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脳梗塞後の機能回復に有効な物質LOTUS ~脳梗塞治療への臨床応用に期待~

2017.09.13
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脳梗塞後の機能回復に有効な物質LOTUS ~脳梗塞治療への臨床応用に期待~

~米科学誌『PLOS ONE』に掲載~

横浜市立大学大学院生命医科学研究科 生体機能医科学研究室の竹居光太郎教授と大学院医学研究科 脳神経外科学教室の川原信隆教授(当時)の研究グループは、中枢神経系の再生を阻む主要因に挙げられるNogo 受容体-1(以後、NgR1)の機能を制御する内在性の神経回路形成因子LOTUS が、脳梗塞モデルマウスで梗塞後の軸索再生を促進して機能改善をもたらすことを発見しました。

研究成果のポイント

○神経回路形成因子LOTUS を過剰発現させることによって、脳梗塞後に運動機能を司る神経回路が再生され、運動機能が顕著に回復した。

研究の背景

神経回路形成は、神経細胞の新生と分化・成熟、神経突起の伸長、回路を形成する結合相手の細胞(標的細胞)を見いだす軸索誘導現象、そして標的細胞との結合(シナプス形成)といった一連の過程からなります。損傷や疾患で破壊された脳内の神経回路を再生するには、これらの素過程を再現する必要があります。しかし、損傷脳の脳内環境は、神経回路が形成される胎生期とは大きく異なり軸索再生阻害因子が多量に存在するため、再生は困難であることがよく知られています。
Nogo を含む5 種の軸索再生阻害因子群は、いずれも神経細胞に発現するNogo 受容体−1(NgR1)に結合して軸索伸長を著しく阻害するため、神経再生を困難にする主要因として知られています。そのため、これらの軸索再生阻害因子やその受容体であるNgR1 を創薬標的として世界中で研究が進められましたが、それらを有効に制御する物質は未発見のままでした。
2011 年に本研究グループの竹居教授らは、嗅覚情報を伝える2 次伝導路である「嗅索」と呼ばれる神経投射路の形成に重要な分子として、神経回路形成因子LOTUS を発見しました。その際、嗅索に発現するNogo とNgR1 の相互作用をさえぎることで嗅索の神経束形成に寄与することが明らかになりました。その後、LOTUS はNogo のみならず、他の4 種の軸索再生阻害因子においてもNogo と同様にNgR1 との結合を介して起こる軸索伸長阻害を遮断する機能を有することが判明し、LOTUS はNgR1 の強力な拮抗物質であることが分かりました。
また、このように神経再生に寄与すると考えられるLOTUS は、健常な成体脳に豊富に存在するにも関わらず、神経障害を受けた脳や脊髄では激減することが判明しました。即ち、損傷した脳では神経再生能を有するLOTUS が減少し、そのために神経再生能が失われていると考えられます。そこで本研究では、減少したLOTUS を補填するように遺伝子を操作したLOTUS 過剰発現マウス(LOTUS トランスジェニックマウス:LOTUS-Tg マウス)を用いて脳梗塞モデルマウスを作製し、野生型マウスを用いた場合と比較検討してLOTUS による神経再生効果を検証しました。

研究の内容

まずはLOTUS が関与している可能性を調べるために、野生型マウスにおいて脳梗塞モデルを作製した後、LOTUS の脳内発現変動を解析しました。マウスなどの齧歯類では、損傷後に自発的な神経再生が起こり、或る程度の運動機能回復が見られる事が知られています。梗塞後、Nogo やNgR1 の発現は変化がありませんでしたが、LOTUS は6 週間目に梗塞巣の反対側の大脳領域で大幅な発現上昇が確認されました。これは、このLOTUS の発現上昇によって、障害を受けていない反対側の脳領域から軸索再生が起こるような自発的な神経再生が起きていると推測させる現象です。
そこで我々は、遺伝子操作によりLOTUS を過剰に発現するLOTUS-Tg マウスを用いて脳梗塞モデル動物(脳虚血マウス)を作製し、虚血による損傷後の運動機能を調べました。すると、野生型マウス、LOTUS-Tg マウスとも梗塞領域の大きさには変化が見られないにも関わらず、損傷後12 週目からLOTUS-Tg マウスでは野生型マウスに比して顕著に運動機能が回復していることが判明しました。この結果は、LOTUS の過剰発現によって運動機能を担う神経回路が修復されたことを示唆します。
次に、LOTUS の過剰発現によって神経再生が誘起されているかを組織学的に検証しました。脳梗塞後、神経線維を染める神経トレーサーによって運動機能を担う皮質脊髄路(錐体路)を可視化し、LOTUS-Tg マウスと野生型マウスを比較したところ、LOTUS-Tg マウスでは、梗塞巣と反対側の神経線維(軸索)から梗塞巣側の失われた神経投射路に向けて、新たな神経線維が多数伸長している様子が観察されました(図)。即ち、LOTUS の過剰発現がNogo などの軸索再生阻害因子群の作用を遮断し、損傷で失われた神経線維投射を補う神経再生を誘起した結果、運動機能回復が促進されたものと考えられました。以上の結果、LOTUS は脳梗塞後の神経再生を促進する物質であることが明らかになりました。

今後の展開

本研究によって、LOTUS は脳梗塞後の神経再生促進物質として機能することが示されました。この知見は今後、LOTUS の生理機能を利用した神経再生医療技術の開発に直接的に繋がります。近い将来、精製LOTUS タンパク質を体の外から投与する薬物治療や、LOTUS を遺伝子導入する遺伝子治療などの神経再生医療技術に発展することが期待されます。
※本研究成果は米国科学誌『PLOS ONE』に掲載されました。(米国9月7日:日本時間9月8日オンライン)

論文情報

LOTUS overexpression accelerates neuronal plasticity after focal brain ischemia in mice
Hajime Takase, Yuji Kurihara, Taka-akira Yokoyama, Nobutaka Kawahara & Kohtaro Takei
PLOS ONE, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0184258 (2017)

研究費情報

※この研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)、および横浜総合医学財団 研究助成、美原脳血管障害研究振興基金により行われました。本学においては「学長裁量事業(第2 期戦略的研究推進事業)」および先端医科学研究センターの第3 期研究開発プロジェクトの研究成果です。

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
大学院生命医科学研究科 生体機能医科学教授竹居 光太郎
TEL:045-508-7240, 7628/045-787-2781, 2769
FAX:045-508-7370
E-mail:kohtaro@yokohama-cu.ac.jp 

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長渡邊誠
TEL:045-787-2510
E-mail:sentan@yokohama-cu.ac.jp

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