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有機超弾性結晶の発光クロミズム 〜小さな力で分子配列を変換し発光色の可逆制御を有機結晶で実現〜

2020.04.15
  • プレスリリース
  • 研究

有機超弾性結晶の発光クロミズム

〜小さな力で分子配列を変換し発光色の可逆制御を有機結晶で実現〜

横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科の高見澤研究室(高見澤 聡教授、佐々木俊之助教、坂元駿一修士)が、東京大学 生産技術研究所の務台俊樹助教らと共同で、超弾性*1に基づいて可逆的な発光クロミズム*2を示す有機結晶を見出しました。メカノクロミック発光*3を示す結晶は、圧力や擦りなどの機械的刺激を容易に検出可能なことから、各種スマート材料の開発を指向した研究が、近年、注目を集めています。これらの多くは機械的刺激に対して一方向かつ全体的に発光色が変化し、初期状態に戻すには別の刺激(加熱や再結晶など)が必要です。それに対し本研究で見出された化合物7Clの結晶は、結晶に与える負荷を変えることで可逆的かつ連続的な結晶—結晶相転移を起こして発光色を変えて初期状態に戻すことができ、さらに、2つの発光の割合を任意に制御可能という従来の材料にはない高い新規性を有します。本研究で報告した「超弾性発光クロミズム」は、これまでのメカノクロミック発光の概念を大きく拡張するもので、分子情報に基づく機械的センシングを実現する可能性を持っていると考えられます。
研究成果のポイント

  • 機械的刺激による擬弾性的な結晶相変化により発光色が変化する「超弾性発光クロミズム」を示す有機超弾性体を見いだした。
  • 分子性有機単結晶で超弾性発光クロミズムを初めて実証し、二色の発光の割合を任意に制御可能な新しい固体発光材料につながる成果を得た。
  • 超弾性とクロミズムを併せ持つ材料の開発の契機になるものと期待される。形状記憶合金で知られる超弾性体は原子性の金属固体であるためメカノクロミズムを示す超弾性体の基礎はこれまで知られておらず、本成果は化学的手法により超弾性の厳密な機械的変形性を有するクロミズム材料開拓に新しい指針を与え、化学的手法により高い設計性を持つ新しいセンシング材料開発を可能とするものである。

研究の内容

熱や光、圧力、気体物質などの外部刺激によって物質の色が可逆的に変化する現象をクロミズムとよび、肉眼または一般的な分光法により刺激を容易に検出可能なことから、センシングを始めとした各種スマート材料を指向した研究が以前から盛んにおこなわれてきました。なかでも「押す」「擦る」「切る」などの機械的刺激で発光特性が変化するメカノクロミック発光材料は、これら自然界で最も単純といえる刺激を高感度に検出できることから、近年特に注目を集めています。

有機結晶が示すメカノクロミック発光のメカニズムは、一般に、ある機械的刺激によって結晶からアモルファスあるいは別の結晶相に相転移し、材料全体の発光が変化するという二相モデルで説明されます(図1(a))。この場合、機械的刺激(刺激1)によって相転移は不可逆的に一方向に進行し、初期状態に戻すには加熱や再結晶など別の刺激(刺激2)を必要とします。一方、図1(b)のような機械的刺激を与えると発光色が変化し、刺激の除荷により自発的に初期状態に戻る材料は、1種類の刺激で発光が制御できることから有用性が高いと考えられますが、そのような例はいくつかの柔軟性結晶や、数万気圧(3〜10 GPa)という高い圧力下で観測される系などに限られます。

2-(2'-ヒドロキシフェニル)イミダゾ[1,2-a]ピリジン(HPIP)(図2(a))は、光照射により励起状態プロトン移動を起こして分子内電荷分離状態となり、ストークスシフト*4の大きな発光を示します。務台らの研究グループはこれまでに、HPIP[参考文献1]やその誘導体[参考文献2]が結晶多形依存型発光*5を示すことを報告してきました。一方、高見澤らの研究グループは2014年に、それまで特殊な合金についてのみ知られていた超弾性現象が、有機化合物でも発現することを世界で初めて報告しました[参考文献3]。

このような状況下、黄緑色および黄橙色の結晶多形依存型発光を示す発光を示す7-クロロ HPIP(7Cl,図2(b))について、黄緑色発光を示す結晶(YG,長さ約0.4 mm)の一端を接着剤で固定し、反対側を金属ジグで押し下げて圧力をかけました(図3(a,b))。その結果、結晶YGが超弾性を示して黄橙色に発光する新たな結晶相が生じ、X線結晶構造解析から結晶YOと一致しました。また圧力を取り除くことで自発的に結晶相YGのみの初期状態を回復したことから、このプロセスは可逆的であるといえます。結晶相界面の面指数*6は (1 20)YG//(120)YO(または(120)YG//(1 20) YO)で、曲げ角度の計算値(42.1°)は、顕微鏡による実測値(42°)とよく一致しました。結晶相YからYOへ転移する際、7Cl分子は68°(または61°および16°)回転し、さらに2.0 Å,1.9 Å変異することで最適化されたヘリンボーン型配列をとることが示唆されました(図3(c))。
 
以上7Clの結晶が示す「超弾性発光クロミズム」について報告しました。本系は超弾性という単一の刺激とその大きさで可逆的に制御できるところに第一の特徴があり、さらに連続的な結晶-結晶間の相変化を介して二色発光の存在比を実時間で任意かつ可逆的に制御可能である点に新規性があります。今後は、超弾性発光クロミズムを示す結晶の探索を引き続きおこなうとともに、より詳細な機構解析を進めたいと考えています。また、明確な結晶界面を示しながら発光色が変化するという分子情報に基づく発光挙動に注目し、微小な圧力や変位の検出など、新たな機械的センシングへの展開可能性を探っていきます。

本研究は、日本学術振興会 新学術領域研究ソフトクリスタル(JP17H06367, JP17H06368)、挑戦的研究(開拓)(JP17K19143)、基盤研究(C)(JP16K5743, JP19K05434)および横浜市立大学戦略的研究推進事業費(SK2810)の支援を受けて実施されました。

 図1.有機結晶のメカノクロミック発光のメカニズム。(a)二相変化型。発光1を示す結晶に刺激1を与えると、異なる相に変化し発光2を示す。続いて別の刺激2により初期状態(発光1)に戻る。(b)単一刺激・自発戻り型。初期状態(発光1)に刺激を与えると、その大きさに応じて発行2を示す相に変化する。刺激の除荷により自発的に初期状態に戻る。
図2.(a)2-(2'-ヒドロキシフェニル)イミダゾ[1,2-a]ピリジン(HPIP)および7-クロロ体(7Cl)の分子構造と、光照射による励起状態プロトン移動プロセス。(b)7Clが示す黄緑色(YG)および黄橙色(YO)の結晶多形依存型発光(スケールバー:400 μm)。
 
 図3.結晶YGの超弾性発光クロミズム。(a)UV (365 nm)照射下における、結晶YGの超弾性現象(スケールバー:100 μm)。(b)結晶YGの超弾性現象の模式図。(c)結晶相界面における分子配列の模式図。

発表論文

雑誌名: Nature Communications(オンライン版(オープンアクセス):4月14日)
論文タイトル: A Superelastochromic Crystal
著者: Toshiki Mutai,* Toshiyuki Sasaki, Shunichi Sakamoto, Isao Yoshikawa, Hirohiko Houjou, Satoshi Takamizawa*
DOI番号:10.1038/s41467-020-15663-5

参考文献

1. T. Mutai, H. Tomoda, T. Ohkawa, Y. Yabe, K. Araki, Switching of polymorph-dependent ESIPT luminescence of an imidazo[1,2-a]pyridine derivative. Angew. Chem. Int. Ed. 47, 9522–9524 (2008).

2. T. Mutai, H. Shoni, Y. Shigemitsu, K. Araki, Three-color polymorph-dependent luminescence: crystallographic analysis and theoretical study on excited-state intramolecular proton transfer (ESIPT) luminescence of cyano-substituted imidazo[1,2-a]pyridine. CrystEngComm 16, 3890–3895 (2014).

3. S. Takamizawa, Y. Miyamoto, Superelastic organic crystals, Angew. Chem. Int. Ed., 53, 6970–6973 (2014). プレスリリース

用語解説

*1 超弾性:機械的負荷によって結晶構造の変化ないしは応力誘起ドメインの配向変化を介して固体が変形し、除荷後に復元力を発生して自発的に元の形状に戻る固体物性。超弾性合金もしくは形状記憶合金の呼称で知られる金属の特性。特殊な合金でのみみられる特異な物理現象と考えられていたが、2014年に高見澤によって有機結晶における超弾性(有機超弾性)の発見が報告された [参考文献3]。

*2 発光クロミズム:熱や光、圧力、電場、溶媒蒸気などの外部からの刺激によって物質の発光特性が変化する現象。

*3 メカノクロミック発光:圧力をかける、すりつぶすなどの機械的刺激で固体中の分子集合構造を変えることで、固体発光特性が変化する現象。

*4 ストークスシフト:同一の電子遷移における、吸収極大波長と蛍光極大波長とのエネルギー差。

*5  結晶多形依存型発光:「結晶多形」とは、化学構造の同じ分子が異なる結晶構造を形成すること。結晶構造によって発光色や強度が異なるとき、これを「結晶多形依存型発光」という。

*6  面指数:結晶の単位格子において、結晶面を特定して表すための数字の組。

問い合わせ先

(内容に関するお問い合わせ)

生命ナノシステム科学研究科 
教授 高見澤 聡
Tel: 045-787-2187
Mail: staka@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、資料請求等)
 研究・産学連携推進課
Tel: 045-787-2527
Mail: kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp

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