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有機超塑性現象を発見~『Nature Communications』に掲載~

2018.10.12
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  • 研究

有機超塑性現象を発見

~『Nature Communications』に掲載~

横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科 高見澤 聡 教授、神奈川県立産業技術総合研究所 高崎 祐一 常勤研究員らは、有機化合物結晶の超塑性*1現象を発見し、「有機超塑性」と名付けました。

有機化合物の結晶は成形性・加工性に乏しいとされていますが、有機超塑性は固体の結晶性を保ったまま、損傷や性質の変化を起こすことなく大きな変形(数百%以上)ができる、新しい固体変形の仕組みです。本研究で見出された有機超塑性での物質の挙動では、分子レベルにおける多層すべりによってもたらされる単結晶-単結晶変形が結晶性を維持ないしは向上させているのが明らかになりました。材料がなんらかの力で変形しても結晶性を保てるという従来の常識を覆すこの発見は、結晶性に由来する優れた機能を利用する有機材料の応用可能性を大きく広げる発見であるといえます。

研究成果のポイント

〇単純な有機化合物単結晶で超塑性現象発見し、これを「有機超塑性」と名付けた
〇室温で単結晶性を保ったままで大きな変形を可能とする塑性変形機構
〇結晶性に由来する特性を減損しない材料成形法に利用可能な新しい固体変形性

研究の背景

一般に、分子性結晶はもろいと考えられ、そのため成形性・加工性に乏しいとされてきました。これに対し高見澤研究室では、分子性固体の厳密性の高い固体変形性、すなわち格子欠陥や不純物がほぼない完全に近い単結晶体の分子レベルでの動きと連携する固体の変形性について研究しています。これまでに非拡散型(結晶を構成する構成する組成原子間ないしは分子間の相対的位置関係が大きく変化しない)の厳密固体変形性として超弾性*2(有機超弾性)[参考文献1–4]および強弾性*3(有機強弾性)[参考文献5,6]を見出していました。しかし、拡散型(結晶を構成する組成原子ないしは分子の大きな移動を伴う)の厳密固体変形性は見つかっていませんでした。

研究の内容

拡散型の特異な変形挙動を示す有機化合物単結晶を探索した結果、今回新たに超塑性現象を見出しました。単結晶性を保持したままで結晶を変形できる、これまでに認知されていない固体変形性で、高見澤研究室ではこれを「有機超塑性」と名付けました。

様々な有機化合物単結晶を作製して検討したところ、N, N-ジメチル-4-ニトロアニリン(DMNA)の結晶(図1a)を室温で引っ張ることで、500%以上もの歪みを示す超塑性現象を実験的に確認できました(図1b)。DMNA結晶は、分子が集合して形成した層状構造から成ります。超塑性変形は、これらの層が1軸方向に滑ることで起きています(図1c側面図)。この時、層の表面の凹凸のかみ合いがラチェットの様に働いて動作方向が制限されるため、厳密な結晶変形が可能となっていました(図1c正面図)。その結果、数百%の変形後であっても結晶性は損なわれていませんでした。

さらに、双晶変形と呼ばれるDMNA結晶の変形が超塑性変形により単結晶性を回復する現象を確認しました(図2a左)。双晶領域では、元の結晶領域に対して分子が傾いていますが、この傾きが超塑性変形による層のすべりに伴って解消され、単結晶性が回復しています(図2a右)。すなわち、超塑性変形により固相状態での分子の再配列・再配向(固相再結晶)が引き起こされ(図2b)、固体全体での厳密な単結晶性が復元されることも明らかにしました。

(図1)(a) 超塑性を示す有機結晶の構成分子(N, N-ジメチル-4-ニトロアニリン)の構造. (b) 有機結晶が超塑性により大変形する様子. 数字は歪みの大きさ. (c) 超塑性変形時の分子の動き.
(図2)(a) 双晶結晶の超塑性変形の様子. (b) 超塑性変形時の層のすべりに伴う双晶の解消と単結晶性回復(固相再結晶)の機構.

今後の展開

本研究から、単純な有機化合物結晶で超塑性を発現できることが明らかとなりました。結晶性に基づく特性を維持しつつ多層すべりによる大きな変形を可能にするこの固体変形特性は、結晶性に由来する様々な機能性をもつ有機固体に新たな成形性・加工性を付与するものとして、今後、基礎および応用研究への更なる展開が期待されます。

用語説明

1 超塑性:引っ張りによって固体がネッキングを示すことなく数百%以上の歪みにまで変形できる固体変形特性を示す言葉。通常は加熱下で行われるものであり、成形困難な金属材料の加工成形法として実用上の有用性の高い固体変形特性を指す。金属材料の超塑性変形の機構は多結晶体における粒界すべりによって引き起こされると考えられているが、本論文の結果は純粋な単結晶体における超塑性現象であり、これまでの超塑性とは全く機構が異なるものである。展性・延性の極めて乏しいと思われていたもろい有機化合物の分子性固体において見出された超塑性変形性を “有機超塑性”と我々は本論文で呼んでいる。

2 超弾性:機械的負荷によって結晶構造の変化ないしは応力誘起ドメインの配向変化を介して固体が変形し、復元力を発生して自発的に元の形状に戻る現象。形状記憶合金の形状復元機構として知られる物理特性。特殊な合金でのみ知られる形状復元性であったが、2014年に有機化合物の分子性結晶でも発現が確認され、我々は“有機超弾性”[1]と呼んでいる。

3   強弾性:機械的負荷によって配向ないしは固体構造の異なる応力誘起ドメインが生成し、厳密な変形可逆性を有する自発歪みを示す現象。主に金属材料で知られていた特性。分子からなる固体では、分子構造変化等を伴う強弾性が生じうるが、2017年に我々は “有機強弾性”の概念を提案した。[5]


 

掲載論文

Superplasticity in an organic crystal
S. Takamizawa, Y. Takasaki, T. Sasaki, N. Ozaki
Nature Communications, 2018, 9, 3984
https://doi.org/10.1038/s41467-018-06431-7

参考文献

[1]S. Takamizawa, Y. Miyamoto, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6970-6973 (2014). [Highlighted in Nature]
(プレスリリース:https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/20140520_3.html
[2]S. Takamizawa, Y. Takasaki, Angew. Chem. Int. Ed., 54, 4815-4817(2015).
[3]Y. Takasaki, S. Takamizawa, Nature Communications, 6, 8934 (2015).
(プレスリリース:https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/20151117_3.html
[4]S. Takamizawa, Y. Takasaki, Chemical Science, 7, 1527-1534 (2016).
(プレスリリース:https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/20151127.html
[5]S. H. Mir, Y. Takasaki, E. R. Engel, S. Takamizawa, Angew. Chem. Int. Ed., 56, 15882-15885 (2017).
[6]E. R. Engel, S. Takamizawa, Angew. Chem. Int. Ed., 57, 11888-11892 (2018).

※本研究は、『Nature Communications』に掲載されました。(9月28日オンライン)
https://doi.org/10.1038/s41467-018-06431-7
またハイライト論文(Organic Chemistry and Chemical Biology部門)として選出されています。
https://www.nature.com/ncomms/editorshighlights 
(https://www.nature.com/collections/wdzvyhgxft/content/johannes-kreutzer)

※本研究は、横浜市立大学と地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)の戦略的研究シーズ育成事業による共同研究の成果となります。また、横浜市立大学学長裁量事業 戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト(SK2810)」 、JSPS科研費(新学術領域「ソフトクリスタル」(JP17H06368))、JSPS科研費(挑戦的研究(萌芽)(JP17K19143))、スズキ財団(課題提案型研究助成)の援助により行われました。



 



(研究内容に関するお問い合わせ)
公立大学法人横浜市立大学
大学院生命ナノシステム科学研究科 物質システム科学専攻
教授 高見澤 聡
TEL:045-787-2187
E-Mail:staka@yokohama-cu.ac.jp
研究室HP:http://nanochem.sci.yokohama-cu.ac.jp/

(プレスリリースに関するお問い合わせ、取材対応窓口、資料請求等)
研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp
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