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転写因子IRF5の阻害が全身性エリテマトーデスの新規治療法となる可能性を実験的に証明

2021.07.20
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転写因子IRF5の阻害が全身性エリテマトーデスの新規治療法となる可能性を実験的に証明

横浜市立大学大学院医学研究科 免疫学 藩(ばん) 龍馬(たつま) 助教、菊地 雅子(大学院生)、佐藤 豪 特任助教、田村 智彦 教授らの研究グループは、同 発生成育小児医療学、同 幹細胞免疫制御内科学、東京大学、沖縄科学技術大学院大学、エーザイ株式会社と共同で、全身性エリテマトーデス(SLE)における転写因子IRF5の阻害が現行治療法の限界を克服した新たな治療法となる可能性を患者検体と動物モデルを用いた実験により証明しました。本研究成果は国際科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。(日本時間2021年7月19日19時)

 研究成果のポイント

現行の治療法はSLEにおける異常なIRF5活性化とインターフェロン(IFN)誘導遺伝子の発現を十分に抑制していないことが示唆された。

マウスSLEモデルの実験から、IRF5はⅠ型IFN受容体よりも優れた分子標的であり、SLEが発症した後でもIRF5欠損により病態を抑制できることを示した。

・IRF5阻害剤を開発し、マウスSLEモデルへの投与実験で治療効果を証明した。

研究の背景

自己免疫疾患の難病であるSLE(*1)では、ステロイドや免疫抑制剤を中心とした治療により生存率は高い一方で、日和見感染をはじめ様々な副作用があるため、生活の質や長期予後を改善できる新たな治療法が求められています。これまでに、SLE患者を対象としたI型IFN(*2)受容体に対する抗体の治験が進んでおり、有効性が示されましたが、まだ高い再燃率がみられており、再燃を一層抑えられる新規治療法の開発が課題でした。私達の以前の研究では、転写因子(*3)IRF5(*4)の過剰活性化によりSLEの増悪サイクルが形成されること、そして前もってIRF5の量を半減させるだけでマウスSLEの発症を未然に防げることを示しました(Ban et al, Immunity 2016)。このように、IRF5はSLEの有力な治療標的候補でしたが、臨床経過に伴うIRF5の活性化状態の変化や、発症「後」のIRF5阻害が治療効果を示すかどうかについては不明でした。

研究の内容

まず、SLE患者末梢血中の免疫細胞におけるIRF5の活性化状態を、核移行を指標に解析しました(図1A)。これまでの報告通り、健常者群と比較してSLE患者群の多くではIRF5が高い活性化状態にありました。意外なことにこのIRF5異常活性化は、現行の標準治療を受け疾患活動性が低下した寛解期の患者群でも、同様に生じていました。I型IFN産生の指標となるIFN誘導遺伝子も、活動期群・寛解期群いずれにおいても高発現していました(図1B)。さらに、活性化型IRF5のみを認識するモノクローナル抗体を作製して試験管内解析を行ったところ、プレドニゾロンやヒドロキシクロロキンなどの現行治療薬は白血球を自然免疫刺激(*5)した際のIRF5活性化を阻害できませんでした(図1C)。したがって、現行治療法はSLEにおける異常なIRF5活性化とIFN誘導遺伝子発現を十分に抑制できないことが示唆されました。
図1  A: 核移行を指標に、健常者とSLE、あるいは活動期SLEと寛解期SLEにおけるIRF5 活性化を比較した。***P < 0.001, ns: 有意差なし。B: 活動期SLEと寛解期SLEにおけるIFN誘導遺伝子の発現量を比較した。C: リン酸化を指標に、試験管内で自然免疫刺激(Toll様受容体の刺激)を行った健常者末梢血単核白血球におけるIRF5活性化をキャピラリーイムノアッセイにより解析した。PSL: プレドニゾロン, HCQ: ヒドロキシクロロキン。
IRF5はI型IFN 産生に重要であるため、IRF5の阻害はI型IFNの阻害以上の効果を持たないのではないかという問いが生じました。そこで、次にマウスSLEモデルでI型IFN受容体遺伝子欠損とIRF5遺伝子欠損の効果を比較しました。その結果、IRF5の量を半分だけでも欠損させた方が、I型IFN受容体を完全に欠損させるよりも病態発症を防ぐことができました。すなわちIRF5はI型IFN産生以外の作用も持っており、治療標的としてI型IFNより優れている可能性が示されました。しかしこれらの実験はSLEの発症前に標的分子の遺伝子を欠損させておく言わば「予防」実験でしたので、発症後にIRF5遺伝子を欠損させる「治療」実験を行いました。その結果、発症後であってもIRF5の欠損によって、マウスSLEモデルにおける病態進行が顕著に抑制されました。さらに、ボルテゾミブという抗体産生細胞を除去する薬剤で寛解導入療法を行った場合、通常は速やかに自己抗体産生が再燃してしまうのに対し、同時にIRF5遺伝子を欠損させると寛解を長く維持できることがわかりました。

この様な実験結果を実際の治療薬開発に結びつける第一歩として、私たちはIRF5阻害剤の開発を始めました。まず、約10万個の化合物の高速大量スクリーニングによりIRF5阻害活性を持つ化合物YE6144を取得しました。YE6144の作用機序はIRF5の活性化に重要なリン酸化の阻害でした(図2A)。次に、マウスSLEモデルにおけるIRF5阻害剤の薬効評価を行いました。その結果、発症後のYE6144の単剤投与では、病態の増悪が抑制されました。さらに、発症後に寛解導入療法を行なった場合、対照群(溶媒投与群)では自己抗体産生が速やかに再燃するのに対し、YE6144投与群では再燃が顕著に抑制されました(図2B)。糸球体腎炎など他のSLE症状も明らかに軽減していました。以上の結果から、遺伝学的な手法のみならず、阻害剤を用いた場合でもIRF5を標的とすることの有効性が示されました。

図2  A: 試験管内で自然免疫刺激した健常者末梢血単核白血球におけるIRF5活性化(リン酸化)をキャピラリーイムノアッセイで解析した。B: マウスSLEモデルによる寛解導入・再燃実験。Week −1から0において寛解導入を行い、Week 0で溶媒またはYE6144の連続投与を開始した。**P < 0.01, ***P < 0.001。 

今後の展開

現行の治療薬は臨床症状を抑えて寛解状態に導けるが、IRF5活性化やIFN産生が持続し隠れた増悪サイクルが回り続ける、言わば「くすぶり」状態にあり(図3)、これによって再燃が生じる可能性があると考えられます。そして、IRF5の阻害は現行のSLEの治療法の限界を克服した新しい治療法となることが期待されます。今回の化合物YE6144は治療薬としてはまだ試作段階であるため、臨床応用を目指し、IRF5阻害剤の最適化研究をさらに推し進めていきたいと考えています。 
図3  本研究結果から考えられるIRF5阻害剤による新規治療法の効果

用語説明

*1  全身性エリテマトーデス(SLE): 難治性の全身性自己免疫疾患。DNAに対する自己抗体などが免疫複合体を形成し、組織沈着することで全身の臓器に炎症性病変が生じる。患者数は日本では6〜10万人、全世界で推定350万人。
*2  I型インターフェロン(IFN): 免疫複合体刺激やウイルス感染により産生されるタンパク質。SLEの病態形成において抗体産生や抗原提示の促進など様々な作用を及ぼすと考えられている。
*3  転写因子: ゲノム上のDNA配列を認識・結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。
*4  IRF5: 自然免疫応答において働く転写因子。ヒトのゲノムワイド関連解析やマウスモデルを用いた多くの研究により、IRF5がSLEと深く関連することが示されている。
*5  自然免疫刺激: 自然免疫応答を活性化させる刺激。本研究ではToll様受容体(TLR)のリガンドを用いた。

 

参考文献

Ban T, Sato GR, Nishiyama A, Akiyama A, Takasuna M, Umehara M, Suzuki S, Ichino M, Matsunaga S, Kimura A, Kimura Y, Yanai H, Miyashita S, Kuromitsu J, Tsukahara K, Yoshimatsu K, Endo I, Yamamoto T, Hirano H, Ryo A, Taniguchi T, Tamura T: Lyn Kinase Suppresses the Transcriptional Activity of IRF5 in the TLR-MyD88 Pathway to Restrain the Development of Autoimmunity. Immunity 45, 319-332, 2016.

研究費

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)免疫アレルギー疾患実用化研究事業「転写因子IRF5阻害剤による全身性エリテマトーデスの革新的治療法とそのコンパニオン診断法の開発」、同事業「全身性エリテマトーデスの革新的治療法のための転写因子IRF5阻害剤の開発」、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム 翻訳後修飾プロテオミクス医療研究拠点の形成」(産学連携協働企業としてエーザイ株式会社からのマッチングファンドを含む)、日本学術振興会、横浜総合医学振興財団の支援を受けて実施されました。 

論文情報

タイトル: Genetic and chemical inhibition of IRF5 suppresses pre-existing mouse lupus-like disease.
著者: Tatsuma Ban*, Masako Kikuchi*, Go R. Sato*, Akio Manabe, Noriko Tagata, Kayo Harita, Akira Nishiyama, Kenichi Nishimura, Ryusuke Yoshimi, Yohei Kirino, Hideyuki Yanai, Yoshiko Matsumoto, Shuichi Suzuki, Hiroe Hihara, Masashi Ito, Kappei Tsukahara, Kentaro Yoshimatsu, Tadashi Yamamoto, Tadatsugu Taniguchi, Hideaki Nakajima, Shuichi Ito, and Tomohiko Tamura (*Co-1st authors)
掲載雑誌: Nature Communications
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-021-24609-4


お問い合せ先

横浜市立大学
広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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