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透析患者のXOR阻害薬治療が生存率の向上につながる効果を初めて証明~透析患者の心血管合併症克服に向けた新たな治療戦略の可能性~

2017.11.08
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透析患者のXOR阻害薬治療が生存率の向上につながる効果を初めて証明~透析患者の心血管合併症克服に向けた新たな治療戦略の可能性~

~英科学誌『Scientific Reports』に掲載~

横浜市立大学 大学院医学研究科 博士課程 石井健夫 医師(善仁会横浜第一病院 副院長)、同大学 学術院医学群 臨床統計学 田栗正隆 准教授、同医学群 循環器・腎臓・高血圧内科学 田村功一 主任教授らの研究グループは、プリン代謝のXOR(キサンチン酸化還元酵素)阻害薬治療*1が、血清尿酸値の高低に関係なく、新規発症の高血圧性疾患の抑制と、生命予後の改善をもたらす可能性を、周辺構造モデル(Marginal Structural Models)による統計学的手法を用いた擬似医療データ生成研究*2により、酸化ストレス亢進状態にあるとされる維持血液透析患者*3において初めて証明しました。
研究成果のポイント 

〇長期の血液透析による合併症が問題となっている患者2,429名を対象に、XOR阻害薬を投与した人と、投与しなかった人の症例を36ヶ月間観察し、症例ごとに背景の条件などを調整して解析する、周辺構造モデル(あるいはIPTW法、逆確率重み付け法とも呼ばれる)による統計学的手法を用いた擬似医療データ生成研究を行った。
▶その結果、XOR阻害薬治療について、有意に全死亡に対する予防効果を推定することができた。
▶心血管系の病気など全てに対する予防効果は証明できなかったが、新規発症の高血圧性疾患に対しては有意に予防効果を推定することができた。
 
(図1)周辺構造モデル(IPTW: Inverse probability of treatment weighting)法による解析:過去の時間依存性因子(毎回の検査所見やバイタルサインなど)と時間非依存性因子(性別、ベースラインでの糖尿病などの合併症の有無やベースラインでのXOR阻害薬の有無)を含んだ上で、過去の状態の履歴より現在における治療(XOR阻害薬の処方)を選択する確率を計算し、これを用いた重み付けを作成してXOR阻害薬の処方と予後との関連を調査。

研究の背景

高尿酸血症は、体の中で尿酸が過剰に産生されたり、あるいは排泄の低下のため、血中の尿酸値が上昇する病態で、30歳以上の男性では30%が罹患しているとされます。また、高尿酸血症を罹患している人は高血圧を合併すること多く、特に近年問題となっているのは、慢性腎臓病に伴う排泄低下型の高尿酸血症であり、高血圧、2型糖尿病を合併しながらさらに腎機能障害が進行する悪循環となっていきます。最終的に腎機能が廃絶してしまうと透析療法に移行しますが、ここで問題となってくるのは、透析による尿酸の除去によって見かけ上の血清尿酸値が低くなってくることです。この場合、尿酸降下薬のターゲットがわかりにくく、尿酸値が低いにもかかわらず痛風発作を起こすことがあります。また、プリン体が代謝されると尿酸が生成されますが、その代謝においてキサンチンオキシドレダクターゼ(XOR)という酵素が重要な役割を果たしていることがわかっています。XORは尿酸が生成されるプリン体代謝を触媒しますが、キサンチンオキシダーゼ(XO)という形態で働く過程で活性酸素も産生し組織障害をひきおこします。このXOは高血圧や慢性炎症、虚血などで特に産生されると考えられ、酸化ストレスの過剰や血管機能低下につながります。
血清尿酸値が高ければ通常XORも高値であるはずですが、透析患者においては、尿酸が透析で大量に除去されるため高尿酸血症の診断、治療評価を難しくしています。また腎機能障害のため、尿酸の排泄促進薬が使用できず、XOR阻害薬の一部(アロプリノール)についても用量制限があります。透析患者では無作為に割り付ける臨床試験が困難であるという事もあり、透析で主に使われるXOR阻害薬の効果もわかっていませんでした。

研究の内容

近年、血液透析患者の血清尿酸値が低い群の生命予後が悪く、血清尿酸値が高い群の予後が良いという報告が相次いでいますが、透析導入直前までは、従来通り高尿酸血症の患者は疾患の発生の割合が高いということは知られています。このため、原因として栄養状態との交絡や透析による尿酸の除去の影響などが推測されてきました。
そこで本研究では、まず観察期間のベースラインにおける血清尿酸値によって5群に分類し、カプランマイヤー法にて生存曲線を作成しました。結果は、やはり尿酸値が低い群は、高い群に比べて予後が悪いという事がわかりました。そこでCoxハザード解析にてベースラインの諸因子と予後との相関を検討すると、尿酸値の低値は有意に予後と相関しませんでしたが、XOR阻害薬については弱い生命予後に対する相関が認められました。しかし、透析患者の場合は状態の変化が強く、またXORも血清尿酸値に合わせて使用したり使用しなかったりの状況であるため、周辺構造モデル(Marginal Structural Models)による解析手法を用いて、過去の状態をみて処方を決定する確率を作成し、これを用いて処方の有無と予後との関係を重み付け推定で検定しました。
この一連の解析結果から、透析患者においては通常の高尿酸血症と違い、①血清尿酸値が低い群が高い群よりも予後が悪い、②Coxハザードモデルによる解析では血清尿酸値は予後とは相関しないがベースラインでのXOR阻害薬の使用は弱い生命予後改善効果が認められる、③経時的な繰り返し測定データを使用した周辺構造モデルによる解析では、XOR阻害薬による治療介入は全死亡の発生頻度を低下させる予防効果、および新規の高血圧性疾患の発症を予防する効果が明らかになりました。④生命予後の予防効果はベースライン血清尿酸値の高値低値に関係なく証明されたため、痛風発作を予防するためには血清尿酸値を下げる必要があると思われますが、生命予後や高血圧性疾患を予防するためにはXORを阻害する事が有効である事が示唆されました。
以上より、一定の透析患者における予後の改善にはXOR阻害が中核的な役割を果たしていることが明らかになり、血清尿酸値よりもむしろ高血圧、慢性炎症、慢性組織虚血などのXORが上昇するメカニズムを考慮に入れながら治療する必要が示唆されました。

今後の展開

本研究成果の最大の意義は、尿酸が除去される透析患者において検討することにより、患者の予後に影響するのは、プリン代謝の末端である血清尿酸値を下げることよりも、むしろXORを阻害することにあることを明らかにした点にあります。解析により、XOR阻害薬を使用することで全死亡や新規発症の高血圧性疾患の発生を抑制できたことが明らかになり、XORを阻害することで酸化ストレスによる組織障害が改善することが見込まれ、また、一酸化窒素NO産生刺激で血圧上昇を抑えることにより心血管系の病気の発症を押さえることが期待されます。
どのような合併症でXORが上昇するかが判断できれば、慢性腎臓病、透析のみならず高血圧、心不全、メタボリック症候群に対してXOR阻害薬を付加するという新たな治療戦略を提案できると考えます。今後については、動物実験を通じて循環器系および腎臓に対するXOR阻害薬の機序を検討することにより、循環器系疾患に対するXOR阻害薬の適応拡大を通じて、腎臓病・高血圧疾患に対する予後改善に大きく貢献できると考えます。

掲載論文

Evaluation of the Effectiveness of Xanthine Oxidoreductase Inhibitors on Haemodialysis Patients using a Marginal Structural Model.
Ishii T, Taguri M, Tamura K, Oyama K.
Scientific Reports, 7: Article number 14004, 2017. doi:10.1038/s41598-017-13970-4.

用語説明

*1XOR(キサンチン酸化還元酵素)とXOR阻害薬:「プリン体」は細胞の中にある核酸に含まれている化合物の1つで魚卵などに多く含まれ、核酸は排泄される時に「尿酸」に変化する。この代謝において、XOR(キサンチン酸化還元酵素)は、ヒポキサンチンからキサンチン、尿酸へ至る反応を触媒し、キサンチンデハイドロゲナーゼ(XDH)型とキサンチンオキシダーゼ(XO)型に相互変換する。XOR阻害薬として、アロプリノール、フェブキソスタット、トピロキソスタットがある。

*2周辺構造モデルによる統計学的手法を用いた擬似医療データ生成研究:近年、治療効果を解析する臨床統計手法として、傾向スコアを用いた解析方法である、周辺構造モデルに基づくIPTW法やPS matching法の有効性が報告されている。IPTW法は患者の治療の受けやすさの程度に応じて重み付けをして解析を行う方法で、逆確率重み付け法とも呼ばれる。患者背景の補正や交絡因子を取り除く調整をうまく行えるため、現在最も信頼されている、傾向スコアを用いた新しい解析方法の1つである。観察研究のデータから治療効果を無作為化割り付け試験のように解析することができ、重要な交絡因子が測定されていれば、エビデンスレベルも無作為化割り付け試験に準じるものとして扱われる。

*3維持血液透析患者:慢性腎臓病が進行して腎臓がほとんど機能しない末期腎不全患者の透析療法として、人工腎臓(ダイアライザー)を利用する血液透析療法があり、現在国内で維持透析治療を受けている末期腎不全患者は32万人以上で、依然として増加傾向にある。その予備軍である慢性腎臓病患者は1330万人、成人の8人に1人にのぼり、新たな国民病と位置づけられている。また、維持透析治療を受けている末期腎不全患者は、“心腎連関”という病態のメカニズムにより脳卒中や心筋梗塞など脳血管心臓病の危険性も増大する。
※本研究成果は、英学会誌『Scientific Reports』に掲載されました(10月25日オンライン)。
※本研究は、日本学術振興会の研究補助金、上原記念生命科学財団、および公益財団法人ソルト・サイエンス研究財団(1733)等による研究助成を受けて行われました。

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
学術院医学群循環器・腎臓・高血圧内科学石井健夫
主任教授田村功一
TEL:045-787-2635
E-mail:t156006e@yokohama-cu.ac.jp(石井)
tamukou@med.yokohama-cu.ac.jp(田村)

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-mail:kenki@yokohama-cu.ac.jp
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