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双極性気分障害の原因を特定

2017.05.12
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双極性気分障害の原因を特定

Proceedings of the National Academy of Sciencesに掲載

横浜市立大学 学術院医学群 薬理学 五嶋良郎教授らの研究グループは、サンフォード・バーナム・プレビス医学研究所(米国、サンディエゴ)のEvan Snyder博士らと共同で、双極性気分障害*1の患者さんのiPS細胞*2の解析から、collapsin response mediator protein 2 (CRMP2) というタンパク質の翻訳後修飾異常*3を発見しました。
双極性気分障害とは、気分障害と言われる疾患の中の一つのタイプで、躁(そう)状態と鬱(うつ)状態の両方が出現する病態、いわゆる躁鬱(そううつ)病です。この双極性気分障害の患者さんには古くから炭酸リチウムという薬物が使用され、良く効く人とそうでない人がいることが知られていましたが、なぜ効果があるかはよくわかっていませんでした。
今回の研究において、1) 疾患特異的iPS細胞を使った実験で、炭酸リチウム*4が効く双極性気分障害の患者さんの脳では、CRMP2のリン酸化*5が亢進していること、2) この亢進は炭酸リチウムで抑えられること、3) 躁病の動物モデルでは、CRMP2 のリン酸化が亢進していること、CRMP2のリン酸化を起こらないようにしたCRMP2S522Aノックインマウスというモデル動物(後述)では、躁状態が軽減されること、4) 患者さんの死後脳では、神経の伝達を担う構造体であるシナプスの構造が変化していること、5) 炭酸リチウムの処方を受けていたヒトではCRMP2のリン酸化亢進がみられず、シナプスの構造は正常に保たれていること、を明らかにしました。本研究により、炭酸リチウムが効く双極性障害患者さんではCRMP2のリン酸化修飾異常が病態と相関しており、その異常は炭酸リチウムで抑制されることが分かりました。また、この関係は動物モデルでも同様であることが確認されたため、双極性気分障害の新しい治療法の研究開発に大いに役立つと期待されます。

※ 本研究は、米国科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。
※本研究の一部は、文部科学省、科学研究費補助金(特定領域研究)「細胞の運命と挙動を支配する細胞外環境のダイナミズム」(No. 17082006)、ターゲットタンパク研究プログラム「セマフォリン及びセマフォリン受容体分子群をターゲットにした構造・機能解析と治療法開発」(No. 0761890004)、及びイノベーションシステム整備事業 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「翻訳後修飾プロテオミクス医療研究拠点の形成」の支援を受けて行われました。

研究の背景と経緯

我々は、脳が外界から受けた刺激の情報を統合し、その場に応じた適切な行動をとることにより、日々の生活を営んでいます。こうした脳の機能を支えているのが神経伝達です。この神経伝達の中心を担う構造体をシナプスと呼びます。シナプスでは、ある神経細胞が活性化するとその神経細胞のシナプス前末端から神経伝達物質が放出され、別の神経細胞にあるシナプス後末端にある受容体に結合することにより情報が伝わります(図-a)。
このシナプスという構造は固定されたものではなく、絶えず生成と消失を繰り返していると考えられています。このバランスが崩れると様々な精神神経疾患に罹患すると考えられてきましたが、その実態は不明でした。

研究の内容

本学医学研究科の五嶋良郎教授ら、及び米国サンフォード・バーナム・プレビス研究所のEvan Snyder博士らの研究グループは、双極性疾患患者由来の疾患特異的iPS細胞の解析を通じて、双極性疾患由来の神経細胞においてCRMP2の異常なリン酸化修飾が認められることを発見しました。双極性障害の病態モデルマウスを使用して、CRMP2のリン酸化修飾を解析したところ、同マウス脳においては確かにCRMP2のリン酸化の亢進が認められること、私たちが作製したCRMP2S522AノックインマウスというCRMP2のリン酸化修飾が全く起こらない動物モデルでは、躁状態が著しく軽減されること、双極性障害患者の剖検脳では細胞の形や骨組みを調節するタンパク質(細胞骨格タンパク質*6)の機能を調節するCRMP2分子のリン酸化という化学変化が異常をきたすこと、双極性障害の治療薬として従来から使用されている炭酸リチウムが、このCRMP2のリン酸化異常を是正し、かつ神経の機能や形態をも正常化すること、双極性障害患者さんの死後脳に見られるシナプスの構造異常はリチウム処方のあった患者さんの脳では正常化していることを見出しました。今回の研究結果は、双極性障害が、CRMP2 のような細胞骨格タンパク質の機能を調節する分子の翻訳後の異常によって起こることを明らかにしました。本成果は、双極性障害のメカニズム解明につながると期待されます。

今後の展開

本研究の知見に基づき、従来、合理的なメカニズムや診断、治療法確立へのアプローチが困難であった双極性障害の病態解明への展開が期待されます。

<用語説明>

*1 双極性障害:躁(そう)状態と鬱(うつ)状態の病相を繰り返す精神疾患である。うつ病とともに「気分障害」に分類される。双極性障害のそう状態、うつ状態は多くの場合、適切な治療などを通じて回復するが、再発する可能性が高い。リチウムなどの気分安定薬による予防が必要となる場合が多く、生活習慣の改善も重要である。

*2 iPS細胞:iPS (induced pluripotent stem cells)とは、体細胞へ特定の数種類の遺伝子を導入することにES細胞(胚性幹細胞)のように多くの細胞に分化できる多分化能と、分裂増殖を繰り返すことができる自己複製能を持った細胞のこと。疾患特異的iPS細胞とは、特定の疾患患者さんの皮膚や血液などの細胞から作製したiPS細胞のことをいう。疾患特異的iPSの研究を通じて、患者さんの体内で起こっている病気につながるプロセスを詳細に解析することができる。

*3 翻訳後修飾異常:タンパク質は、DNAを鋳型としてRNA合成を経て翻訳され、一定のアミノ酸配列を持つ特定の分子として合成される。タンパク質は、生体内で多くは、翻訳後にリン酸、酢酸、脂質などの官能基と結合するなどの修飾を受けて機能を発現する。これを翻訳後修飾という。最近、ガンや神経疾患等の様々な疾患の中に、この翻訳後修飾が異常となる場合が数多く報告されている。

*4 炭酸リチウム: 気分安定薬のうちの一つ。炭酸リチウムは、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3 (GSK3) というキナーゼの活性を阻害することが知られていたが、なぜ有効かについての詳細なメカニズムについては未解明であった(本研究によりその一端が明らかになった)。

*5 リン酸化:タンパク質は、DNAからmRNAを鋳型として生成される。リン酸化は、タンパク質の生成後に受ける最も重要な修飾様式の一つであり、特定の酵素によって行われる。リン酸化はタンパク質のチロシン、セリン、スレオニン側鎖に起こるが、リン酸基はサイズも大きく、負の電荷を保つため、リン酸化修飾を受けたタンパク質の構造が変わり、その機能や働きに変化が引き起こされる。

*6 細胞骨格タンパク質:細胞の形や運動をコントロールする細胞骨格と呼ばれる構造を構成するタンパク質のこと。

掲載論文

Probing the lithium-response pathway in hiPSCs implicates the phosphoregulatory set-point for a cytoskeletal modulator in bipolar pathogenesis
PNAS 2017 ; published ahead of print May 12, 2017, doi:10.1073/pnas.17001111

 

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
学術院 医学群薬理学教授五嶋 良郎
TEL:045-787-2593
E-mail:goshima@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、資料請求など)
横浜市立大学研究企画・産学連携推進課長渡邊誠
Tel:045-787-2510
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