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国際教養学部「教室セミナー」REPORT
弦楽四重奏からチームビルディングを学ぶ

横浜市立大学国際教養学部「社会理論ゼミ」で行われたユニークな授業「教室セミナー」のご紹介です。これは外部講師を招いた特別授業で、今回は、株式会社博報堂で組織開発やブランドマネジメント業務に携わる森泰規さんにお越しいただきました。

森さんは、博報堂における長いキャリアを通して、依然として大学で学んだ社会学の枠組みが有用であると言います。今回のセミナーは、弦楽四重奏のライブ実演を取り入れたユニークなものでしたが、この演奏実演付きプログラムも、「文化資本」という社会学の概念に深く結びついており、実際に業務サービスとして提供していると話しています。

大学で学ぶことがどう社会に生きるのかを考えるのは、意外に難しいもの。
渡會知子准教授(国際教養学部)主催によるこのセミナーは一つのヒントになります。参加学生の声と合わせてご覧ください。

目次

身近な関心から現代社会を掘り下げる

2024年1月17日、金沢八景キャンパス「いちょうの館 多目的ホール」において、国際教養学部「社会理論ゼミ」が定期的に行う外部講師を招いた「教室セミナー」が開催されました。社会理論とは、社会現象のさまざまな側面を理解し、解釈するために使用される枠組みのことで、社会学はもちろん、経済学、心理学、哲学など多分野の学問が関わります。

当日のゲスト講師は、株式会社博報堂ブランド・イノベーションデザイン局のビジネスプランニングディレクター森泰規さん。講義では、社会学をベースにしたレクチャーだけでなく、弦楽四重奏の実演を間近で観賞しながら行うユニークなワークショップも実施されました。

ここで改めて、社会学とは何か?
これは、人間の行為や文化と関連づけながら、社会の構造や機能について研究する学問分野のこと。テーマは、文化、経済、政治、教育、健康、福祉、ジェンダーなど多岐にわたります。
つまり、身のまわりの社会は、どのように成立したのか、どのように変化していくのかなどについて、各種データを踏まえて考える学問と考えていいでしょう。ゼミの学生も、音楽、化粧、アイデンティティ、対人関係、オタクや「推し」の文化など、身近な関心から現代社会を掘り下げて研究しているそうです。

「教室セミナー」を主催した国際教養学部の渡會知子准教授
ブルデューの「文化資本」を通じて実社会を見る

当日のセミナーは、前半「レクチャー編」、後半「ワークショップ編」の2部構成で行われました。
レクチャー編では、フランスの社会学者ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu,1930-2002) の考え方をベースに、企業組織やクリエイティブな働き方、主観的幸福度について考察する手法が語られました。

ブルデューは、私たちの「趣味」や「好み」が、社会的にどれくらい重要かを、大規模な調査によって明らかにした社会学者です。森さんにとっては学生時代からの研究対象。前半のレクチャーでは、本職であるブランドマネジメントの経験などを交えながら、後半のワークショップにつながる「文化資本」「ハビトゥス」「身体性」など、ブルデューにまつわる社会学的なキーワードを詳しく解説してくださいました。

個人の好みは、ほんとうに「個人的」か?
ゲスト講師は博報堂でビジネスプランニングディレクターを務める森泰規さん

ここでほんの少しだけ、レクチャーの内容をご紹介。

この日のキーワードは「文化資本」です。 文化資本とは、平たく言うと、文学や音楽やスポーツに親しむことで手に入れた文化的素養が、個人の「資本=強み」になるという考え方のことです。

森さんによると、実家にある本の数、家庭で流れていた音楽、外食や旅行をした経験など、幼少期からの体験がすべて、文化資本として蓄積していくといいます。

大人になって熱中する趣味も、実は、知らず知らずのうちに獲得してきた文化資本を前提にしていたり、また、仲良くなる人が似たような趣向の人だったり、その影響は大きいといいます。言われてみれば、確かに……という気がしてきます。

そうした私たちの行動の「前提」について考えることは、とても大切な社会学の視点だと森さんは言います。森さんは16世紀の画家、ブリューゲルの絵(「ネーデルランドの諺」1559年)をスライドで見せながら、こんな話をしてくれました。

「ここに描かれている人たちは、16世紀のネーデルランドで一般的だった何十ものことわざを表していると言われます。ところが、当時の規範を共有していない私たちは、人物の具体的な行為は見えているのに、その意味を読み解くことができません。」

つまり、対象を解釈する枠組みがなければ、目の前で起きている現象の意味を本当に読み解くことはできない。それは「データ」や「事実」と向き合うときも同様です。社会学的思考が実社会に生きてくるのは、まさにこの点だといえます。

レクチャー編では、「好きなアイスクリーム」や「幼少期のこと」を聞くペアワークなども行われた
真に個と組織をドライブするもの

森さんは、そうしたブルデューの考え方を本職であるマーケティングや組織のブランドマネジメントに活かしています。例えば、文化資本と組織のクリエイティビティ(創造性)の関係性を調査し、組織風土改革のコンサルティング業務に活かしているといいます。

また、文化資本と主観的幸福度(ウェルビーイング)に関する社会学的な調査結果も、詳しいデータとともに紹介されました。

ここからわかるのは、企業や大学など組織の風土は、さまざまな文化的バックグラウンドを持つ個人が集合して形づくられるということ。より多様で豊かな文化資本を備えた個人が集まる組織は、組織の創造性やウェルビーイングの増大にもつながる可能性が見えてきました。

社会学の理論はビジネスの世界でも役立つ

ポイントは、社会学の理論や発想法が、学術領域だけでなく、ビジネスの世界でも役立つということ。

社会学の発想のコアは、「人は経済合理性だけで生きるのではない」という人間観にあると、森さんは言います。「規範や好みなど、一見『非合理』に見えるものに突き動かされて人間は行動することがある」

「マーケティング調査など日々の仕事でも、社会学の理論的な知識があれば、どんな結果が出てもうろたえることなく整理し解釈することができます」

社会学的思考が企業や組織の課題発見・課題解決につながる可能性を現役社会人から具体的に提示され、学生たちも興味津々の様子でした。

弦楽四重奏にみる「共創型リーダーシップ」

後半はいよいよ、弦楽四重奏の実演を鑑賞しながら「参与観察」を行うワークショップです。会場となったホールの中央に、第一ヴァイオリン、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの奏者4名が登場。プロの音楽家が奏でる音色に学生たちの表情が明らかに高揚していきます。

プロの奏者が目の前で弦楽四重奏を奏でる

森さんは、普段の仕事でも企業のマネジメント層を対象に同様のワークショップを行っています。セミナーの後で、その狙いを次のように語ってくれました。

「今回の弦楽四重奏は、最小単位の社会を表すものです。場面場面でリーダーが入れ替わるアンサンブル(重奏)型組織というものをリアルに見てほしかったのです。指揮者にあたる社長が圧倒的リーダーである組織より、誰がリーダーだかわからないけれどまるで生き物のように変化し、目の前の状況に順応できる組織こそ強い。今回の弦楽四重奏でいえば、高速でリーダーが変わるので、誰がリーダーだかわからない。そんな共創型リーダーシップという理想型を、今回のワークショップから学んでほしいと思いました」

クラリネットという異物をカルテットがどう受け入れるか
後半はゲスト講師の森さんもクラリネット奏者として参加

さらに途中からは、ファシリテーターだった森さんもクラリネットの奏者として演奏に参加することに。ここにも今回のワークショップの狙いがありました。

「モーツァルトのクラリネット五重奏曲は、クラリネットという管楽器が発明されてできたゆえの作品なんです。弦楽四重奏曲という完成されたシステムに新しい道具(管楽器)という異物が加わったときに、カルテットに何が起こるのか……。クラリネット五重奏曲は、新しいアイデアを持った人を組織がどう生かし、仲間に加えていくかというメタファーでもあるわけです」(森さん)

演奏の後は、参加者全員によるディスカッションです。あらかじめ伝授されていた参与観察のコツをもとに、学生たちから面白い意見や考察が次々に出されました。また、終始朗らかな雰囲気で、教室が笑いに包まれるシーンが何度もありました。

他者と出会い、世界を広げる教室セミナー

今回の教室セミナーを企画した渡會准教授は、こうした自由なディスカッションにも、大切な狙いがあると言います。

「大学の授業というと、硬いイメージがあるかもしれません。でも私はいつも、教室セミナーが、ある種の『コンタクト・ゾーン』であってほしいと思ってやっています」

コンタクト・ゾーンとは、平たく言うと、「異なる人たちが出会う場」のことだといいます。

「今日も、学生だけでなく、教員、会社員、音楽家と、年齢も職業も違う人たちがワッと集まって、一緒に音楽を聴いたり、語り合ったりしました。そうやって、普段は出会わない人たちと出会い、交流する。そうすると自分の中の何かが変わります。世界が広がります。これまで気にしていなかったことにアンテナが立つようになります。普段、学生たちが学んでいる社会学の知識は、そうやって新たに体験したことを枠づけ、整理するときの力強い足場になります」

そして、次のように付け加えてくれました。「学生たちには、理論と実践、抽象と具体、知性と感性など、異なる世界の両方を行ったり来たりしながら、逞しくしなやかな視点を手に入れてほしいですね」

夕方の大学のキャンパスに、優雅な音色が鳴り響く

セミナーの最後は、お楽しみのミニコンサートです。ワークショップでは解説を交えて途切れ途切れになっていた曲の「完全版」を聴くことができました。曲目は、ショスタコーヴィッチの「弦楽四重奏曲第8番作品110」と、モーツァルトの「クラリネット五重奏曲K581」。

夕方の大学のキャンパスに、優雅な弦楽四重奏の音色が響き渡ります。

「大学での学びを風通しの良いものにしたい」という渡會准教授の想いのとおり、最後のミニコンサートには、他分野の先生や、他ゼミの学生、大学の事務スタッフなども招かれ、立ち寄った人たちみんなで貴重な生演奏に耳を傾けました。

社会学×感性×ビジネス ———教室を超えた、創造的な学びを

こうして幕を閉じた「教室セミナー」。セミナー終了後も、多くの学生が残って感想を語り合ったり、演奏者に話しかけたりしていたのが印象的でした。

一方、学びを超えた点では、コロナ禍でずっとできなかった対面の「教室セミナー」を開催できたのは、渡會准教授にとっても特別なことだったといいます。

「弦楽四重奏が始まった瞬間の音が降ってくる感覚は忘れられません。美しい音の波動を全身に浴びて、コロナ禍で奪われていたものを体感しました。少し大げさかもしれませんが、コロナ禍を経て、私たちが『身体性』を取り戻すための祝砲(ファンファーレ)にも聞こえましたね。学生たちには、この場で体験したことや感じたことを教室内だけで終わらせず、これからの人生を豊かにしていくための文化資本として活用してほしいと思います」

【学生の声】

目に見えない文化資本が大事になる
国際教養学部2年 小笠原おがさわら   滉   こうさん

ワークショップ編の弦楽四重奏は、演奏者の息づかいや弦と指がこすれる音なども体感できて、普段とはまったく違う音楽体験でした。普段、画面やスピーカーを通して音楽を聴きますが、それは音を情報として得ているだけだったのではないかとすら思いました。今日のテーマのひとつは「身体性」でしたが、現代人は、気付かないうちに、本当の意味での身体性を失ってしまっていたのではないか……そんなことを考えました。

またレクチャー編にあった「文化資本」は、虚学と実学の接合剤のような役割を果たすものだと、自分なりに考えました。渋沢栄一の『論語と算盤』のように、思想を体系立てた理論が数値を活用した統計の支えになり、実社会を回していく。目に見えてわかりやすい数字だけでなく、目に見えない文化資本こそが、これからの社会を考えていく上でますます重要になると感じました。

文化資本から日常の「選択」について考える
国際教養学部3年 北田きただ  なつき さん

私はずっと化粧やコスメに関心があって、卒論もそれについて書きたいと思っています。特に興味があるのは、「選択」です。

レクチャー編で、私たちの趣味や好みの選択は文化資本に条件づけられているというお話がありました。私はコスメを選ぶとき、意識的に「選んでいる」つもりですが、実は「選ばされている」のかもしれない。そんなことを考えました。ただ文化資本は、新しい体験をすることで変わるし、その変わった自分が、次の選択をします。そういう循環が、面白いと感じます。

私は社会学をやっていて、選択を、「変化する社会の中で・変化する私が選択をする」という動的なイメージで捉えています。広告やInstagramを目にすることで私たちがどう変わって、どんな選択をするのか。逆に、私たちの選択によって、広告がどう変わるのか。文化資本は、そんなテーマを追究する際にもヒントになると思いました。

社会で実際に社会学が使われていることに感動
国際教養学部4年 築舘つくだて  巧    たくみさん

少し講義の内容からは外れてしまいますが、今回のセミナーで一番に感じたことは、社会で実際に社会学が使われていることへの感動でした。渡會ゼミでは社会学、特に社会理論というものを学びます。社会理論とはかなり平たく言うと、たくさんの社会学者の考えを参考にして社会をじっくり見つめる学問です。

それを学んでいる僕自身、バイトなどの(社会に出た)際に「(社会理論は)理想論に過ぎないんじゃ」と悩む場面が多々あります。しかし、森さんは「趣味」が組織改革にとっていかに重要かを教えてくださいました。ハビトゥス(自分と他者を区別する、個人個人が所有する特性と資質の総体)は、まさに集団の雰囲気をつくり出していると僕も感じました。

一方で、そのハビトゥスによって他者(と、その「界隈」)を嫌い、攻撃する風潮があることも確かだと思います。特にSNSでは、「メンヘラ」がどうだ、「チー牛」がどうだ、女は、男は、などなど、ひっきりなしの争いが続いています。「◯◯を好きなことは理解できないけど、◯◯を好きな君は尊重するよ」という姿勢が重要なのではないかと感じました。ハビトゥスの違いによって自分と他者はどうしても離されてしまいます。しかし、その上でどう他者と自分が歩みよるかが重要であるように思いました。

この社会に「違和感を持ち続けること」が重要だと森さんもおしゃっていましたが、これが社会理論においても最も大事な要素だと痛感しました。

左から第一ヴァイオリン富井ちえりさん、第二ヴァイオリン大澤理菜子さん、ヴィオラ正田響子さん、チェロ松本亜優さん、クラリネット森泰規さん(ゲスト講師)

今回の「教室セミナー」で、学生たちは、社会学的な思考法が将来のビジネスでも役立つという大きな「気づき」を得ました。また、大学の内外の講師によるコラボレーションを通して、学問の面白さや奥深さにあらためて気づくと同時に、就職活動やキャリア形成のヒントも手に入れたようです。横浜市立大学では、こうした外部講師を招いたユニークな授業を積極的に取り入れています。

【講師プロフィール】

もり  泰規  やすのりさん
株式会社博報堂
ブランド・イノベーションデザイン局
ビジネスプランニングディレクター
1977年茨城県生まれ。東京大学文学部(社会学)卒業後、株式会社博報堂に入社。PR戦略、公共催事・展示会業務を経て、現在のブランドマネジメント・組織開発業務に至る。近年はヘルスケア、B2B、同族経営のクライアントや政府自治体のDX関連業務が多い。日本社会学会員・日本マーケティング学会員として講演・論文刊行も多数。クラリネットを生方正好、高橋知己の各氏に、室内楽を森下幸路、横山美里の各氏に師事し、クラリネット演奏に親しむほか、公演批評も手がけている。


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