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異なる種間の交雑において発芽可能な種子を得ることに成功-木原 均、西山市三博士が提唱した極核活性化説を実証-

2017.12.22
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異なる種間の交雑において発芽可能な種子を得ることに成功-木原 均、西山市三博士が提唱した極核活性化説を実証-

~『The Plant Journal』に掲載~

横浜市立大学木原生物学研究所の殿崎 薫博士(日本学術振興会特別研究員)と木下 哲教授らのグループは、国立遺伝学研究所との共同研究により、栽培イネと野生イネの種間交雑で見られる種の障壁*1を、母親である栽培イネの倍数性*2を人為的に倍加させることによって打破し、発芽可能な種子の獲得に成功しました。この成果は、1930年代に木原 均博士らにより発案され、1978年に西山市三博士らによって提唱された、父親(精核)由来ゲノムと母親(極核)由来ゲノムの胚乳発生に対する効果の違いを説明した“極核活性化説(図1、文献1・2)”を、イネ属を用いて実験的に証明する結果となりました。さらに、父・母由来ゲノムの機能差(胚乳発生に対する効果の違い)の原因となっているインプリント遺伝子*3の発現が、種の障壁の打破と関連があることを示しました。今後は、種の障壁のさらに詳細な分子機構の解明を目指すとともに、他の作物の品種改良に貢献できる手法開発を進めたいと考えています。
研究成果のポイント 
〇培イネと野生イネの種間交雑で見られる種の障壁を、倍数性操作により打破
〇イネ属を用いて極核活性化説を実証
〇種の障壁の打破とインプリント遺伝子の発現に相関があることを示した
〇異なる種間の交雑を容易にし、作物、特に葉もの野菜などの品種改良への貢献に期待
図1.極核活性化説(左)と母親の倍数性操作による種の障壁の打破(右)

研究の背景

作物に近縁な野生種は病害虫抵抗性などの優れた性質を有することがあり、これを作物種と掛け合わせた品種改良が望まれています。しかし、異なる種間の掛け合わせでは種子の形成不全が起き、雑種の獲得は大変困難です(図1、文献3)。この現象は種の障壁(生殖隔離機構)と呼ばれます。我々の主食イネでも、栽培イネを母親に、アフリカに自生する野生イネ(学名:Oryza longistaminata)を父親にして種間交雑を行うと、胚乳が過剰に肥大して雑種種子は全て死んでしまいます。このような胚乳における種の障壁は、様々な植物種で観察されますが、その分子機構はあまり良く分かっていません。胚乳での種の障壁を克服し、異種間の交雑であっても正常に生育し、かつ長期保存が可能な種子を得る技術の確立が求められていました。
種間の掛け合わせで見られる胚乳発生異常は、種の組合せや交雑の方向性(どちらの種を父親または母親にするか)に応じて変化することから、一定の法則性があると想定されています。西山市三・木原均博士は、1930年代頃よりエン麦の仲間であるカラスムギ属を用いた種間交雑実験の結果から、母親(極核)は胚乳発生を“抑制”する効果を、父親(精核)は逆に“促進”する効果を持っており、正常な胚乳発生には両効果の均衡が保たれる必要があるという、“極核活性化説”を1970年代に提唱しています(図1)。しかしながら当時は、父・母ゲノムになぜそうした機能差があるのかの分子機構は良く分かっていませんでした。
木下哲教授らのグループでは、胚乳で見られる種の障壁の分子機構の解明を目指して研究を進めており、ゲノムインプリンティング*4と呼ばれるエピジェネティックな仕組みが父・母ゲノムの機能差(胚乳発生に対する相反する効果)を生み出していることを示してきました。胚乳発生の異常は、種間交雑だけでなく、同じ種内であっても倍数性の異なる両親間での交雑(倍数体間交雑)でも生じることが知られており、種間交雑と倍数体間交雑には共通した分子機構が関わっていると想定しています。そこで、今回の研究では倍数性の操作により種の障壁を打破することを試みました。

研究の内容と成果

これまでの研究から、倍数体間交雑において、母親の倍数性が上がると胚乳が“萎縮”するという、種間交雑とは逆の異常が生じることを見出しています(図2、文献4)。したがって、母親の倍数性を上昇させれば、種間交雑で生じる“過剰肥大”した胚乳を“萎縮”させ、胚乳の発達を正常化できるのではないかと考え、その検証実験を行いました。通常、栽培イネおよび野生イネは二倍体種ですが、倍数性を上昇させた四倍体の栽培イネ(学名:Oryza sativa)を母親に用い、野生イネ(Oryza longistaminata)との種間交雑を行いました。その結果、得られた雑種種子の98%が発芽し、その全てが発芽後も正常に生育しました(図2)。つまり、母方の種の倍数性を操作することで、父・母間で崩れていた均衡を修正して正常に発芽できる雑種種子を得る事に成功しました。さらには、母親特異的、父親特異的なインプリント遺伝子の発現も、胚乳発生異常と相関して異常を示すこと、種の障壁が打破される倍数性操作の交雑では、インプリント遺伝子の発現異常も回復していることなど、今後の分子機構解明への手がかりを見いだしています。
図2.異種間または倍数性を操作して交雑した場合のイネの種子の発達の様子 (栽培イネ= Oryza sativa、野生イネ= Oryza longistaminata)
今回の結果は、栽培イネと野生イネの種間交雑では、母親である栽培イネの“抑制”の効果が弱いために生じる胚乳の過剰肥大が、栽培イネのゲノムを倍加させた4倍体を使うことによって、母親の“抑制”効果が倍増され、父親である野生イネの”促進”効果との均衡を保てたために胚乳発生が成功したと説明できます。つまり、木原・西山博士が戦前から着目し、1978年に提唱した極核活性化説を、半世紀ぶりに木原生物学研究所においてイネ属を用いて実験的に実証したことになります。

今後の展開

種間交雑において倍数性を人為的に操作することにより種の障壁を克服できました。今後は更に研究を進めることで、長年明らかにされてこなかった胚乳で見られる種の障壁の分子機構に迫れると考えています。また、本研究成果を発展させることで、野生種などの異なる種間の交雑が容易となり、作物の品種改良への大きな貢献が期待されます。

用語説明

*1. 種の障壁:
異なる種間の交雑を妨げる仕組み。胚乳発生の異常だけでなく、花粉の認識など様々な障壁が知られています。

*2. 倍数性:
染色体セットをいくつ持っているかを示す概念。栽培イネおよび野生イネの多くは染色体2セットを持つ2倍体種です。

*3. インプリント遺伝子:
両親から受け継いだ遺伝子のうち、父親由来または、母親由来のどちらかが優先的に発現し、他方は発現が抑制されている遺伝子。インプリント遺伝子に異常が起こると、植物では種子の発達異常、ヒトではPrader-Willi症候群などの疾患が知られています。

*4. ゲノムインプリンティング:
「ゲノム刷り込み」とも言う。前述のインプリント遺伝子については片方の親から由来する遺伝子が優先的に発現することが知られています(片親性の遺伝子発現)。このような現象をゲノムインプリンティングと呼んでおり、DNAメチル化などエピジェネティックな修飾(目印)が親から子に伝わり、この修飾にしたがって植物の胚乳では片親性の遺伝子発現がみられます。

参考文献

1.   Kihara H and Nishiyama I (1932) Different compatibility in reciprocal crosses of Avena with special reference to tetraploid hybrids between hexaploid and diploid species. Japan. J. Bot. 6: 245-305.
2.   Nishiyama I and Yabuno T (1978) Causal relationship between the polar nuclei in double fertilization and interspecific cross-incompatibility in Avene. Cytologia 43: 453-466.
3.   Ishikawa R, Ohnishi T, Kinoshita Y, Eiguchi M, Kurata N and Kinoshita T (2011) Rice interspecies hybrids show precocious or delayed developmental transitions in the endosperm without change to the rate of syncytial nuclear division. Plant J. 65: 798-806.
4.   Sekine D, Ohnishi T, Furuumi H, Ono A, Yamada T, Kurata N and Kinoshita T (2013) Dissection of two major components of the post-zygotic hybridization barrier in rice endosperm. Plant J. 76: 792-799.


※本研究は、文部科学省科研費 新学術領域研究「植物新種誕生の原理」、JSPS科研費 特別研究員奨励費・若手研究(B)の支援を受けて遂行しました。

論文情報

Overcoming the species hybridization barrier by ploidy manipulation in the genus Oryza
Kaoru Tonosaki, Daisuke Sekine, Takayuki Ohnishi, Akemi Ono, Hiroyasu Furuumi, Nori Kurata and Tetsu Kinoshita
The Plant Journal, DOI: 10.1111/tpj.13803
(本資料の内容に関するお問い合わせ)
国際総合科学群 大学院生命ナノシステム科学研究科 生命環境システム科学専攻
木原生物学研究所
教授 木下 哲
TEL:045-820-2429
E-mail:tkinoshi@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL:045-787-2510
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