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生命医科学研究科 西村特任教授らの研究グループが髄芽腫の治療薬候補となる化合物を特定

2018.09.14
  • プレスリリース
  • 研究

髄芽腫の治療薬候補となる化合物を特定

~科学雑誌『Scientific Reports』 に掲載~

横浜市立大学大学院生命医科学研究科の栗田順一特任助教、平尾優佳特任助手、西村善文特任教授は、産業技術総合研究所の福西快文博士と、東京工業大学の中野洋文博士との共同研究で、小児の小脳に発生する悪性脳腫瘍である髄芽腫の治療薬候補となる化合物を見出しました。
発見に当たっては、in-silicoスクリーニングを用い、髄芽種の発症に関与しているタンパク質に結合する化合物をデータベースからスクリーニングし、NMRという特殊な分光器を用いてそのシグナルの変化から化合物による標的タンパク質との結合を観測しました。また候補化合物の髄芽種増殖阻害活性を三次元細胞培養により明らかにし、NMRのシグナルの変化のパターンとの活性相関を多変量解析により評価することで、活性化合物の特徴を明らかにしました。

研究成果のポイント

〇既存の神経疾患治療薬に髄芽腫細胞の増殖阻害活性が見られた。
〇当該化合物とターゲットタンパク質の相互作用の特徴を明らかにした。
○ドラッグリポジショニング、または新規リード化合物の可能性が期待される。

研究の背景

神経特異的な転写抑制因子RESTは共役因子であるmSin3と結合して非神経細胞や神経前駆細胞で神経遺伝子の発現を抑制するタンパク質で、神経になる前の細胞を維持しています。正常な神経細胞ではRESTの働きが抑えられ、神経に必要な約1000種類の遺伝子が発現して神経細胞が出来ます。逆に、神経細胞でRESTが過剰に発現したりあるいは発現したRESTが核内に移行したりすると正常な神経細胞ができなくなり、様々な神経疾患が生じます。中でも小児の重篤な神経がんである髄芽腫の発症が有名な例として報告されています。髄芽腫のような神経疾患でRESTと共役因子であるmSin3タンパク質との結合を阻害する化合物は治療につながると考え、本研究を行いました。

図1.REST(別称NRSF)は約1000種類の神経遺伝子(Naイオンチャネル、ミューオピオイド受容体、コリンアセチルトランスフェラーゼ、アセチルコリン受容体等)を特異的に抑制するタンパク質で共役因子のmSin3と結合して神経遺伝子のクロマチン構造を変化させて遺伝子の発現を抑制する。私達はRESTとmSin3Bの相互作用領域の構造を以前NMRで解析し報告した。

 

研究の概要と成果

化合物データベース(LigandBox, KEGG)からRESTとmSin3のPHドメイン複合体構造*1に基づくin-silicoスクリーニングを行うことで、既知の神経疾患治療薬を含む52種類の活性候補化合物を得ました。これら化合物を用いてNMRによりmSin3のPAH1ドメインへの結合親和性および髄芽腫の細胞増殖に対する阻害活性を調べました。
興味深いことに、抗うつ薬のセルトラリン、統合失調症治療薬のクロルプロチキセンや精神安定剤のクロルプロマジンの3種類がmSin3のPAH1ドメインに強く結合することが判明しました。さらにこれらの化合物の結合によって変化するNMRシグナル(化学シフト)の変化量を多変量解析し、髄芽腫の細胞増殖阻害との関連を見出しました。これらの活合物の化学構造は、これまで報告されていたREST-mSin3相互作用の阻害剤とは全く異なるものでした。

図2. 髄芽腫細胞(DAOY)増殖に対する阻害活性 セルトラリン(YN31)、クロルプロマジン(YN29)及びクロルプロチキセン (YN28) は比較的大きな増殖阻害活性を示した。
図3. 多変量解析(sPLS-DA)により、化合物の結合によるmSin3のPAH1ドメインのNMRのシグナルの変化と髄芽腫の細胞増殖阻害効果との相関を示している。髄芽腫の細胞増殖阻害活性を持つ化合物と活性を持たない化合物を分けることができ、髄芽腫の細胞増殖活性化合物の特徴をNMRのシグナルの変化として同定することができた。

図4. mSin3薬剤複合体モデル構造
a)PAH1-不活性化合物複合体(緑色)、PAH1-精神安定剤のクロルプロマジン複合体(オレンジ色、活性型)およびPAH1-抗うつ薬セルトラリン複合体(青色、活性型)の結合構造の重ね合わせ。計算にはPAH1の初期構造としてPDB ID: 2CZYを使用した。
b)PAH1-クロルプロマジン(右;PAH1骨格をオレンジ、PAH1のアミノ酸側鎖を赤、クロルプロマジンを黄色で表示)およびPAH1-セルトラリン(左;PAH1骨格を青、PAH1のアミノ酸側鎖を赤、セルトラリンを黄色で表示)の構造比較。
c)PAH1-クロルプロマジンおよびPAH1-セルトラリン複合体における薬剤とアミノ酸側鎖の相互作用の化学模式図。
 

今後の展開

今回見出した化合物により、髄芽腫のモデルマウスでの効果検証等を行い、増殖阻害活性の高いリード化合物の開発を進めたいと考えています。

※本研究の一部は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)」、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム)NMRプラットフォーム」の成果です。

参考文献

*1 Nomura, M., Uda-Tochio, H., Murai, K., Mori, N., and Nishimura, Y. The Neural Repressor NRSF/REST Binds the PAH1 Domain of the Sin3 Corepressor by Using its Distinct Short Hydrophobic Helix J. Mol. Biol., 354, 903-915 (2005).

用語説明

髄芽腫: 髄芽腫は、主に小児の小脳に発生する悪性脳腫瘍で、原因は不明ですが、増殖が速く、脳の他の部分や脊髄に広がりやすい傾向にあり、体の他の部分に転移することもあります。日本での発生率は年々減少傾向にありますが、小児脳腫瘍の12.0%と、小児では3番目に頻度の多い腫瘍です。

論文著者、ならびにタイトルなど

Sertraline, chlorprothixene, and chlorpromazine characteristically interact with the REST-binding site of the corepressor mSin3, showing medulloblastoma cell growth inhibitory activities
Jun-ichi Kuritaa, Yuuka Hiraoa, Hirofumi Nakanob, Yoshifumi Fukunishic, and Yoshifumi Nishimuraa
http://dx.doi.org/10.1038/s41598-018-31852-1

a 横浜市立大学 大学院生命医科学研究科
b 東京工業大学 科学技術創成研究院
c 産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
大学院生命医科学研究科 特任教授 西村善文
TEL:045-508-7211/7212
E-mail:nisimura@yokohama-cu.ac.jp


(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp
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