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腸管粘膜バリア機能に着目した新たな動脈硬化治療 ~『PLOS ONE』に掲載~

2019.06.28
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腸管粘膜バリア機能に着目した新たな動脈硬化治療

~『PLOS ONE』に掲載~

横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学 荒川健太郎助教(研究当時)、石上友章准教授(田村功一主任教授)らの研究グループは、食生活の乱れ(高脂肪・高カロリー食)による動脈硬化症の進展の抑制に、クロライド・チャネル活性化剤Lubiprostone(商品名 アミティーザ)が有効であるとする研究成果を学術誌PLOS ONEに発表しました。
研究成果のポイント

  • 動脈硬化症には腸内細菌が血中に漏れ出す“腸管壁漏洩症候群“(Leaky Gut Syndrome)*1が関係している
  • クロライド・チャネル活性化剤  Lubiprostone(商品名アミティーザ)は、腸管壁漏洩症候群を改善することで動脈硬化症の進展を抑制する
 
(左図)  ApoEノックアウトマウスに高脂肪・高カロリー食を与えると、著明に動脈硬化性プラークを認める(WD25w)。
Lubiprostoneを投与すると、動脈硬化性プラークが抑制される(WD+Lubiprostone)。
(右図)プラーク面積の比率(%)と絶対値(mm2)について比較検討すると、統計学的に有意差が認められる。

研究の背景

動脈硬化症は生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)の終末像です。特に症状のないまま、気がつかない間に進行し、急激に心臓や、脳、腎臓などの重要臓器の障害というかたちで発症します。膨大な医療資源(人的、時間的、経済的コスト)を費やした急性期治療により、救命を果たしたとしても、重篤な後遺症により社会生活から脱落するリスクを持つ重大な疾患です。潜在患者数は国内だけでも高血圧症約4000万人、糖尿病約800万人、脂質異常症約2200万人に達し、本邦の死亡原因の第2位、第3位を占める心疾患、脳血管障害の死亡の大部分は、動脈硬化症が基盤となって起こったものであり、年間死亡者は約35万人に達すると推定されています。平成25年度の心臓病の死亡率は、人口10万対157.9であり、生活習慣病の増加を背景に年々右肩上がりに増加しており(年平均約2%:平成7年~)、今後も増加すると予測され、その早期診断や予防技術の開発が待たれています。

生活習慣病(高血圧、糖尿病、脂質異常症)の診断・治療は大きく進歩し、適切に治療することができるようになりました。しかし、生活習慣病を治療している間も、動脈硬化症は進展します。そのために、動脈硬化症診療において、残余リスク*2といわれる、未知の病態の解明と、その克服が求められています。これまでに石上准教授のグループは、動脈硬化症に関与する自己抗体の解明(Ishigami T et al, FASEB J, 2013, 国内外特許取得)、ならびに腸内共生微生物による脾臓由来のB2細胞サブセットの活性化の解明とその制御による動脈硬化症の制圧(Chen L, Ishigami T, et al. EBioMedicine, 2016、国内外特許申請中)に取り組んできました。不適切な食生活によって、腸内細菌が体内に取り込まれることによって、脾臓にあるB細胞が活性化され、IgG/IgG3という抗体を分泌することで、動脈硬化症が発症すると考えられます。このたびの本研究では、腸内細菌が体内に取り込まれる機序、腸内バリアといわれる防御機構が破綻するメカニズムに注目しました。クロライド・チャネル活性化剤Lubiprostoneは、腸上皮に作用して、腸管バリアのひとつである、粘液の産生を促すことが知られています。Lubiprostoneによる、腸管バリア機能の修復により、動脈硬化症の進展が抑制される可能性があります。本研究では遺伝性脂質異常モデルであるApoEノックアウトマウスを対象にして、検討しました。
 

研究の内容

高カロリー・高脂肪食で重篤な動脈硬化症を呈する、ApoEノックアウトマウスを対象にして、15週間の高カロリー・高脂肪食を与えたのちに、新規クロライド・チャネル活性化剤Lubiprostoneを投与したところ、投与しなかったマウスと比較して、動脈硬化症がおよそ60%抑制されました(上図右)。同時に、腸管の粘膜の透過性を検討する実験を行ったところ、腸管の粘膜の透過性が改善し、腸管の組織を詳細に観察したところ、上皮のタイト・ジャンクションを構成するタンパク質(ZO-1)の発現が修復されていました。(上図左)高カロリー・高脂肪食といった不適切な食生活によって、腸管バリア機能が低下し、腸内細菌の体内への侵入を招くことで、動脈硬化症が惹起されていると推定されます。Lubiprostoneは、腸管細胞のクロライド・チャネルを刺激して、粘液の分泌を増加させるとともに、腸管壁の構造を強化し、腸管バリア機能の低下を防ぐことで、腸内細菌の体内への侵入を抑制し、動脈硬化症を抑制することが明らかになりました。

本研究ならびにこれまでの研究により、動脈硬化症には、腸内細菌の抗原化による脾臓由来B2細胞サブセットの活性化とともに、腸管粘膜のバリア機能の障害といった病態があり、新規のクロライド・チャネル活性化剤であるLubiprostoneが、こうした病態を修正し、抗動脈硬化作用を発揮する可能性を明らかにすることができました。

今後の展開

これまでの研究により、食生活の乱れ(高カロリー・高脂肪食)による腸管粘膜バリアの障害、腸内細菌による脾臓B2細胞サブセットの活性化と自己抗体・抗体の産生によって、動脈硬化症が発症、進展することが示されています。本研究ならびにこれまでの研究により、腸内細菌の除菌、活性化B2細胞の制御に加えて、腸管粘膜バリアの修復によって、動脈硬化症を制圧・抑制することができることが示唆されます。本研究の成果は、動脈硬化症の制圧ならびに、国民の健康長寿の延伸の実現へむけた取り組みを、医学的に強化する上で重要です。人を対象にした、特定臨床研究等で、未知のリスクである『腸内共生微生物による、脾臓由来のB2細胞サブセットの活性化』という新規の病態を標的にして、動脈硬化症の根治につながる治療法の開発を目指しております。

用語解説

*1 腸管壁漏洩症候群(LGS: leaky gut syndrome) : 腸管は食物由来の抗原、異物の体内への侵入を阻止するバリアとしての働きをもっています(タイト・ジャンクション、粘液バリア)。炎症、食生活の乱れ、生活習慣の乱れなどなんらかの原因により腸管バリア機能が低下すると、本来血管内に取り込まれることはない異物(菌・ウイルス・たんぱく質等)が血液内に漏れ出すことにより様々な症状を発生させる原因となるとされています。

*2 残余リスク(RR: residual risk):高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙は動脈硬化症の4大リスクとして知られていました。リスクは原因ではないので、リスク対策により、動脈硬化症の発症の確度を抑制することはできますが、制圧・克服までには至りません。近年、動脈硬化症における炎症という病態が、4大リスクとは異なる病態として解明が待たれています。本研究では、炎症をもたらす基盤に、食生活・B細胞・抗体がかかわるとともに、健康的な腸管バリアの維持が、重要であることを明らかにすることができました。


※本研究は、『PLOS ONE』に掲載されました( 6月17日付オンライン)。
Lubiprostone as a potential therapeutic agent to improve intestinal permeability and prevent the development of atherosclerosis in apolipoprotein E-deficient mice
Kentaro Arakawa, Tomoaki Ishigami , Michiko Nakai-Sugiyama, Lin Chen, Hiroshi Doi, Tabito Kino, Shintaro Minegishi, Sae Saigoh-Teranaka, Rie Sasaki-Nakashima, Kiyoshi Hibi, Kazuo Kimura , Kouichi Tamura
PLOS ONE June 17, 2019https://doi.org/10.1371/journal.pone.0218096 

※本研究は、文部科学省科学研究費補助金、横浜市経済局・横浜ライフイノベーションプラットフォーム(LIP.横浜)の支援を受け実施されました。

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)

医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学
准教授  石上友章   E-mail: tommmish@yokohama-cu.ac.jp
TEL: 045-787-2635 FAX: 045-701-3738

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課
課長  渡邊 誠   E-Mail: kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp
TEL: 045-787-2510 
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