先端医科学研究センター先端医科学研究センター
search

微生物学梁教授ら研究グループががん幹細胞の増殖を抑制する新規化合物をトチュウから発見

2016.02.26
  • TOPICS
  • 研究

微生物学梁教授ら研究グループががん幹細胞の増殖を抑制する新規化合物をトチュウから発見

~ iPS細胞技術で作製した人工がん幹細胞を活用新薬開発にも期待~

茨城大学農学部の鈴木 義人(すずき・よしひと)教授、横浜市立大学大学院医学研究科の梁 明秀(りょう・あきひで)教授らは、がん幹細胞の特徴を兼ね備えた人工がん幹細胞を用いて、この細胞の増殖を特異的に抑制する新規化合物をトチュウ(杜仲)緑葉の成分中に発見しました。
がん幹細胞は、正常組織中に移入して腫瘍を形成する能力を持ち、また、既存の抗がん剤が効かないため、がんの転移や再発の原因になっています。この研究では、iPS細胞技術を活用して作製した人工ヒトがん幹細胞を用いて、この細胞の細胞増殖および自己複製能に対する阻害活性をもつ物質のスクリーニングを実施し、トチュウの緑葉成分に含まれる抗がん幹細胞増殖抑制因子を特定してEucommicin A(ユーコミシンA)と名付けました。この化合物の発見には、市販されているトチュウ葉の乾燥粉末の抽出物が用いられましたが、その後トチュウの生葉でも存在を確認し、本化合物が新規天然化合物であることが明らかになりました。
がん幹細胞をターゲットとし、これを抑制する物質の発見は、今後の新たな薬剤の開発などにつながることが期待されます。
なお、この研究成果は、学術誌Phytochemistry2月号に掲載されました。

背景

私たちの体内の臓器や組織には、細胞分裂によって同じ細胞を生み出す「自己複製能」や、様々な特徴を持った細胞に変化する「多分化能」を持った「幹細胞」が存在していますが、腫瘍組織についてもその元になる「幹細胞」の性質を持った「がん幹細胞」が存在するという「がん幹細胞仮説」は、既に多くの研究結果によって支持されています。がん幹細胞は自己複製能をもつとともに、正常な組織に移入されると元の腫瘍と同様の腫瘍組織を誘導する機能があります。また、「がん幹細胞」は増殖速度が比較的遅く、かつ、細胞表面に特殊なポンプを持ち、抗がん剤が排出されてしまうため、既存の抗がん剤が効かないという特徴があります。そのため、抗がん剤治療を施しても、残存したがん幹細胞が再発や転移の原因となることから、がん幹細胞を標的とした治療法の確立が急務の課題となっています。一方、がん幹細胞は腫瘍組織に僅かにしか存在しないため、単体で取り出すことや大量に集めることができず、研究には限界がありました。 梁教授は、多能性幹細胞(iPS細胞)誘導技術を用いて、ヒト乳腺上皮細胞から、がん幹細胞の特徴を兼ね備え、未分化性を保持した状態で大量に培養できる人工がん幹細胞(iCSCL-10A)の確立に、2014年に成功しました。iCSCL-10Aを用いることで、がん幹細胞を撲滅する薬剤のスクリーニング等、様々な研究が進むことになりましたが、今回は、抗がん幹細胞作用を示す化合物をトチュウ(Eucommia ulmoides)の抽出物から探索しました。トチュウは漢方薬の原料であり、その葉の抽出物は杜仲茶として一般的にもよく知られ、トチュウに含まれるイリドイドやフラボノイドには抗腫瘍活性があるとの報告もあります1, 2)。探索の結果、トチュウの緑葉の成分に、人工がん幹細胞の増殖を抑制する新規化合物を発見しました。

研究概要

本研究ではまず、トチュウ緑葉の乾燥粉末からの抽出物を用いて、人工がん幹細胞(iCSCL-10A)の増殖抑制活性があることを確認しました。その際、乳がん細胞由来の他の培養がん細胞を対照として実験を行ったところ、iCSCL-10Aに対してより強い阻害活性を示したこと、また、iCSCL-10Aの未分化性や自己複製能を阻止したことから、がん幹細胞に特異的な阻害作用を示す化合物が含まれていることが期待されました。この活性物質は熱に安定で、水やメタノールで抽出されること、また、低分子性の化合物であることが確認できたことから、iCSCL-10Aへの阻害活性を指標に単離を試みました。様々な種類のクロマトグラフィーと、それに使用する溶出溶媒など、精製方法に関する種々の検討を行った結果、図1に示す精製スキームが確立され、トチュウ緑葉の乾燥粉末30 gから、約36 mgの活性化合物を単離しました。
次に、質量分析、核磁気共鳴スペクトルといった機器分析を用いて、この化合物の構造を図2左のように決定し、トチュウの学名であるEucommia ulmoidesにちなんで、「Eucommicin A」(ユーコミシン・エー)と命名しました。この化合物は、2分子のクロロゲン酸(図2右)が二重結合部位でシクロブタン環構造(図2左の中央の四角)を形成するように二量体化した化合物です。クロロゲン酸はコーヒー酸とキナ酸が脱水縮合し、6つの炭素からなるベンゼン環(C6)と3つの炭素(C3)を有しています。このことから、Eucommicin Aは、C6-C3化合物2分子が結合して生成される「リグナン」という化合物群の一種であるといえます。シクロブタン環を形成するリグナンは珍しく、また、Eucommicin Aはこれまでに報告のなかった新規化合物です。その後、同化合物がトチュウの生葉にも含まれていることが確認されたことから、Eucommicin Aは新規天然化合物であることが判明しました。
単離したEucommicin Aは、対照として用いた他のがん細胞より、iCSCL-10Aに対してより強い増殖抑制活性を示したことから、がん幹細胞にある程度特異性を持った阻害剤であると考えられます。一方、クロロゲン酸は高い抗酸化活性を持つなど、植物の機能性成分として有名な化合物ですが、iCSCL-10Aの増殖に対しても、また、がん幹細胞の自己複製能を検出する検定系においても、ほとんど活性が認められませんでした。すなわちクロロゲン酸の抗酸化機能等のみでは抗がん幹細胞活性を示すことが出来ず、二量体化することによってEucommicin Aに形成されたシクロブタン環構造が活性発現に関与している可能性が示唆されました。

成果と今後の展開

本成果では、人工がん幹細胞を用いて、その増殖や未分化性を特異的に抑制する、これまで存在自体が知られていなかった新規化合物を発見しました。これは、新規活性化合物の探索における活性検定系の重要性を如実に示した結果であるといえます。
また、トチュウに含まれる既知成分の中には、ゲニポシド酸のように抗腫瘍活性が報告されているものもありましたが、本研究では、がん幹細胞に対する阻害作用を示すと考えられる新規化合物が発見されました。これらの研究は、がん治療の発展に向けてこれから益々重要になると考えられる分野であり、Eucommicin Aのような新たな化合物の発見は、今後新たな薬剤の開発にもつながることが期待されます。

茨城大学農学部鈴木義人教授のコメント

天然物から活性のある低分子性化合物を単離・同定することを、俗に「ものとり」と呼びます。「ものとり」は活性を検出する良い検定系が確立したら半分は成功したようなものと言われます。今回の成果は梁先生の開発した検定系が絶対的に重要な意味を持っていますが、研究開始当初、横浜市立大学木原生物学研究所の所長をされていた吉田茂男先生が梁先生を紹介して下さったことが共同研究のきっかけとなりました。また、今回は、有限会社碧山園の協力を得て、製品化されている杜仲茶の乾燥粉末を提供してもらいました。最終的には30 gのトチュウ葉乾燥粉末から36 mgのEucommicin Aを単離することが出来ましたが、実際には100 g単位で何回か抽出し、精製方法等の検討を行いました。100 gの乾燥重量は、およそ1 kgの生葉に相当しますので、それだけの葉を有機溶媒中で粉砕して抽出するのに比べると、最初から粉砕されている乾燥粉末を用いることで効率的に実験を進めることができました。

【参考文献】
1) Isiguro、 K.、 Yamaki、 M.、 Takagi、 S.、 Ikeda、 Y.、 Kawakami、 K.、 Ito、 K.、 Nose、 T.、 1986. Studies on iridoid-related compounds. IV. Antitumor activity of iridoid aglycones. Chem. Pharm. Bull. 34、 2375–2379.
2) Ikemoto、 S.、 Sugimura、 K.、 Yoshida、 N.、 Yasumoto、 R.、 Wada、 S.、 Yamamoto、 K.、 Kishimoto、 T.、 2000. Antitumor effects of Scutellariae radix and its components baicalein、 baicalin、 and wogonin on bladder cancer cell lines. Urology 55、 951–955.

◆発表論文の情報
<論文タイトル>
Eucommicin A, a β-truxinate lignan from Eucommia ulmoides, is a selective inhibitor of cancer stem cells
<著者名>
Ayaka Fujiwara, Mayuko Nishi, Shigeo Yoshida, Morifumi Hasegawa, Chieko Yasuma, Akihide Ryo, and Yoshihito Suzuki
<雑誌名>
Phytochemistry
<掲載日>
2015年12月8日オンライン
2016年1月26日発行

【発表者】

茨城大学農学部教授鈴木 義人

tel029-888-8668 (fax:029-888-8668)

mailyoshihito.suzuki.chemeco@vc.ibaraki.ac.jp

横浜市立大学大学院医学研究科 微生物学教授梁 明秀

tel045-787-2600 (fax:045-787-2851)

mailaryo@yokohama-cu.ac.jp

【報道関係のお問い合わせ】

茨城大学 広報室(茨城県水戸市文京2-1-1)担当:山崎・加藤

tel029-228-8008 (fax:029-228-8019)

mailkoho-prg@ml.ibaraki.ac.jp

横浜市立大学 先端研究推進課長立石建

  • このエントリーをはてなブックマークに追加