業員が毎年受診する定期健康診断のデータに加えて、在職中の死亡、心血管疾患(脳卒中・心筋梗塞)の発症、長期病気休業(連続30日以上の病休)の取得といった情報を、各社の産業医を通じて収集し、日本の勤労者の健康に関するエビデンスづくりを行っている。
*2 高血圧治療ガイドライン2019における血圧分類:従来は2番目に低い血圧区分を収縮期血圧 120-129 mmHgかつ/または拡張期血圧80-84 mmHgと定義していたが、新しい区分では閾値を下げて収縮期血圧 120-129 mmHgかつ拡張期血圧 80 mmHg未満と定義された。3番目に低い血圧区分も拡張期血圧の定義が85-89 mmHgから80-89 mmHgに変更されている。
*3 ハザード比:関連の強さを表す統計学的な指標。基準とした群と比べて、ある群のハザード比が1を超えているということは、ある群のリスクは基準とした群と比べて高いことを意味する。今回の研究では、正常血圧群を基準として、正常高値高血圧群のハザード比は1.98と1を超えている。この結果は、正常血圧群と比べて、正常高値血圧群の脳・心血管疾患の発症リスクは約2倍(1.98倍)であったことを意味する。
*4 集団寄与危険割合:集団における疾患に対するリスクファクターの影響力の大きさを推計する指標。血圧が少し高いことで上昇するリスクの程度は、高血圧によるリスクの上昇と比べると低いものの、血圧が少し高い人は人数としてみると数が多く(一方、高血圧を持っている人、特に重度の高血圧を持っている人は少ない)、その分だけ集団への影響が大きくなる。このコンセプトを定量化したものを集団寄与危険割合という。

お問い合わせ先

横浜市立大学広報担当
mail:koho@yokohama-cu.ac.jp
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