フォン・ヒッペル・リンドウ(VHL)病
VHLという遺伝子に生まれつき病気に関連する配列変化があることで、
- 淡明細胞型腎細胞癌
- 中枢神経の血管芽腫
- 網膜血管腫
- 副腎褐色細胞腫
- 膵臓神経内分泌腫瘍
- 精巣上体嚢胞腺腫
- 内耳リンパ嚢腫
- 子宮広間膜嚢腫
などを発症しやすくなる疾患です。これらのうち、腎細胞癌、中枢神経の血管芽腫、網膜血管腫、膵臓神経内分泌腫瘍が、生活の質(QOL)を低下させ、生命予後を左右することが多いです。常染色体顕性遺伝形式をとるので、診断された方のお子さんも50%の確率で同じ遺伝子の配列変化が見つかります。
当科前教授の矢尾正祐が1993年にこの原因遺伝子を発見して以降、遺伝性腎腫瘍の研究は世界中で大きな発展を遂げてきました。その知見は遺伝性でない腎腫瘍の研究にも大きな影響を与え、特にVHL-HIF経路の解明は2019年のノーベル賞受賞の対象となり、ここでも当科の教室員が研究の一翼を担いました。
VHL病に発生する腎細胞癌は同時多発したり、時間差で多発(再発とは違います)したりします。がんを制御すると同時に、腎臓の機能を可能な限り温存することを目指したマネージメントが必要となります。VHL病にできる腎癌は初期であれば1年間に平均で0.37cmほど増大することが分かっていて、本邦の2024年度版のガイドラインでは、2cmまでは経過観察を行い、それを越えた場合は腫瘍核出術(腎臓を残して腫瘍のみを繰り抜く)をロボット手術で行います(2cmルール)。当院は30年もの長きに渡って全国からいらっしゃるVHL患者さんの腎癌手術を行っており、その手術件数は国内随一です。大きな腫瘍が腎全体にできていたり太い血管に近接していたりしてもロボット手術などで腫瘍だけをきれいに取り除くことが重要で、この方法により腎機能への影響も最小限に抑えることができ、術後は地域の先生方と連携しながら最適な方法でフォローすることが可能です。
一方で、2025年9月から、経口のHIF-2α阻害薬であるウェリレグ(一般名ベルズチファン)が、日本でも全てのVHL病関連腫瘍に対して使用できるようになりました。この新しい薬により、多くの患者さんで、手術の回数を減らせる、あるいは手術自体を回避できることが期待されています。
VHL病では、VHL遺伝子がうまく働けなくなることで、本来なら分解されるはずのHIF(Hypoxia inducible factor:低酸素誘導因子)というタンパク質が体の中に蓄積します。HIFは本来は、私たちが例えば高山など、酸素の薄い環境に行った時に体を守るための仕組みで、血管や赤血球を増やして、全身に酸素を届けるといった働きをします。VHL病の方は、HIFをうまく分解できないために、脳、眼、腎臓、膵臓など、全身に血管が豊富な腫瘍(血管芽腫、腎腫瘍など)ができやすくなります。
ウェリレグは、HIFの働きを抑える薬で、2016年にアメリカにおいて第I相試験が開始されました。その後、アメリカで61名のVHL病患者さんが参加した臨床試験では、VHL病に発生するほぼ全ての腫瘍が縮小し、VHL病の患者さんはウェリレグの内服を契機に、それまで脳、眼、腎臓、膵臓などに受けてきた度重なる手術や治療を回避できるようになったという良好な結果が得られています (Srinivasan et al., Lancet Oncol. 2025 May;26(5):571-582.)。日本国内の治験では、当院が半数以上の登録を担当しました。すでに登録は終了しておりますが、本剤に関する有効性・安全性について多くの知見を得ており、2025年9月の国内販売開始後も、たくさんのVHL病患者さんに処方しています。当院でのご処方をご希望される方はお気軽にお問合せください。
HIFは、私たちが高い山など酸素の薄い場所に行ったときに、体がその環境に順応するために働く仕組みです。ウェリレグはこのHIFの働きを抑える薬であり、内服中に「高山など酸素の薄い環境に行った時に出る症状」が出る場合があります。
代表的なものには、貧血、疲労感、頭痛などがあります。貧血はほとんどの方に見られるため、必要に応じて鉄剤の内服や、赤血球を増やす注射(ネスプまたはダルベポエチンアルファ)を併用してウェリレグ内服を安全に継続できるようにします。また、血液中の酸素濃度が保たれていても、疲労感や頭痛を感じることがあります。市販のパルスオキシメーターで血中酸素濃度を測ることができますが、酸素濃度が正常でも症状を感じることがあるため、日常生活やお仕事に支障が出る場合には、腫瘍に対する治療効果とのバランスを考えながら、ウェリレグの減量を行うことがあります。
ウェリレグは肝臓で分解される薬であるため、腎機能が低下している方でも内服することができます。一方で、日本人ではこの薬を分解する酵素を生まれつき持たない方が1-2割ほどいるとされ、そのような場合には副作用のために減量が必要になることがありますが、ウェリレグの血中濃度が保たれる分、少ない量で効果が期待できます。
VHL病では、脳や眼の血管芽腫(血管腫)から出血することがあります。ウェリレグは、これらの腫瘍を縮小させ、将来的な出血リスクを下げるうえでも大切なお薬です。非常に稀ではありますが、ウェリレグを飲み始めて間もない時期に血管芽腫が出血したという報告もあります。ただし、その頻度は極めて低く、多くの患者さんでは問題なく服用が可能です。念のため、内服を始める前から、脳神経外科や眼科の先生との入念な連携体制を整えておくことが重要です。
ウェリレグの臨床試験では、3cm以上の大きな腎腫瘍や、その他の部位でも比較的大きな腫瘍は登録されていません。そのため、こうした大きい腫瘍に対する効果はまだ十分には分かっておらず、必要に応じて、手術などの外科的治療と組み合わせて治療を進めることがあります。また、臨床試験では18歳以下の方は対象に含まれていません。18歳以上であっても、年齢が若い方については、成長や将来の妊娠への影響がまだ分かっていない部分があるため卵子や精子の保存について事前にご相談いただいたうえで、慎重に内服を開始していただいております。
VHL病に関連する腎腫瘍は、一般的にはゆっくりと大きくなりますが、一定の大きさを超えると転移を起こすことがあります。そのため、VHL病と診断された方は、普段から定期的に腎臓の検診を受けていただくことがとても重要です。 また、VHL病は遺伝する可能性のある病気であるため、血縁のあるご家族についても遺伝子検査を行い、必要な時期から定期的な検診を開始することが大切です。ご家族の遺伝子検査を進めるには、最初にVHL病と診断された方の遺伝子検査結果をもとに、同じ遺伝子変化があるかどうかを確認します。 遺伝子検査や定期検診の機会がないまま、気づかないうちに腫瘍が大きくなり、転移が生じてしまった場合には、血管新生阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬、mTOR阻害薬、ウェリレグ などを組み合わせて治療を行います。 治療方法は患者さん一人ひとりで異なりますので、最適な薬剤や治療方針については、どうぞお気軽にご相談ください。
VHL病では、腎癌の他に中枢神経系、網膜、膵臓などに発生する腫瘍に対する治療が必要になることがあります。当院は泌尿器科、遺伝子診療科、脳神経外科、眼科、腫瘍内科、消化器外科、耳鼻咽喉科、婦人科、小児科などの緊密な連携から全てのVHL関連腫瘍の診療に必要な体制を整えており、VHL病の患者会のホームページ(ほっとChain)の VHL病について相談できる病院・医師のリストに掲載されております。
また、既にお近くの医療機関におかかりの患者さんでも、疾患毎に複数の医療機関を定期受診して疾患毎の最新情報を入手することはとても重要です。全国のVHL病診療医が力を合わせて作成したVHL病診療ガイドラインはWeb上で閲覧可能で、各疾患に対する経過観察法や治療法が記載されています。記載内容についての詳しいご説明をご希望の方はお気軽にお問合せください。
また、既にお近くの医療機関におかかりの患者さんでも、疾患毎に複数の医療機関を定期受診して疾患毎の最新情報を入手することはとても重要です。全国のVHL病診療医が力を合わせて作成したVHL病診療ガイドラインはWeb上で閲覧可能で、各疾患に対する経過観察法や治療法が記載されています。記載内容についての詳しいご説明をご希望の方はお気軽にお問合せください。
-

図1.嚢胞を伴った中枢神経系の血管芽腫
-

図2.網膜血管腫
-

図3.両腎の淡明細胞型腎細胞癌
-

図4. 両側副腎の褐色細胞腫
-

図5. 膵尾部の神経内分泌腫瘍
ご紹介先
〒236-0004 横浜市金沢区福浦3-9 横浜市立大学附属病院 泌尿器科 遺伝性腎腫瘍外来
原則、月曜日の午前中ですが、学会などで担当医師が不在にしていることがありますので、お電話でご確認の上、来院されてください(病院代表番号の045-787-2800から泌尿器科外来までお問合せください)。
まずは遺伝性腎腫瘍である可能性の有無について診察させていただきますので、お気軽にいらっしゃってください。
ご相談先
メールアドレス:iJingan★yokohama-cu.ac.jp(★マークを@に変更して下さい)(担当:入部、青盛、軸屋、川浦、野口、蓮見)
こちらでは、当院への来院を考えていらっしゃる患者さんや、遺伝性腎腫瘍であるかの判断が難しく当院へのご紹介を迷われている主治医の先生方からのご相談を受け付けております。
遺伝性腎腫瘍に関する情報だけをご希望の場合も、お気軽にご連絡ください。
患者さんご自身でご相談される場合は、①お名前、②お電話番号、③メールアドレス、④これまでの簡単な経過、をお教えください。数日経ってもこちらからの返信がない場合は、TEL: 045-787-2800(病院代表)から泌尿器科外来にご連絡ください。