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植物の病原体センサーが免疫スイッチをオンにする機構を発見

2018.12.08
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  • 研究

植物の病原体センサーが免疫スイッチをオンにする機構を発見

~病気に強い植物の育成や食糧増産に期待~


概要

植物は、病原体を細胞内の病原体センサー(受容体)ある抵抗性タンパク質で感知し、殺菌作用がある活性酸素の産生や細胞死などさまざまな防御反応を誘導することにより、病原体の感染を阻止することが知られている。中国科学院 上海植物逆境生物学研究中心 河野洋治准教授(横浜市立大学 木原生物学研究所 客員准教授)のグループは、奈良先端科学技術大学院大学などとの共同研究で、イネが抵抗性タンパク質によって病原体を認識すると、OsSPK1と呼ばれるタンパク質を介して植物免疫のスイッチタンパク質OsRac1を活性化することで耐病性を誘導することを明らかにした。

本研究の成果により、イネの病原体センサーである抵抗性タンパク質が、植物免疫スイッチタンパク質OsRac1を活性化する経路の全貌が明らかになった。この活性化機構をうまく制御することで、植物の耐病性を必要な時に向上させることができ、病気に強い植物の開発することが可能となる。その結果、世界中のさまざまな作物の生産に甚大な損害をもたらす病害の克服が可能になり、食糧生産を安定化させ、人口増加による食糧問題の解決に貢献できる。

この成果は、米国科学アカデミー紀要誌に平成30年12月4日に掲載されました。(Proc Natl Acad Sci USA:http://www.pnas.org/content/early/2018/11/15/1813058115
 

解説

研究の背景

抵抗性タンパク質は、病原体を感知する細胞内の病原体センサー(受容体)として働き、カビ、細菌、ウイルスなどのさまざまな病原体に対して感染部位で局所的な細胞死を誘導し、病原体を感染部位に閉じ込め、その増殖を抑制する。抵抗性タンパク質により誘導される免疫反応は、植物の免疫反応の中でも最も強いことが古くから知られており、多くの作物の耐病性品種の育成に利用されてきた。ところが、これまでこの抵抗性タンパク質の機能についてはほとんど理解されておらず、世界中の研究者が、そのメカニズムの解明を目指して研究を行ってきた。 

研究結果

河野准教授らはこれまでに、低分子量Gタンパク質のOsRac1がイネの免疫スイッチとして働くことを明らかにしており、病原体センサーである抵抗性タンパク質がOsRac1の活性化を制御することを明らかにしている。しかし、抵抗性タンパク質が免疫スイッチタンパク質OsRac1をどの様に活性化するのかはこれまで不明であった。今回、河野准教授らは、イネの病原体センサーである抵抗性タンパク質Pitに結合するタンパク質の探索を行い、OsRac1を活性化するGEFドメインを有するOsSPK1を同定した。このOsSPK1の働きを抑制すると、イネの最重要病害であるいもち病に対する抵抗性が顕著に低下することから、OsSPK1がイネの免疫に重要な因子であることが明らかになった。OsSPK1は、抵抗性タンパク質Pitの活性化に依存して、OsRac1を活性化することが解明した。さらに、抵抗性タンパク質Pit-OsSPK1-OsRac1の3分子がモジュール構造を形成し、効果的にいもち病菌に対する抵抗性を誘導することを突き止めたOsSPK1-OsRac1は、他の病原体センサーである抵抗性タンパク質RGA4を介した抵抗性にも関与しており、 抵抗性タンパク質-OsSPK1-OsRac1は、植物免疫において幅広く用いられている可能性が高い。

研究の意義

現在、世界の人口は爆発的に増加しており、発展途上国を中心に、多くの人間が深刻な飢餓に直面しており、食糧問題の抜本的な解決が望まれている。病害による作物の損害は甚大であり、国内においてもイネのいもち病、ジャガイモの疫病、ハクサイの根こぶ病など解決すべき数多くの重要病害を抱えている。イネは世界人口の半分、約35億人を支える食料であり、世界の食糧問題がさらに深刻化する中、病気に強いイネの開発は重要な課題である。

抵抗性タンパク質はすべての植物に存在しており無数の病原体から植物を守る重要な働きをしている。したがって、抵抗性タンパク質を介した免疫機構は、イネ以外の穀物や果樹、野菜、花でも病原体への抵抗力を高めている。このことから、抵抗性タンパク質の活性化機構をうまく制御することができれば、多くの植物に耐病性を与えることができ、病気に強い植物を開発することが可能となる。抵抗性タンパク質による耐病性の賦与は、世界中の多くの作物の生産に損害をもたらす病害の克服が可能になり、食料生産を安定化させ、爆発的な人口増加に伴う食糧問題の解決に貢献できる。また、世界規模での化石燃料などのエネルギー資源の枯渇が予測され、エネルギー植物の開発が期待されている。したがって、本研究の成果は、トウモロコシやサトウキビなどのバイオ燃料向けの農作物の生産向上にも役立つことが期待されており、エネルギー問題の解決にも貢献する可能性が高い。
 図:いもち病菌の感染を免疫受容体である抵抗性タンパク質PitあるいはRGA4が感知すると、OsSPK1を介して免疫スイッチOsRac1を活性化し、耐病性を与える。

用語解説

抵抗性タンパク質:植物の細胞内に存在する、病原体の認識する病原体センサー(受容体)であり細胞内に多数存在する。抵抗性タンパク質は、植物の中で最も強い免疫応答を誘導できることが知られている。動物にも同様な受容体が存在し、炎症反応などの免疫応答を誘導することが知られている。

OsSPK1: 低分子量Gタンパク質OsRac1を活性化するGEFドメインを有するタンパク質

スイッチタンパク質OsRac1: イネ低分子量Gタンパク質の一種であり、細胞内の生化学的反応を切り替える「スイッチ」として働く。さまざまな生物において同様に低分子量Gタンパク質が多くの生物反応においてスイッチとして働いている。

いもち病: Magnaporthe oyzaeと呼ばれる糸状菌(カビ)がひき起こすイネの重要病害。世界の稲作において最も重要な病害として知られる。

(本プレスリリースに関するお問い合わせ先)
公立大学法人横浜市立大学 木原生物学研究所 
准教授 河野洋治
中国科学院上海植物逆境生物学研究中心
TEL:+86(0)21-5707-8279
E-mail:yoji.kawano@sibs.ac.c

(本研究内容についてコメントできる方) 
川崎 努 教授
近畿大学農学部バイオサイエンス学科 
〒631-8505 奈良県奈良市中町 3327-204 
TEL: 0742-43-7335
t-kawasaki@nara.kindai.ac.jp



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