先端医科学研究センター先端医科学研究センター
search

細胞の混み具合を検知して増殖を停止させる仕組みを発見 〜臓器・器官の大きさ、がんの増殖異常のメカニズムの理解へ〜

2017.08.18
  • TOPICS
  • 研究

細胞の混み具合を検知して増殖を停止させる仕組みを発見 〜臓器・器官の大きさ、がんの増殖異常のメカニズムの理解へ〜

米科学誌Cellの姉妹誌『Cell Reports』掲載

横浜市立大学 学術院医学群 大野茂男特別契約教授、同、分子細胞生物学教室 古川(田村)可奈(大学院生)、山下和成特任助教らの研究グループは、臓器を作るときに細胞が十分な数に達した時に、細胞周囲にかかる力を検知して増殖を停止させる仕組みを発見しました。臓器・器官は一定の大きさを保っていますが、その仕組みは謎でした。また、細胞増殖の異常はがんの主因となります。今回の発見は、これらを理解するための大きな一歩となります。

研究成果のポイント
○細胞間の接着部位を裏打ちする細胞骨格構造(環状アクチンベルト)が細胞の混み具合を検知し収縮
○アクチンベルトの収縮力が増殖誘導性の転写因子YAPを核から出して不活性化することにより、細胞は増殖停止
○このときに、MerlinはYAPと結合して核外に排出し、不活性化する
 

研究の背景

私たちの体にはさまざまな臓器・器官があり、それぞれの機能に合った特有の大きさ・形をしています。しかし、その大きさや形がどのように決まり維持されているのかは、謎でした。
ショウジョウバエの研究から、臓器・器官の大きさの決定には、細胞の増殖を誘導する遺伝子Yorkieが中心的な役割をはたしていることがわかりました。その後、ヒトにおいてYorkieに相当する遺伝子YAPも同様の働きをしており、さらに、がん遺伝子としても働いている事もわかりました。
臓器・器官が形作られ維持される各々の過程において、上皮細胞のシート状の構造(上皮細胞シート)が、形作りの主役を果たしています。上皮細胞シートは、細胞同士が互いに接着することにより形成されます。そして、同じシート内の細胞同士の間にかかる物理的な力により、上皮細胞シート内の細胞は支えられて集団としての形を作っています。
臓器・器官における特有な大きさと形の維持には、「細胞の増殖制御」と「物理的な力による形作り」はどちらも重要です。しかし、両者がどのように関係しあっているのかは未解明でした。

研究の内容と成果

今回、研究グループは、上皮細胞シートにおいて周りの細胞との間にかかる物理的な力が、増殖を制御するとの仮説を立て、これを調べていきました。周りの細胞との間にかかる力を生むものの候補として「環状アクチンベルト」と呼ばれる細胞の周囲を取り囲むリング状の収縮性細胞骨格構造(図1右)に着目し、環状アクチンベルトにかかる張力(これが収縮力となる)が、増殖制御を行う因子YAPの活性に与える影響を調べました。YAPは核と細胞質とを行き来し、核内に蓄積している時に増殖関連遺伝子のスイッチをオンにして増殖を誘導します。上皮細胞シートの細胞は、細胞密度が一定に達すると増殖が停止します。これが、臓器・器官の正常な形と大きさを決めている一因と考えられていますが、研究グループは、このときにYAPが核から細胞質に出て(核外移行)、増殖関連遺伝子がオフになっていることを示しました。さらに、このYAPの核外排出には「環状アクチンベルト」にかかる収縮力が必要であることを示しました(図1)。上皮細胞シート内の細胞同士が混み合ってくると、「環状アクチンベルト」が収縮を起こし、YAPの活性をオフにして増殖が停止する。これが、上皮細胞シートの細胞密度が一定に達すると増殖が停止する「からくり」であることがわかりました。
研究グループは、YAPの活性をオフにするメカニズムを更に詳しく調べました。YAPを核外に移行させる分子メカニズムとして、核内輸送を抑制するか、核外排出を誘導するか、二つの可能性が考えられます。解析の結果、「環状アクチンベルト」の収縮の場合には、YAPの核外排出が誘導されていることを突きとめました。しかし、核外排出されるタンパク質には、核外移行シグナル配列(NES)があるのに対し、、YAPにはNESがありません。そこで更に解析を進めたところ、NESがあり、YAPと結合する能力を持っているMerlinがYAPの核外排出を担っている事を見つけました。細胞が足りない状況では、Merlinは細胞間接着部位に主に局在します。ところが細胞の密度が高くなると細胞間接着部位から解放されて核内に入り、YAPの核外排出を行うことでYAPの活性をオフにすることがわかりました(図2, 3)。

研究の学術的な意義と波及効果

臓器・器官の「形づくり」に際して、細胞同士が互いに接着して支えあう時に「環状アクチンベルト」にかかる力が上皮細胞シート構造を形成、維持する役割を果たしている事がわかっています。しかし、この「形づくり」と臓器・器官の「大きさ(細胞数)」を決める細胞増殖との関係は不明でした。今回の一連の発見は、「環状アクチンベルト」に働く力が、細胞シート構造の形づくりのみならず、「大きさ」をも決めうるという新たな発見であり、「環状アクチンベルト」の重要性を再認識させると同時に、臓器・器官の大きさの決定メカニズムの理解に向けた大きな一歩となります。
今回のMerlinによるYAPの制御メカニズムの同定により、増殖を制御する因子YAPが極めて精緻な制御を受けている事を明らかにしました。また、Merlin(別名NF2)は、神経系のがんを初めとする全身性の病変を来す神経線維腫症II型の責任遺伝子でもあり、がん抑制遺伝子として知られています。今回の発見は、Merlin及びYAPの作用メカニズム、Merlin或いはYAPの異常に起因するがんの本態解明にも新たな視点を提供します。

※本研究成果は米国科学誌『Cell Reports』に掲載されました。(米国東部時間8月8日正午:日本時間8月9日午前1時オンライン)

掲載論文

The Epithelial Circumferential Actin Belt Regulates YAP/TAZ through Nucleocytoplasmic Shuttling of Merlin
Cell Reports, volume 20, 1435–1447, 2017
 

研究費情報

本研究は、文部科学省イノベーションシステム整備事業「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」、科学研究費新学術研究「上皮管腔組織形成」、及び日本学術振興会の基盤研究(A)の研究成果です。 

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
学術院医学群科特別契約教授大野 茂男
TEL: 045-352-8871E-mail:ohnos@med.yokohama-cu.ac.jp
(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長渡邊 誠
TEL:045-787-2510 E-mail:kenki@yokohama-cu.ac.jp
  • このエントリーをはてなブックマークに追加