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HOME > 教員からのメッセージ − At the Heart of YCU > 「転写制御」の研究を通じて、がんの根治療法への道を目指す - 緒方 一博 教授

「転写制御」の研究を通じて、がんの根治療法への道を目指す - 緒方 一博 教授

細胞が機能するための最初のステップ「転写制御」の分子機構研究

私の学問領域は生化学、つまり生命を化学のレベルで理解する学問分野です。テーマとしては『転写制御』を中心に研究を行っています。

生物は受精卵から細胞が分裂を繰り返し、肺、消化管、血液など様々な組織に分化することによって誕生します。細胞を未分化な幹細胞から各々の組織として機能する細胞に分化させる仕組みの根底をなすものが転写制御で、この機構が破綻すると細胞は分化異常をきたし、がんや奇形などの重大な疾患を引き起こします。

転写制御の中心的なプレーヤーは転写因子と呼ばれるタンパク質です。例えばiPS細胞を誘導する4つの因子は全て転写因子で、これらは分化した細胞を幹細胞に逆戻りさせる作用を持っています。転写因子はDNAに様々な組み合わせで結合して会合体を形成することによって、DNAに刻まれている遺伝情報を引き出し、細胞がどのような機能を果たすのかのいわば『運命』を決定するのです。


緒方 一博(おがた・かずひろ)
医学群 教授 生化学
 (学部)医学部医学科  (大学院)医学研究科 

私は学生時代から、複雑な生命現象を引き起こすタンパク質や核酸が、どのような機構で機能を発揮しているのかについて、物理化学の視点から解析してみたいという夢があり、医学生の時から有機・無機化学や量子物理化学、分子構造解析法などを勉強していました。

大学院でがん研究の一端に触れてからは、がん遺伝子産物で転写因子でもある分子の構造解析を試み、NMR法を用いてタンパク質とDNAとの複合体の三次元構造と構造の動的性質(揺らぎ)を明らかにしました。その後はX線結晶構造解析法などの分子構造解析手法を用いて、DNA上にいくつもの転写因子が結合した大きな複合体の構造を解明するとともに、分子機能実験も組み合わせて、がんなどで転写因子が変異(タンパク質のアミノ酸配列が変わってしまうこと)を起こすことによる転写制御異常について、その機構を明らかにしてきました。

転写因子の変異はがんにおける最も多い原因の一つであることが、現在までの研究から分かってきています。これまでの転写因子研究をがんなどの治療にどのように結び付けるかが大きな課題です。

正常な転写制御、そしてがん発生の機構研究から創薬へ

感染症や高血圧症、脂質異常症、糖尿病などのかつて人類の生命を脅かしていた疾患については、現在では薬物による治療法が確立されつつあります。しかしながら、がん、そしてアルツハイマー病やパーキンソン病に代表される神経変性疾患などについては、これまでの膨大な研究にもかかわらず、薬物による根治療法は未だ開発されておらず、症状を和らげたり(対症療法)、病気の進行を遅らせる治療(延命療法)に留まっています。一時的に効果を示す薬物があっても、いずれ効かなくなってしまうことが多いのが現状です。

その一つの理由は、転写因子が、一部の例外を除き、薬物の標的分子になっていないことにあると思われます。つまり、病気の原因となっているタンパク質が分かっても、それが転写因子であった場合は叩くすべがない。実際のところ、転写因子の働きや転写制御の機構についてはまだほとんど分かっておらず、がん細胞ではどこの制御がおかしくなっているのか、その実体がまだ不明なのが医学研究の現状なのです。つまり、人類の知恵でがんの治療薬を開発するためには、まずがん化の根本的な機構を解明しなければなりません。

最近の研究から、転写制御の仕組みが、実は細胞周期の制御機構とかなり類似していることが解明されつつあります。今年度から始まった文部科学省の研究プロジェクト「転写サイクル」では、この観点からの新たな研究展開が計画されておりCLOSE UP 1、私たちのこれまでの研究とも関連させつつ、転写制御の統合的理解を目指したいと考えています。研究を様々な視点から関連づけることで、各論に終わらない総論的な波及効果の高い研究成果につながることを期待しています。

CLOSE UP 1

核内での転写制御システムを研究する文部科学省科学研究プロジェクトが発足

細胞は遺伝情報としてのDNAを格納する核と、細胞外からくる細胞シグナル(特定の遺伝情報を引き出す指令など)を核に伝える場であるとともに、引き出された遺伝情報から細胞機能を営むタンパク質を合成する場でもある細胞質からなっています。細胞質での反応や現象についての研究は進んでいますが、核内についてはその多くが未解明です。

2012年から5年間実施予定の文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)「高精細アプローチで迫る転写サイクル機構の統一的理解」プロジェクトでは、この核内での転写制御システムについて、全国数拠点で研究が実施されます。緒方教授の研究室はその一拠点として、分子構造レベルでの研究が進めています。

研究室にて。写真は、核磁気共鳴装置(NMR)。
NMRの他、X線回折装置、原子間力顕微鏡(AFM)などを用いて転写制御因子の機能発現とその制御機構について分子構造レベルでの解析を行う。

未来の医療に貢献できる、医学部出身の研究者をぜひ育てたい

基礎研究は、医療の可能性を切り開く分野

医療は臨床医学と基礎医学によって支えられています。臨床医学では、個々の患者さんに対し、現状の医療レベルにおける最善の治療を行うことを目指しています。それに対し、基礎医学では、現状の医療レベルでは達成できない課題に取り組み、現在は不可能な治療を将来において可能にするための研究を行っています。

がん治療については、現状の臨床現場ではがん細胞を切り取ってしまう外科治療か、放射線や化学療法剤などでがん細胞を死滅させるしか手はありません。しかしこれらの治療法はいずれも正常な細胞あるいは組織ごとダメージを与えてしまい、組織欠損を引き起こし、さらに再発の危険性もあります。

そこで基礎医学研究において、がん細胞のみにダメージを与え、再発や治療抵抗性を生じさせない治療法が模索されているのです。がん細胞に特異的な治療法や再生医学が進歩することで、がんが根治可能な疾患になる日を目指して、基礎医学研究が日々進められています。

私たちが行っている分子構造レベルでの研究は、理学部や薬学部など医学部以外の出身者が多数研究に参画していますが、医学部出身者は医療の現場を直に体験していますので、医療レベルを少しでも向上させたいというモチベーションが高く、医学研究を推進する上で是非とも必要な存在です。医療へ還元するためにどのように切り込んでいくべきかという、医療と研究を結びつける視点がとても大切であると感じます。

欧米に比べCLOSE UP 2、日本では分子構造レベルでの研究に携わる医学部出身者は非常に少ないのが現状ですが、今後はもっと多くの医学部出身者がこの分野で活躍し、基礎研究を活性化させてほしいと思います。

CLOSE UP 2

分子構造レベルでの基礎医学研究を推進する海外の医学者

欧米では、タンパク質の折り畳み(フォールディング)に関わるシャペロンの構造を解明したPaul Siglerや、左巻きのZ型DNAを発見し遺伝子発現に重要な役割を果たしていることを証明したAlexander Richなど、傑出した医学部出身の基礎医学研究者が活躍しています。

臨床医でも医療レベルを向上させるための研究を

将来、基礎医学研究に携わらなくても、臨床医として研究マインド(研究を指向する探究心)をもった医療人になってもらいたい、と医学生の方々には常々話しています。医師として、どのような分野で活躍する場合でも、今の医療レベルを引き上げるための努力を惜しまないでほしいと。

日々、外来の患者さんを診断し、治療することそのものが、教科書通りに従っていればいいというものでは全くなく、これまでに勉強した知識や考え方を基にした応用力が要求されます。その意味で、診療活動も研究の一部であると言えるかもしれません。

また開業医であっても、臨床研究を行うことは充分可能だと思います。日頃の診療データを基に様々な観点から統計解析などを行い、患者さんに対してより良い治療方針を見出していくことも研究です。明日のよりよい医療のために、粘り強い努力を惜しまないでほしいのです。

学生の方々には積極的に行動し、論理的思考力を身につけてほしい

研究者の資質は主体的に学ぶ力があること

医学研究者に必要な資質は、現状の未解決な問題点を把握し、粘り強く研究を続け、医療をより高いレベルに引き上げたい、という強い意志です。その思いが常にあれば、目標に向かってモチベーションを維持し、ぶれずに研究を続けることができます。

そしてもう一つ大切なことは、幅広い学問分野の考え方を身に付けることです。具体的には、数学や物理、化学などの基本的な勉強を、場合によっては独学ででもやっていく必要があると思います。私も中学・高校時代からそれを意識して独学をしていましたし、大学でも理学部の研究室に出入りして、実験やセミナーにも参加して勉強しました。自分が将来行う研究にとって、今何を勉強しなければならないかを、常に考えることが大切だと思います。

大学での授業では、高校までとは違い、正解のない課題に取り組むための力を身に付けることが一つの重要な目的です。授業というのはあくまでも参考程度のものです。いつ教わった内容が根本的に覆るかもしれません。授業では真実を教わるのではなく、現時点で考えられる最も確からしいことを扱っているに過ぎません。その内容が絶対的に正しいという保証はどこにもないのです。それどころか、勉強を進めるとともに、私たち人類は、生物としてのヒトについて、まだほんの一端しか知り得ていないことに気づく筈です。

入学したばかりの学生さんが、医学部を卒業して活躍する頃には、授業で教わった内容から大きく学問は進歩していることでしょう。重要なポイントは、医学の知識よりも考え方、そして医療情報を得るためのスキル(リテラシー)を身につけることだと思います。

柔軟な論理力が求められるこれからの医療人

考え方を学ぶということは、すなわち研究を進める上で論理(ロジック)を大切にするということです。今何が問題になっているのか、問題を解決するためには何をどう進めればいいのか、得られた結果はこれまでの考え方で説明できるのか、もし予想通り行かなかった場合は他にどのような進め方があるのかなど、常に物事を論理的に考えながら実験を進めることが重要です。これは研究に限らず、臨床を含め、広く当てはまることだと思います。

医学分野では、大変複雑な系としての自然を対象として研究を進めることになりますので、私たちがいくら結果を論理的に予想して実験を進めたとしても、その多くは外れます。

しかし、研究内容を如何に綿密に考えるかによって、失敗した場合でもその結果から非常に多くのフィードバックを行うことができ、次の研究に活かせるようになると思います。

研究には才能が重要だという人もいるかもしれませんが、物事を論理的に考えるトレーニングを十分積んだ上で、敢えてこれまでの論理から逸脱するような方向性を考えてみる、そこから新たな概念が見えてくるかもしれません。

最近、入学してくる学生の方々を見ていると、特に進学校において、勉強の仕方が試験問題からパターン認識として解答を導くトレーニングに終始していることが多いように感じます。もともと優れた思考力を持っていた学生も、受験勉強を通して、考える力が失われているのではないかと危惧しています。

医学のように系が複雑でまだ未解明の部分が多い分野では、より良い考え方はあっても、正解は存在しません。ところが学生は授業内容から、問題と解答を関連づけようとします。学生の方々には、物事をパターンとしてとらえず、あらゆる角度から考える習慣をつけてもらいたいと思います。柔軟な論理力こそが、これからの医療人に求められる能力ではないでしょうか。

(2012.12.21 広報担当)

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