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物質システム科学専攻 高見澤聡教授が合金特有の形状記憶効果を有機結晶で発現!

2015.11.27
  • プレスリリース
  • 研究

物質システム科学専攻 高見澤聡教授が合金特有の形状記憶効果を有機結晶で発現!

熱で力強く形状回復する有機形状記憶材料の開発が可能に

平成27年11月26日
研究推進課

横浜市立大学生命ナノシステム科学研究科の高見澤 聡教授が、形状記憶合金(※1)特有の形状記憶効果を有機結晶で発現するのに成功しました。
有機固体での形状記憶合金に特有な形状記憶効果の発見は、有機物による合金代替材料の開発を可能とする新しい知見であり、熱によって形状回復力を増す形状記憶合金の物理特性を持つ実用性の高い有機形状記憶材料の開発指針を与えるものです。軽量かつしなやかで温度変化によって力強い形状回復性が必要とされる構造材料、機械部品、衝撃吸収材、繊維への応用や、インプラント(体内埋め込み型材料)などの生体適合性の高い医療材料への広い応用が期待されます。
本研究成果「Shape-memory effect in an organosuperelastic crystal」は、英国王室化学会の化学雑誌『Chemical Science』(平成27年11月19日付)に掲載(オンライン)されました。

研究成果のポイント

○ 有機固体で初めて合金特有と思われていた形状記憶効果の発現に成功

○ 温度誘起相転移により有機超弾性を発現する機構を持つ有機結晶の合成に成功

○ 温度上昇で形状回復力を増大させる有機形状記憶材料・有機弾性材料の開発を可能とする新原理

研究の背景

形状記憶効果を発現する材料として形状記憶高分子と形状記憶合金が知られています。合金の形状記憶効果は高分子材料の形状記憶効果とは全く異なる物理特性であり、形状記憶合金と形状記憶高分子材料の科学は物理的にも物質的(化学的)にも完全に独立した学術分野として独自の歴史を歩んできました。
 形状記憶合金は高い実用性が知られ、配管継ぎ手、衛星アンテナ、温度で開閉する調整弁、カテーテルや人工歯根(インプラント)等にすでに利用されていますが、金属材料の欠点を克服し材料特性に多様性を産み出す新たな形状記憶材料が求められているのも事実です。形状記憶高分子[参考文献1]は物質拡張性に優れ、高い物質多様性を持ちますが、熱により固体が軟化する過程で発現する形状回復力が致命的に弱く、これまで応用の際の障害となってきました。有機材料で合金様の形状記憶効果を発現できれば、化学合成的手法により物質・機能拡張性の高い柔軟性・軽量性・生体適合性等の特性を持つ合金代替材料の開発が可能となります。しかし、合金での形状記憶効果の発見[参考文献2]から60年以上経ったにもかかわらず、これまでに合金の形状記憶効果を示す有機材料は知られておらず、その様な特性を発現する材料開発の指針は全く示されていませんでした。

研究の概要と成果

有機超弾性(※2)、[参考文献3]を発現する結晶相への温度誘起相転移機構を設計した分子性有機結晶を新規合成し、合金の形状記憶効果の発現に成功しました。これは有機物でも合金様の形状記憶効果を発現できるのを示した初めての例となります。加熱による温度上昇に伴い形状回復力が強くなるのが合金の形状記憶効果の特長であり、形状記憶高分子とは真逆の特性です。今回の成果は、力強い形状回復力を発現する有機形状記憶材料の創出に必要となる新原理を明瞭に示し、形状記憶合金の有機物代替研究の礎となるものです。また、温度上昇に伴い形状回復力が増大する熱機械特性は、次代の有機弾性材料開発に対しても新たな指針を与えうるものです。

図1

合金様の形状記憶効果を示す有機結晶(分子性イオン結晶)の組成

(テトラ-n-ブチルホスホニウム テトラフェニルボレート)

研究内容の詳細

テトラ-n-ブチルホスホニウムテトラフェニルボレートの分子性イオン結晶(1)を合成し、合金様の形状記憶効果の発現を実験的に確認しました。約123℃に相転移温度(As)を持つ本有機結晶は、高温相で有機超弾性体に転移します。転移温度以下の温度領域で機械的負荷によって永久歪を持つ双晶変態を生じさせ、加熱により相転移温度を越えると超弾性により形状回復します(図2(a))。また、形状回復力である逆変態応力は加熱により増加します(図2(b)の1:赤線)。これは、温度によって弾性が増大する有機弾性材料を可能とする熱特性です。塑性変態および擬弾性変態に必要な降伏応力を形状記憶合金(図2(b):青線)と形状記憶高分子(図2(b):緑線)と比較すると、本有機結晶は形状記憶高分子より軟らかく変形し、加熱によって大きな形状回復力を発現するのがわかります。転移温度近傍で形状回復力は鋭く立ち上がるため、変形に要する仕事に対して100倍以上の仕事を狭い温度上昇幅で出力できます。(図2(b)の1:赤線)これは熱サイクル機械の動力として望ましい特性です。転移温度からわずか10℃の加熱で発揮される1MPaの形状回復力は、断面積1cm2(成人の指ぐらいの太さ)の結晶が10kgの錘を重力に逆らって持ち上げる力に相当します。そこで、0.18cm2の断面積を持つ長さ3.8cmの結晶を用いて重量挙げのデモンストレーションを行い、結晶の自重(0.6g)に対して約170倍の質量である100gの分銅を持ち上げるのを確認しました(図2(c))。

図2

今後の展開

温度誘起相転移の導入により有機超弾性材料においても合金の形状記憶効果を発現できるのが明らかになりました。有機超弾性材料は合金の物理的特性を持ち、また有機材料の物質的特性を持つため、両者の長所を併せ持つ実用性の高い有機形状記憶材料の開発につながるものと期待できます。

論文著者ならびにタイトルなど

<タイトル>
Shape-memory effect in an organosuperelastic crystal.
<著者名>
Satoshi Takamizawa* & Yuichi Takasaki
<雑誌>
Chemical Science
<DOI>
DOI:10.1039/C5SC04057D
<URL>
http://pubs.rsc.org/en/content/articlehtml/2015/sc/c5sc04057d

※本研究は民間助成金(スズキ財団、池谷科学技術振興財団、日立金属・材料科学財団)の支援を受けて行われました。

お問い合わせ先

本資料の内容に関するお問合せ

公立大学法人横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科
教授 高見澤 聡
Tel:045-787-2187
E-mail:

取材対応窓口、資料請求など

公立大学法人横浜市立大学 研究推進課長 竹内 紀充  
Tel 045-787-2019
E-mail:

参考文献

[1]C. Liu, H. Qin, P. T. Mather, J. Mater. Chem., 17, 1543-1558(2007)
[2]L. C. Chang, T. A. Read, Trans. AIME., 189, 47-52(1951)
[3]S. Takamizawa, Y. Miyamoto, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6970-6973 (2014).

用語説明

(※1)形状記憶効果:
機械的負荷により塑性変形した固体が、熱によって形状回復する物理特性。形状記憶効果を発現する材料として形状記憶高分子と形状記憶合金が知られるが、化学的(物質的)にも物理的にも完全に独立した材料科学である。本研究で主題となっているのは形状記憶合金で知られる形状記憶効果であり、超弾性を発現する固相への温度誘起相転移により形状回復する特性。一方、高分子材料で知られる形状記憶効果は高分子鎖の分子運動が活発化するガラス転移温度近辺で固体(分子運動が凍結して固まったガラス状態)が軟化し、抑制されていた弾性が発現して形状回復する特性である。物理機構の違いによって形状回復の力学特性は真逆であり、合金では温度上昇によって形状回復力は高まり、高分子では低下する。
(※2)有機超弾性:
有機物固体の超弾性現象。昨年(2014年)に初めての報告がなされた[参考文献3](参考情報:平成26年5月19日 本学プレスリリース)。応力誘起マルテンサイト変態によって変形した固体が、除荷後に自発的に形状回復する物理特性。超弾性は1932年の金-カドミウム合金での報告が端緒とされる。有機超弾性の発見がなされるまでは特殊な合金でみられる特異な物理現象と考えられてきた。

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