YCU 横浜市立大学
search

ポリユビキチンによる柔軟でダイナミックな分子認識機構を解明 

2018.11.13
  • プレスリリース
  • 研究

ポリユビキチンによる柔軟でダイナミックな分子認識機構を解明

~科学雑誌『Scientific Reports』 に掲載~

横浜市立大学大学院生命医科学研究科の森次圭特任准教授、西羽美博士(現東北大学大学院情報科学研究科准教授)、稲荷山慶一、古林昌憲、木寺詔紀教授は、様々な細胞機能に重要な役割を果たしているポリユビキチン*1が柔軟に構造を変化させながら基質タンパク質を特異的に認識するダイナミックな分子認識機構を明らかにしました。

この研究の成果は、横浜市立大学鶴見キャンパスのスーパーコンピュータを用いた大規模な計算機シミュレーションによって得られました。ユビキチンが2つつながったジユビキチンとそれが特異的に認識するタンパク質であるユビキチン結合ドメイン(UBD)との複合体は、通常のタンパク質複合体に見られる1つの安定構造とは異なり、極めて多様な結合様式の集合体として存在していること(ダイナミックな分子認識機構)を見出しました。さらに、様々な基質タンパク質の特異性を決定する機構として知られているポリユビキチンの重合のしかた(リンケージ)が、どのようにしてこのようにダイナミックな分子認識機構の中で基質分子を見分けているのかを明らかにしました。

研究成果のポイント
〇スパコンを用いた大規模な計算機シミュレーションにより、ジユビキチンとユビキチン結合ドメインとの複合体の分子認識機構を明らかにした。
〇ポリユビキチン鎖の多様なリンケージにより、様々なユビキチン結合ドメインを特異的に認識する分子機構を見出した。

研究の背景

76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質ユビキチンは、重合してポリユビキチンとなり、タンパク質の修飾や、タンパク質との相互作用を通じて、タンパク質分解やDNA修復、シグナル伝達など多彩な細胞機能を担っています。ポリユビキチン鎖は、ユビキチンのC末端残基が他のユビキチンの7つのLys残基のひとつ、もしくはN末端残基の8通りのいずれかと共有結合(リンケージ)することで、多様な重合構造を形成します。異なるリンケージを持つポリユビキチンは、それぞれのリンケージの立体構造に対応した基質分子(ユビキチン結合ドメイン: UBD)と特異的に結合することで、異なった機能を発現します。ポリユビキチン鎖はリンケージの組み合わせによって多様なUBDとの特異的相互作用を実現すると考えられますが、その仕組みを理解するには、ポリユビキチン鎖の最小単位である2つのユビキチンが結合したタンパク質(ジユビキチン)とUBDとのタンパク質間相互作用のあり方をシミュレーションから知ることが鍵になると考え、本研究を行いました。

図1. 本研究で用いたジユビキチン/UBD(NZF)複合体の結晶構造。(a)K63ジユビキチン(青)/TAB2 NZF(シアン)(PDB: 2wwz)、(b)Linearジユビキチン/HOIL-1L NZF(PDB: 3b0a;赤)、(c)K33ジユビキチン/TRABID NZF1(PDB: 5af6;緑)。球で書かれた分子はジンクフィンガーに結合している亜鉛イオン。(b)と(c)にはTAB2 NZFを重ね書きした。
図1には、本研究で用いた3種類の異なったリンケージ[(a)K63、(b)Linear、(c)K33]を持つジユビキチンとその基質である異なったUBD(3種類のNZF (Npl4 zinc finger)ドメイン)との複合体の結晶構造を示しました。これら3種類のジユビキチンは、リンケージの違いによりそれぞれ2つのユビキチンが異なった配置をとることで、配列上相同で類似している各NZFドメインの違いを認識して特異的に結合し、異なる機能を発揮します。

研究の概要と成果

本研究では、図1(a)に示したK63ジユビキチンとその基質TAB2 NZFとの複合体を中心に、我々が開発したMultiscale Enhanced Sampling(MSES)法*2によるシミュレーションをスーパーコンピュータ上で行い(参考文献1)、複合体の形成過程の全体像を原子レベルの解像度で明らかにしました。その結果、K63ジユビキチン/TAB2 NZF複合体は、結晶構造解析で実験的に観察された複合体構造ばかりでなく、多様な結合構造をとる極めてダイナミックな分子認識機構を示すことを見出しました。

詳細を図2に示します。図2(a)は、構造分布を表現した図で、左下が実験的に観察された結晶構造にあたり、右上になるほど、ふたつのユビキチン間およびユビキチンとNZF間の配置がずれていることを示します。ふたつのユビキチン分子の配置については10Å近く、NZFドメインの配置は20Å近くまでずれた構造があり、それらが連続的につながった幅広い構造分布を持っていることが分かります。このように広い構造分布を持つにもかかわらず、完全に解離してしまうことはなく、結晶構造を中心に大きくゆらいでいました。一つの立体配置をとっているタンパク質複合体の結晶構造とはまったく異なる、ダイナミックな分子認識機構がはじめてシミュレーションによって明らかにされました。同様にMSES法を用いたシミュレーション研究で明らかとなった、強く結合する酵素/阻害タンパク質複合体(Barnase/Barstar複合体)では、一つの安定な構造が支配的なファネル型の構造分布をとることが明らかとなっており(参考文献2)、ジユビキチン複合体ではそれとはまったく異なる極めてダイナミックなものであることが分かりました。
 
図2. (a)MSES法により計算されたK63ジユビキチン/TAB2 NZF複合体の構造分布を2次元上にプロットした。横軸はジユビキチンに対するNZFドメインの結晶構造からのずれを表す指標(根平均二乗変位:RMSD)、縦軸はジユビキチンのRMSD。図内の番号は(c)で示した構造の位置を示す。(b)(a)のなかで2つのユビキチンに同時に結合しているものを取り出したもの。(c)シミュレーションにより得られた3個の代表構造。
このようなダイナミックな分子認識機構は、ジユビキチンというタンパク質のふたつの特質から生じています。一つ目は、図1に示したように、ジユビキチンではフレキシブルなリンカー(6残基のC末端コイルと長いリジン残基側鎖からなる)でユビキチンが結合されているために、2つのユビキチンの配置が固定されずに大きくゆらいで多様な構造をとること、二つ目は、ユビキチンとNZFドメインとの相互作用が弱いことです。単体のユビキチンはNZFドメインと100 μMを超える解離定数で弱く結合しますが、ジユビキチンは数μMから数10 μMの解離定数でより強く結合します。これはひとつでは弱くてもふたつの結合サイトがあればより強く結合できるためですが、ジユビキチンではふたつの結合サイトが大きく位置を変えることで、このようにダイナミックな分子認識機構が現れたと言えます。また、NZFドメインが完全に解離して離れていってしまわないことは、図2(b)に示したように、2つのユビキチンに同時に結合している確率が十分に高いことから理解できます。

ジユビキチンのリンケージに対応した基質の特異性がどのようにして現れるかは、同様にスーパーコンピュータによるシミュレーションによって調べました。まず、TAB2 NZFが異なったリンケージのジユビキチンに結合したらどうなるかを、図1に示した相同なNZFドメインの複合体に基づいた非天然の複合体モデル構造(Linearジユビキチン/ TAB2 NZFとK33ジユビキチン/ TAB2 NZF)のシミュレーションによって検証しました。その結果、ふたつの非天然複合体モデルは不安定であり、容易に解離してしまうことが分かりました。これは、これらのリンケージのジユビキチンの表面にはTAB2 NZFを正しく結合するために必要な相互作用をする残基がないことが原因でした。天然のLinearジユビキチン/HOIL-1L NZFとK33ジユビキチン/TRABID NZF1が、K63ジユビキチン/TAB2 NZFと同等の安定性を示すことをシミュレーションで確認したこととあわせて、ダイナミックな分子認識においても、1つの安定な立体配置をとる複合体と同様に複合体界面での相補的な相互作用が重要な役割を果たしていることが示されました。

上記は、異なったリンケージに現れる異なった相互作用面を使うモデルによる安定性の検証でしたが、さらに相互作用面をK63のものに維持したままリンケージのみをつなぎかえたモデルの安定性についてもシミュレーションで検証しました(linear、K6、K11、K48ジユビキチン)。その結果、全てが不安定化したことが確認されました。不安定化は、つなぎかえでリンカーが伸びきったため縮もうとした(linear、K11)、つなぎかえでリンカーに立体障害が生じた(K48)という原因によって起こっていました。一方、K6ジユビキチンでは、リンカーにつなぎかえで天然のK63よりも長さに余裕ができ、立体障害も起こらないにもかかわらず不安定化したのは、K63におけるリンカーの適切な長さが2つのユビキチン間の相互配置を最適に維持していることを示していると考えられました。

議論と今後の展開

ポリユビキチンがこのようにダイナミックな分子認識をもつ意義は何でしょうか。ひとつのリンケージに限ってもただひとつの基質タンパク質を認識するのではなく、様々な細胞機能のなかで多種類の基質を認識します。従って、1つの安定な立体配置をとる複合体での特異的な相互作用では多種類の認識が難しくなるため、このように弱い相互作用の集合という認識のあり方になっているのではないかと考えられます。さらに、ポリユビキチンは多くのシグナル伝達経路で足場タンパク質として働き、さらに液-液相分離によってタンパク質の濃縮をすることが明らかとなっています。細胞中の局所的な部位に特定のタンパク質を濃縮する足場のような役割をするのであれば、極めて特異的な一通りの結合様式をもつ酵素のような相互作用ではなく、ここで見られたようなダイナミックな認識がより適している可能性があります。

これからも、スーパーコンピュータによるシミュレーションを用いて、このようにダイナミックな分子機能発現過程をさらに多くの生物学の問題について研究していく予定です。

用語説明

*1 ポリユビキチン:76個のアミノ酸からなるユビキチンは、標的タンパク質の特定のリジン残基にそのC末端を結合させることで標的タンパク質を修飾し、その機能を制御する。多くの場合、ひとつのユビキチンではなく、多数のユビキチンが重合して形成されるポリユビキチンが標的タンパク質の修飾に用いられる。ポリユビキチンは、ユビキチンC末端のカルボキシル基ともうひとつのユビキチンの7つあるリジン残基のいずれか(K6, K11, K27, K29, K33, K48, K63)あるいはN末端のアミノ基(M1もしくはLinear)と結合することで形成される。ポリユビキチンは、様々なタンパク質との相互作用を介してマーカーや足場となることで、タンパク質分解、DNA修復、シグナル伝達など幅広い細胞機能に関わる重要な役割を果たす。

*2 MSES法:シミュレーションによってタンパク質の幅広い構造分布を計算する方法。アミノ酸をひとつの質点として簡単化した粗視化モデルと溶媒分子とタンパク質からなる全原子モデルを連成した方法で、大きなタンパク質の広い構造分布の同定に適している。

参考文献

1. Kei Moritsugu, Tohru Terada and Akinori Kidera, “Scalable Free Energy Calculation of Proteins via Multiscale Essential Sampling,” Journal of Chemical Physics (2010) 133: 224105.
2. Kei Moritsugu, Tohru Terada and Akinori Kidera, “Energy Landscape of All-Atom Protein-Protein Interactions Revealed by Multiscale Enhanced Sampling,” PLoS Computational Biology (2014) 10: e1003901.

論文著者、並びにタイトルなど

Dynamic recognition and linkage specificity in K63 di-ubiquitin and TAB2 NZF domain complex
Kei Moritsugu1, Hafumi Nishi1,2, Keiichi Inariyama1, Masanori Kobayashi1 & Akinori Kidera1
Scientific Reports.2018 Nov 7;8(1):16478. doi: 10.1038/s41598-018-34605-2.


1 横浜市立大学大学院生命医科学研究科
2 現所属:東北大学大学院情報科学研究科

 



(本資料の内容に関するお問い合わせ)
大学院生命医科学研究科 教授 木寺詔紀
TEL:045-508-7231
E-mail:kidera@yokohama-cu.ac.jp


(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp
  • このエントリーをはてなブックマークに追加