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ミエリンタンパク質ゼロの変異が難病シャルコー・マリー・トゥース病を引き起こすメカニズムを解明

横浜市立大学大学院生命医科学研究科 機能構造科学研究室の坂倉正義准教授、高橋栄夫教授、高エネルギー加速器研究機構の田辺幹雄特任准教授、産業技術総合研究所の三尾和弘ラボチーム長らの研究グループは、シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth Disease:以下、CMT)*1の原因タンパク質の一つであるミエリンタンパク質ゼロ(Myelin Protein Zero:以下、MPZ)が脂質二重膜を接着するメカニズムおよびCMTを引き起こす変異がMPZの機能と構造に与える影響を原子レベルで明らかにしました。本研究成果を起点として、難病であるCMTの治療方法、治療薬の開発が進むことが期待されます。

本研究成果は、バイオサイエンス分野の学術雑誌『Structure』に掲載されました。(日本時間 9月11日付)
図1:ミエリンの模式図とECD-8量体の立体構造。
ミエリンで膜接着を担うMPZの細胞外ドメイン(ECD)は、8量体を形成することにより膜接着活性を発揮する。CMT関連変異であるN87H変異は、8量体形成を阻害し、MPZの膜接着活性を喪失させる。一方、D32G・E68V変異は、膜接着活性には影響せず、ECDの安定性(丈夫さ)を損ねる。

研究背景

ミエリンは、神経信号が軸索を高速で伝わるために必要不可欠な、細胞でできた電気絶縁体です。末梢神経系のミエリンは、シュワン細胞が軸索の周囲に何重にも巻き付くことにより形成されます。この結果生じる細胞膜(脂質二重膜)の多重層が、電気絶縁機能の本体となります(図1)。ミエリンの脂質二重膜多重層は、膜中に存在するMPZが、膜と膜を接着することにより、形成・維持されています。

MPZをコードする遺伝子DNAのミスセンス変異により、MPZを構成するアミノ酸残基の中の一つが別の種類のアミノ酸に置き換わると、ミエリンが正常に形成されず、CMTという神経疾患を発症することがあります。CMTは、病気のメカニズムが十分に解明されておらず、現在までに有効な治療法、治療薬が開発されていない難病です。本研究では、CMTの発症メカニズムを解明する第一歩として、MPZがどのようなメカニズムで膜を接着するのか、CMTを引き起こすアミノ酸残基置換が、MPZにどのような変化を引き起こすのかを明らかにしようと考え研究を行いました。

研究内容

MPZは1回膜貫通型のタンパク質で、細胞外に免疫グロブリンによく似た構造のドメイン(細胞外ドメイン: ECD)を持っています。本研究では、MPZによる膜接着メカニズムを原子レベルで理解するために、まずヒト由来MPZ-ECDの立体構造をX線結晶構造解析法により決定しました。結晶中のECDは、リング状の4量体を形成し、さらに4量体が横に並んだtrans-8量体と、縦に並んだhead-to-head-8量体の2タイプの8量体構造を形成していました(図2A)。これら2タイプの8量体は、その形から考えるといずれも膜を接着することが可能ですが(図2B)、実際の膜接着の場においてどちらが重要なのか、得られた構造のみから判断することはできません。
図2:(A) ヒト由来MPZ-ECDの結晶構造。
ECD-4量体が横に連結したtrans-8量体と、縦に連結したhead-to-head-8量体が観測された。(B) 結晶構造から想定される2タイプの膜接着モデル。
そこで私たちは、ECDの膜接着活性を評価するための新しい実験手法(ナノミエリン法)の開発を行いました。ナノミエリン法では、ナノディスクと呼ばれる脂質二重膜の水溶性粒子の表面に、ECDを固定化します(図3A)。野生型ECDを固定したナノディスクを調製し、電子顕微鏡で観察すると、ECDにより数珠つなぎになったナノディスク(=ナノミエリン)が観測されました。この結果から、野生型ECDが膜接着活性を持っていることが分かります。次に、trans相互作用とhead-to-head相互作用(図2A)に重要な役割を果たすと考えられるアミノ酸残基を、別の種類のアミノ酸に置き換えた変異型ECDをそれぞれ調製し、同様の実験を行いました。すると、head-to-head相互作用面のアミノ酸残基を置き換えたW28A変異型ECDでは膜接着が起きず、ナノミエリンが形成されないことが分かりました(図3B)。以上の結果から、MPZは、head-to-head-8量体を形成することにより、膜と膜を接着することが分かりました(図2Bのモデル2)。
図3:ナノミエリン法の概略図。
(A) ナノディスクは脂質二重膜の周囲を膜外周タンパク質で覆うことにより安定化した水溶性粒子である。ナノディスクの表面にECDを固定化すると、ミエリンの細胞膜を模したミニ脂質二重膜粒子ができる。このミニ脂質二重膜粒子を電子顕微鏡で観察すると、ECDを介してナノディスクが連結されたナノミエリンが形成されていることが分かった。
(B) Head-to-head相互作用部位にアミノ酸残基置換を導入したW28A変異型ECD、およびCMTを引き起こすN87H変異型ECDをナノディスクに結合させても、ナノミエリンは形成されない。これらの変異型ECDは膜と膜を接着する能力を失っていることが分かる。
次に、CMTを引き起こすアミノ酸残基置換をECDに導入して、ナノミエリンが形成されるかどうかを解析しました。すると、4量体形成に重要なcis相互作用部位(図2A、4A)に存在する87番目のアスパラギン残基(一文字でNと表記する)をヒスチジン(一文字でHと表記する)に置き換えたN87H変異型ECDは、ナノディスクを連結することができず、変異によりECDの膜接着活性が失われたことが分かりました。これは、側鎖の小さいアミノ酸であるアスパラギンが、側鎖が大きいヒスチジンに置き換わったことにより、隣のECD分子との嚙み合わせが悪くなったためだと考えられます(図4B)。
図4:CMT関連N87H変異がECDに及ぼす影響の模式図。
(A) N87は、4量体形成に重要なcis相互作用部位上に存在する。
(B) アスパラギンがヒスチジンに置き換わることにより、隣のECDとの噛み合わせが悪くなり、4量体形成が阻害されると考えられる。
一方、CMT関連アミノ酸残基置換であるD32G変異型ECD(head-to-head相互作用面:図1)と、E68V変異型ECD(cis相互作用界面:図1)を導入したECDはナノミエリンを形成し、膜接着活性を保持していることが分かりました。次に、円二色性分光法(CD)を用いて、これらの変異型ECDの温度依存的な構造変化を解析すると、変異型ECDが野生型ECDよりも低い温度で変性(または凝集)してしまうことが分かりました(図5)。変異による安定性の低下により、細胞内で正しい構造のタンパク質ができにくくなること、あるいは細胞表面で膜接着を行うECDの“日持ち”が悪くなること、などがCMTの発症と関係すると考えられます。
図5:CMT関連アミノ酸残基置換であるE68V変異がECDの熱安定性に及ぼす影響。
ECDの二次構造は、温度が上昇するとともに壊れていく。ECDサンプルの半分が壊れてしまう温度は、野生型ECDでは58 °Cだが、E68V変異型ECDでは47 °Cだった。

今後の展開

本研究では3つのCMT関連変異がMPZ-ECDに及ぼす機能・構造変化を明らかにしましたが、CMTの発症に関わるMPZ上の変異部位は80カ所も見つかっています。MPZを起点としたCMTの治療薬を開発するためには、これらの変異の多くに共通するCMT誘起メカニズムを明らかにすることが必要になると考えられます。今回開発したナノミエリン法は、多数のCMT関連変異がMPZの活性に及ぼす影響を解析する上で、有用な実験ツールになると期待されます。

用語説明

*1 シャルコー・マリー・トゥース病(Charcot-Marie-Tooth Disease; CMT):およそ2500人に1人の割合で発症すると言われている遺伝性末梢神経疾患。ミエリン形成不全を特徴とするCMTは1型CMTに分類される。末梢神経のミエリン形成不全により、神経伝導速度が低下し、手足の末端に神経刺激が届きにくくなる。この結果、肘から先、膝から下の筋力低下、筋委縮、感覚低下などが起きる。症状の進行とともに歩行困難となり、車椅子生活を余儀なくされる場合もある。現在までに有効な治療方法、治療薬が開発されておらず、我が国では厚生労働省により難病に指定されている。

研究費

本研究は、JSPS科学研究費(18K06601、21K06515)などの助成を受けて行われました。

論文情報

タイトル:Structural bases for the Charcot-Marie-Tooth disease induced by single amino acid substitutions of myelin protein zero
著者:Masayoshi Sakakura*, Mikio Tanabe, Masaki Mori, Hideo Takahashi, Kazuhiro Mio
*Corresponding author
掲載雑誌:Structure(2023)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.str.2023.08.016

お問合せ先

横浜市立大学大学院生命医科学研究科 機能構造科学研究室 准教授 坂倉正義
mail: koho@yokohama-cu.ac.jp
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