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神経筋疾患の原因となるリピート伸長病の正確・迅速な遺伝子診断法を開発

2022.10.27
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神経筋疾患の原因となるリピート伸長病の正確・迅速な遺伝子診断法を開発

横浜市立大学附属病院 遺伝子診療科 宮武聡子准教授、同大学大学院医学研究科 遺伝学輿水江里子特任助教、藤田京志助教、松本直通教授らの研究グループは、ナノポアシーケンサー*1を用いて、リピート伸長病*2の原因となる病的なリピート伸長変異を網羅的に検出する手法を開発しました。この手法は、ターゲットロングリードシーケンス法(Targeted Long-Read Sequencing : T-LRS)*3を利用しており、従来法に比べて、簡便で正確なリピート伸長病の診断が可能になります。

本研究成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループが刊行する科学雑誌「npj Genomic Medicine」に掲載されました。(日本時間2022年10月26日18時)


 研究成果のポイント

リピート伸長病の原因となる全遺伝子領域を効率的・網羅的にシーケンスする解析法を構築した。

・病的リピート伸長がある神経筋疾患12症例に対して本解析を施行し、全例で正確に診断可能であった。

・臨床的に脊髄小脳変性症と診断され、遺伝学的に未診断の10症例に対して本解析及び従来法を別々に施行した。6例で遺伝子診断に至り、従来法では判定困難だった2症例についても精密な判断が可能であった。

・網羅性、迅速性、正確性の点で優れた解析法である。

研究背景

リピート伸長病は、遺伝子内の縦列反復配列(タンデムリピート*4)の異常伸長変異を原因とする疾患群です。疾患群の多くは、ショートタンデムリピートと呼ばれる、多くは3から6塩基の反復ユニット配列が、正常多型の範囲を超えて伸長することが原因となります。現在60種類程度の疾患関連リピート伸長配列が発見されていますが、その多くは神経筋疾患の原因になることが分かっています。

近年、様々な遺伝性神経筋疾患に対して、根本治療につながる治療法が開発されつつあります。このような治療法を選択・提供するためには、正確な遺伝子診断が不可欠なため、精度の高い診断法のニーズが高まっています。しかしリピート伸長配列は、配列の特性上、従来のPCR法*5を主体とするゲノム解析法が困難でした。とりわけ従来法では、候補となる疾患に特化した解析しかできない(1疾患解析)ため、リピート伸長病を疑って遺伝子検査を行う場合、原因となる遺伝子領域ごとに解析法を最適化し、複数の手法を組み合わせて診断する必要があり、解析に時間を要し非効率でした。また、PCR抵抗性で病的なリピート伸長を正確に特定できない場合もあり、診断法に限界もありました。

近年開発されたロングリードシーケンス技術は、PCR法では解析が困難なリピート伸長配列を含むゲノム領域を一続きの配列として解読でき、リピートを構成する塩基配列の決定に優れています。従来法では、病的なリピート伸長の部分的な配列しか捉えることができなかった遺伝子領域でも、この技術を用いることで、リピート伸長配列の全長解読が可能となりました。


研究内容

本研究では、GridIONシーケンサー(オックスフォード・ナノポアテクノロジーズ社)に搭載された、アダプティブサンプリング*6という新しい技術を用いました。この方法は、ターゲットとする遺伝子領域のDNA断片を該当するかどうかリアルタイムに判断し、ターゲット領域だけを効率的にシーケンスする技術です。この方法により、患者さんのDNAをシーケンサーに投入すると、リピート病の原因となることが知られている59箇所の遺伝子領域だけ選択的にシーケンスが可能になります(図1)。

図1 T-LRS法でシーケンスされたRFC1遺伝子領域
リピート配列はその長さに個人差が大きく、正常リピート長と病的リピート長の線引きが容易でないことと、正常範囲を明らかに超えて伸長していた場合でも、その中に含まれている配列によっては病原性を持たないこともあるため、検出したリピート伸長配列が病的であるかどうかの判断は難しい場合があります。そこで本研究では、得られたロングリードシーケンスデータに含まれている59遺伝子領域のリピート配列のなかで、疾患を引き起こす可能性のある配列をランキングすることで、原因を迅速に発見する解析パイプラインと診断フローチャートを構築しました(図2)。 
 図2 T-LRS法によるリピート病の解析パイプライン
まず、従来法で病的リピート伸長配列を有することが確定していた神経筋疾患12症例(陽性コントロール)について、ロングリードシーケンスを行い、構築したパイプラインで解析を行った結果、すべての患者さんの疾患原因リピート伸長が検出できました。次に、臨床的に脊髄小脳変性症と診断され、遺伝学的診断がついていなかった10症例に対して本T-LRS解析を行いました。また、比較のため従来法の遺伝子検査も別々の研究者によって同時並行で行い、結果を突き合わせました。その結果、T-LRS法では7症例で正常の範囲を逸脱するリピート伸長を検出し(CACNA1A遺伝子に2症例、BEAN1遺伝子に2症例、ATXN8OS/ATXN8遺伝子に1症例、RFC1遺伝子に2症例)、そのうち6例では確実に発症をきたすと判断できる病的リピート伸長であり、遺伝学的に確定診断が可能でした。この中で1症例は、従来法ではリピート配列のわずかな伸長を検出することが難しく、原因不明と判定されていましたが、T-LRS法により脊髄小脳変性症6型と診断できました(図3)。

今回開発したT-LRS法は、およそ4日以内で既知の全リピート伸長疾患の遺伝子領域における網羅的解析が可能であり、原因を疑う遺伝子領域を1か所ごとに解析する従来法(1疾患解析)と比較して、迅速性と正確性において優れていると考えられます。 また、本研究で開発した診断フローチャートを用いることで、ロングリードシーケンスで得られたデータから容易に原因を見つけることが可能になります。
 
 図3 従来法で診断困難だった脊髄小脳変性症6型(SCA6)の解析例

今後の展開

本研究により、T-LRS法はリピート伸長病において、正確かつ効率的な解析方法であることが明らかになりました。病的なリピート伸長の中には、伸長するリピート配列の塩基パターンが、遺伝的不安定性や疾患の予後や経過に影響を及ぼす因子となることが報告されています。本解析から得られるデータは、診断のみならず、患者の予後予想等についての判断材料としても有用な情報となることが考えられます。今後、T-LRS法による網羅的迅速診断システムが、リピート病の遺伝子診断や医学的管理に大きく寄与することが期待されます。

研究費

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「新技術を用いた難治性疾患の高精度診断法の開発(研究代表者:松本直通)」、厚生労働省、日本学術振興会、武田科学振興財団、横浜市立大学の支援により実施されました。

論文情報

タイトル:Rapid and comprehensive diagnostic method for repeat expansion diseases using nanopore sequencing
著者: Satoko Miyatake, Eriko Koshimizu, Atsushi Fujita, Hiroshi Doi, Masaki Okubo, Taishi Wada, Kohei Hamanaka, Naohisa Ueda, Hitaru Kishida, Gaku Minase, Atsuhiro Matsuno, Minori Kodaira, Katsuhisa Ogata, Rumiko Kato, Atsuhiko Sugiyama, Ayako Sasaki, Takabumi Miyama Mai Satoh, Yuri Uchiyama, Naomi Tsuchida, Haruka Hamanoue, Kazuharu Misawa, Kiyoshi Hayasaka, Yoshiki Sekijima, Hiroaki Adachi, Kunihiro Yoshida, Fumiaki Tanaka, Takeshi Mizuguchi, and Naomichi Matsumoto
掲載雑誌:npj Genomic Medicine
DOI:10.1038/s41525-022-00331-y

用語説明

*1 ナノポアシーケンサー:1分子のゲノムDNA配列の解析が可能なオックスフォード・ナノポア社のロングリードシークエンサー。ナノポアとよばれるタンパク質の穴を、モータータンパク質を付加したDNA分子が通過する時に、ナノポアが埋め込まれた人工膜を流れる電流値の変化によって、DNAの塩基配列をリアルタイムに解析することができる。

*2 リピート伸長病:特定の塩基配列の繰り返し(リピート配列)が正常範囲を超えて異常に伸長することで引き起こされる疾患群。代表的な疾患として、脊髄小脳変性症やハンチントン病などが知られる。

*3 ターゲットロングリードシーケンス技術:目的とするDNA配列を全ゲノムから抽出し、10 kbから1 Mb以上の塩基配列をリードという単位で一続きに決定するシーケンス技術。

*4 縦列反復配列 (タンデムリピート):同じ塩基配列(CAGなど)が同方向に連なって繰り返すDNAの繰り返し領域。1~6 塩基を1単位とした繰り返し配列(モチーフ)をショートタンデムリピートと呼ぶ。その繰り返し数や配列に多様性がある。リピート伸長病では、多くの場合3から6塩基の反復ユニット配列が異常に伸長している。

*5 PCR法:特定のDNA 断片を増幅することができる手法。二本鎖DNA を高温で2 本に解離、温度を下げてプライマーを結合させ、DNA ポリメラーゼで相補鎖を伸長させる。このサイクルを25から40 回繰り返す反応で、特定のDNA 断片を増幅することができる。ただし、リピート領域においては、非特異的な配列の繰り返しや高いGC含量、二次構造によってPCR増幅が困難な場合がある。また、PCR増幅時に生じるエラーにより正確な配列の評価が困難となる。

*6 アダプティブサンプリング:Read Until プログラムを用いて、ゲノムポジションや参照配列を指定することにより、標的分子をリアルタイムに選択する技術。目的とするゲノムの領域を物理的に抽出する処理を必要としないため、ターゲット領域をシーケンス毎に柔軟に変更することができる。

お問合わせ先

横浜市立大学  広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp





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