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バイオインフォマティクスで貪食細胞分化の詳細な仕組みを解明

2018.03.07
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バイオインフォマティクスで貪食細胞分化の詳細な仕組みを解明

~『Cell Reports』に掲載~

横浜市立大学大学院医学研究科 免疫学 黒滝 大翼(くろたきだいすけ) 講師や田村 智彦(たむらともひこ) 教授らの研究グループは東北大学、東京大学、米国国立衛生研究所と共同で、感染防御やがん免疫に関わる貪食細胞の産生における遺伝子発現制御の分子メカニズムを解明しました。
研究成果のポイント 
〇単核貪食細胞(*1)の分化過程において、エンハンサー(*2)と呼ばれる遺伝子発現制御DNA領域の変化を全ゲノム規模で明らかにした
〇単核貪食細胞のエンハンサーは前駆細胞(もとになる細胞)から徐々に準備されることがわかった
〇転写因子(*3)IRF8が単核貪食細胞の前駆細胞におけるエンハンサーの準備に必須であることを発見した

研究の背景

免疫は自然免疫と獲得免疫に大きく分けられます。自然免疫の細胞は、病原体などの異物が体に侵入するとすぐに感染部位に移動してこれを食べたり、様々な物質を放出して他の免疫細胞を呼んだり、活性化したりします。獲得免疫の細胞は自然免疫細胞からの“情報”を受け取ってその異物を記憶し、抗体を産生したり、感染した細胞を殺したりすることで、体から排除します。この獲得免疫細胞に情報を伝える極めて重要な役割を担うのが単球・マクロファージや樹状細胞であり、総称して「単核貪食細胞」と呼ばれています。
単球や樹状細胞は骨の中の骨髄で分化・産生されます。骨髄には造血幹細胞(*4)と呼ばれる細胞が存在し、この造血幹細胞が複数の前駆細胞段階を介して単球や樹状細胞を産生します(図左;造血幹細胞より下流の細胞を記載[*5])。このような細胞分化の過程では、その細胞に特徴的な遺伝子発現(*6)パターンが形成されることが重要です。そのためには、まず転写因子と呼ばれるDNA結合性のタンパク質が、DNAの「エンハンサー」と呼ばれる遺伝子発現を制御する領域に結合する必要があります。これによりエンハンサーは準備状態(多くの転写因子の結合を受け入れられる状態)となり、さらに活性化されることで、遺伝子の発現が起きます。しかし単球や樹状細胞が生体内で分化する過程において、エンハンサーがどのような転写因子によってどのように準備・活性化されるのか、細胞のもつDNA全体(全ゲノム)規模での理解は十分ではありませんでした。

研究の内容

近年の次世代シークエンス技術(*7)の発展により、細胞のエンハンサーの状態を全ゲノム規模で調べられるようになりました。本研究で私たちは、生体内に少数しか存在しない単球や樹状細胞ならびに複数の段階の前駆細胞をマウスから単離して、全ゲノム規模で詳細にエンハンサーの分布状態を解析しました。その結果、単核貪食細胞の前駆細胞では、単球と樹状細胞で発現すべき遺伝子のエンハンサーが準備・活性化されていることがわかりました(図中央)。
次に単核貪食細胞のエンハンサーを前駆細胞段階で制御する転写因子を同定するためにバイオインフォマティクス解析(*8)を行ったところ、interferon regulatory factor-8(IRF8)が関与する可能性が示されました。私たちは以前に、IRF8が単核貪食細胞やその前駆細胞で高発現し、IRF8欠損マウスでは単球や樹状細胞の産生が減少することを報告しています(Kurotaki et al. Blood 121, 1839, 2013; Nat Commun 5, 4978, 2014など)。また、IRF8の作用はヒトにおいても同様であることもわかっています。そこで、IRF8欠損マウスから各段階の前駆細胞を単離して次世代シークエンス解析を行いました。その結果、IRF8欠損マウスの単核貪食細胞前駆細胞では、単球や樹状細胞で発現すべき遺伝子のエンハンサーが準備されておらず、それより前の段階の前駆細胞のエンハンサーのような状態にとどまっていることがわかりました(図右)。他に様々な解析も合わせた結果、単核貪食細胞の前駆細胞では、IRF8が単核貪食細胞のエンハンサーに結合してこれを準備状態にすることで、その細胞が将来単球と樹状細胞に分化する能力を賦与していることが明らかとなりました
図:単核貪食細胞関連遺伝子のエンハンサー準備・活性化の分子メカニズム
(上段)上流の前駆細胞ではIRF8の発現が弱く単核貪食細胞のエンハンサーは準備されていない。(中段)単核貪食細胞の前駆細胞ではIRF8が強く発現し、単球や樹状細胞で発現すべき遺伝子のエンハンサーが準備・活性化されるが、この段階ではまだ遺伝子発現は誘導されない。(下段)樹状細胞や単球に分化する段階でこれらの遺伝子の発現が誘導される。IRF8欠損マウスでは単核貪食細胞の前駆細胞でもエンハンサーが準備されず、エンハンサーは上流(前の段階)の前駆細胞と似た状態になっている。そのため単核貪食細胞関連遺伝子の発現が誘導できず、結果として単球や樹状細胞の分化不全が起こる。
 

今後の展開

今回の解析結果から、造血前駆細胞が将来どのような細胞に分化するのかは、その時点での遺伝子発現よりもむしろエンハンサーの状態を知ることによってこそ、正確に把握できるとわかりました。この知見を応用することで、例えば白血病細胞など病的な前駆細胞のエンハンサーを解析し、その性状を正しく理解することで、新たな診断・治療法開発につなげられる可能性があります。また、単球や樹状細胞は生体防御に必須の役割を持ちますが、その過剰あるいは異常な活性化は自己免疫疾患を引き起こしたりがんを増悪させたりすることも知られています。私たちの解析データは、それらの疾患の理解や治療法の開発に役立つことも期待されます。

用語説明

*1単核貪食細胞:単球・マクロファージと樹状細胞の総称。これらの細胞は貪食能や抗原提示能などの機能を共有しており、自然免疫と獲得免疫を繋ぐ重要な免疫細胞として知られている。
*2エンハンサー:遺伝子の転写開始点から遠い領域に存在し、転写因子が結合することで遺伝子の発現を調節するDNA配列。
*3転写因子:DNAの様々な領域に結合することで遺伝子からRNAの転写を制御するタンパク質。
*4造血幹細胞:骨髄に存在し、全ての血液細胞に分化する能力と細胞分裂をしても枯渇しない自己複製能を有する組織幹細胞の一種。
*5単球と樹状細胞の分化経路:造血幹細胞は単球と樹状細胞を産生するためにミエロイド共通前駆細胞(CMP)、顆粒球-単球前駆細胞(GMP)、単球-樹状細胞前駆細胞(MDP)へと段階的に分化する。その後MDPが単球前駆細胞(cMoP)に分化した場合には単球が産生され、樹状細胞前駆細胞(CDP)に分化した場合には樹状細胞が産生される。本資料ではMDP、cMoP、CDPをまとめて単核貪食細胞前駆細胞としている。
*6遺伝子発現:本資料ではDNAに存在する遺伝子が転写因子により制御されRNAが転写されること。
*7次世代シークエンス技術:DNA断片の配列を並列的に極めて短時間で解析する技術。この方法を応用したのがクロマチン免疫沈降シークエンスであり、エンハンサーの状態や転写因子の結合を全ゲノム規模で解析することを可能にした。
*8バイオインフォマティクス解析:様々な生物学的データを情報科学の力により解析する技術。

掲載論文

Transcription factor IRF8 governs enhancer landscape dynamics in mononuclear phagocyte progenitors.
Daisuke Kurotaki, Jun Nakabayashi, Akira Nishiyama, Haruka Sasaki, Wataru Kawase, Naofumi Kaneko, Kyoko Ochiai, Kazuhiko Igarashi, Keiko Ozato, Yutaka Suzuki, and Tomohiko Tamura
Cell Reports 22, 2628–2641, 2018https://doi.org/10.1016/j.celrep.2018.02.048

公開したデータベース『Myeloid Chromatin Atlas』(英語版のみ)
http://immunol.med.yokohama-cu.ac.jp/chromatinatlas/


※本研究は、『Cell Reports』に掲載されます。(米国東部時間3月6日正午付:日本時間 3月7日午前2時付オンライン)
※本研究は、文部科学省・日本学術振興会科学研究費による助成や文部科学省「イノベーションシステム整備事業 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」、横浜総合医学振興財団の支援を受けて行われ、本学においては先端医科学研究センターの第3期研究開発プロジェクトの研究成果です。

お問い合わせ先

(本資料に関するお問い合わせ)
横浜市立大学学術院医学群免疫学教授田村智彦
TEL:045-787-2614E-mail:tamurat@yokohama-cu.ac.jp(田村)

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長渡邊 誠
TEL:045-787-2510E-Mail:kenki@yokohama-cu.ac.jp

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