先端医科学研究センター先端医科学研究センター
search

漢方薬『六君子湯』が慢性腎臓病による体重減少を抑制することを発見 ~慢性腎臓病治療の新たな一助となる可能性~

2020.02.06
  • TOPICS
  • 研究
  • 医療

漢方薬『六君子湯』が慢性腎臓病による体重減少を抑制することを発見

~慢性腎臓病治療の新たな一助となる可能性~

『Scientific Reports』に掲載

横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学の涌井広道講師、山地孝拡医師(医学研究科大学院生)、小豆島健護博士(日本学術振興会海外特別研究員)、畝田一司客員研究員、田村功一主任教授らの研究グループは,株式会社ツムラとの産学連携研究において、慢性腎臓病モデルマウスを用いて、漢方薬「六君子湯(りっくんしとう)」が胃でのグレリン産生、腎臓でのグレリン受容体の発現増加、Sirtuin1活性化などの多面的な作用により、慢性腎臓病克服の鍵となる体重減少の改善効果をもたらすことを発見しました(図1)。
 
 研究成果のポイント

  • 漢方薬「六君子湯」は慢性腎臓病モデルにおける体重減少を抑制する
  • 生漢方薬「六君子湯」は慢性腎臓病モデルにおける腎臓の炎症を抑制する

研究の背景

慢性腎臓病(chronic kidney disease: 以下、CKD)の患者数は年々増加しており、日本人のCKD患者数は約1330万人と推計され、成人の約8人に1人はCKDであると言われています(日本腎臓学会『診療ガイドライン2018』)。CKDでは、尿毒素 の蓄積、代謝亢進、炎症、酸化ストレスなど複数の要因が関与して、エネルギー源(体脂肪)が減少する消耗状態であることが知られています。実際に、末期腎不全により透析療法を施行している患者では、BMI(肥満度を表す体格数)が高いほうが生命予後良好であり、この現象は「肥満パラドックス」と呼ばれています。さらに、近年、保存期(透析未導入)のCKD患者さんにおいても低BMIが生命予後不良と関連していることが報告され注目されています(Kikuchi H, et al. PLoS One 2018; 13(11):e0208258)。また、CKDでは尿毒素の蓄積や炎症の亢進状態に加え、患者の高齢化も相まって体蛋白(骨格筋)が減少するサルコペニア*1を来たしやすいことが知られ、逆に運動療法などによる適切な筋力の維持は腎臓の炎症を抑制し、腎保護作用を発揮する可能性があります(筋腎連関)。そのため、CKD患者さんでは生命予後改善のために十分なカロリー摂取と筋力・体重維持が重要であり、課題とされます(サルコペニア・フレイルを合併した保存期CKDの食事療法の提言、日腎会誌 2019)。

一方、漢方薬「六君子湯」は、消化・栄養吸収系の異常に対して使用されてきた歴史的経緯を有し、その機序として食欲増進ホルモンであるグレリン分泌促進作用が示されています。さらに、近年、グレリン受容体は視床下部のみならず、腎臓などの末梢臓器にも発現し、グレリン投与は腎臓局所での炎症を抑制することが報告されています。したがって、六君子湯は、栄養障害の改善・抗炎症作用を発揮して、CKDにおける有用な治療手段となる可能性があります。しかしながら、六君子湯が、CKD病態下において実際にどのような効果をもたらすかはよく分かっていませんでした。

 

研究の内容

研究グループは、まず、アンジオテンシンII投与腎臓障害モデルを用いて、六君子湯がグレリン受容体の主要な下流経路であるSirtuin1を活性化させ、腎臓の炎症を抑制することを明らかにしました(Azushima K et al. Scientific Reports 2019)(文献1、図2)。

さらに今回、片側尿管結紮術(UUO)による腎臓障害モデルを用いて、六君子湯が腎線維化進行に伴う体重減少を改善するかどうかを検討しました。結果、このモデルにおいて六君子湯投与は腎線維化に対する明らかな抑制効果は認めなかったものの、腎障害の進展に伴う体重減少を抑制することが示されました(図3)。さらに、六君子湯投与により、腎臓でのグレリン受容体の発現量の増加を認めました。

 
これらの結果を統合すると六君子湯はCKD病態下において、腎臓でのグレリン受容体発現の増加、Sirtuin1活性化を介した抗炎症作用とともに、CKD患者さんの生命予後改善の鍵である体重減少抑制効果を発揮する可能性が示されました(図1)。 

今後の展開

有効な治療薬の開発が重要課題であるCKDにおいて、漢方薬「六君子湯」がCKD治療戦略の一つとなり得ることが期待されます。加齢によって腎機能が低下し、全身の筋肉量の低下などから患者さんのQOLが落ちることは近年重要な問題として取り上げられており、CKD患者さんの生命予後に関連する体重減少に対して、漢方薬「六君子湯」がその改善の手助けになることが期待されます。

今後、漢方薬「六君子湯」の、CKDにおける臓器連関作用機序についてさらに詳細に明らかにし、実際にCKD患者さんへの臨床応用も期待されます。


用語説明

*1サルコペニア: 加齢や疾患により筋肉量が減少することで、全身の筋力低下および身体機能の低下が起こることを指します。

論文情報

文献1. 雑誌名:Scientific Reports
論文名:Effects of rikkunshito on renal fibrosis and inflammation in angiotensin II-infused mice.
執筆者名(所属機関名):Azushima Kengo1,2,#, Uneda Kazushi1,#, Wakui Hiromichi1, Ohki Kohji1, Haruhara Koutaro3,4, Kobayashi Ryu1, Haku Sona1, Kinguchi Syo1, Yamaji Takahiro1, Minegishi Shintaro1, Ishigami Tomoaki1, Yamashita Akio5, Tamura Kouichi1
Scientific Reports  (2019) 9:6201  https://doi.org/10.1038/s41598-019-42657-1
#筆頭著者
執筆者所属先:
1:横浜市立大学 医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学
2:Duke-NUS Medical School, Cardiovascular & Metabolic Disorders Program
3:東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科
4:Monash University, Department of Anatomy and Developmental Biology
5:横浜市立大学 医学部 分子生物学 

掲載論文

雑誌名:Scientific Reports
論文名:Effects of Rikkunshito treatment on renal fibrosis/inflammation and body weight reduction in a unilateral ureteral obstruction model in mice
執筆者名(所属機関名):Wakui Hiromichi1,#, Yamaji Takahiro1,#, Azushima Kengo1,2, Uneda Kazushi1, Haruhara Koutaro3,4, Akiko Nakamura1, Ohki Kohji1, Kinguchi Syo1, Kobayashi Ryu1, Urate Shingo1, Suzuki Toru1, Kamimura Daisuke1, Minegishi Shintaro1, Ishigami Tomoaki1, Kanaoka Tomohiko1, Matsuo Kohei1, Miyazaki Tomoyuki5, Fujikawa Tetsuya1,6, Yamashita Akio7, Tamura Kouichi1.
Scientific Reports  https://doi.org/10.1038/s41598-020-58214-0
#筆頭著者
執筆者所属先:
1:横浜市立大学 医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学
2:Duke-NUS Medical School, Cardiovascular & Metabolic Disorders Program
3:東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科
4:Monash University, Department of Anatomy and Developmental Biology
5:横浜市立大学 医学部 生理学
6:横浜国立大学 保健管理センター
7:横浜市立大学 医学部 分子生物学
※本研究は株式会社ツムラ、一般財団法人 横浜総合医学振興財団、公益財団法人 先進医薬研究振興財団、公益財団法人 かなえ医薬振興財団、公益財団法人 MSD生命科学財団、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 ソルト・サイエンス研究財団、公益信託 循環器学研究振興基金、および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、横浜市立大学かもめプロジェクトなどによる研究助成、日本学術振興会の研究補助金を受けて行われました。
 

お問合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学
講師  涌井  広道 
TEL:045-787-2635  FAX:045-701-3738
E-mail:hiro1234@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、詳細の資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長   渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp




  • このエントリーをはてなブックマークに追加