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強い炎症による傷害から肺組織を守る -糖代謝を促進して細胞のエネルギー不足を軽減-

2017.12.15
  • プレスリリース
  • 研究

強い炎症による傷害から肺組織を守る -糖代謝を促進して細胞のエネルギー不足を軽減-

~『The FASEB Journal』に掲載~

横浜市立大学 学術院医学群麻酔科学 東條健太郎助教、後藤隆久教授らの研究グループは、細胞の酸素センサー分子を阻害して解糖系*1によるエネルギー産生を促進することで、強い炎症による肺組織のエネルギー不足を軽減し,傷害から保護できることを明らかにしました。この発見は急性呼吸性促迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome: ARDS)*2に対する新たな治療アプローチとなる可能性があります。
研究成果のポイント 
〇酸素センサー分子を阻害することで、解糖系によるエネルギー産生を促進し、炎症によるエネルギー不足から肺胞上皮細胞が死ぬのを防ぐ結果、ARDSマウスの呼吸不全が改善した。
(図)ARDSでは強い炎症が生じるため、肺胞上皮細胞がミトコンドリアの機能不全によってエネルギー不足から細胞死に陥る。細胞の酸素センサー分子を薬剤で阻害することで、ミトコンドリアに依存しない解糖系によるエネルギー産生が増加した。その結果、肺胞上皮細胞をエネルギー不足から救い、ARDSマウスの呼吸不全を改善することができた。

研究の背景

急性呼吸促迫症候群(ARDS)とは、感染症や外傷をきっかけとした強い炎症によって、肺胞が破壊されて呼吸を正常に行えなくなる疾患で、死亡率は30%に及びます。これまでは主に抗炎症を目指した治療法が試みられてきましたが、臨床上,救命率を向上させるものはほとんどありません。このため本研究は、炎症を制御するのではなく、「強い炎症の中でも細胞が生き延びられるようにする」ことを目指して行いました。
ARDSにおける肺胞傷害の重要なメカニズムとして、強い炎症に伴い、ミトコンドリアの機能不全によってエネルギー不足に陥った肺胞上皮細胞が死ぬことが挙げられます。研究グループは、細胞のエネルギー代謝を司る分子の一つである低酸素誘導性因子(HIF)に注目しました。このHIFは酸素センサー分子プロリルヒドロキシラーゼ(PHD)の機能が阻害されることで活性化し、ミトコンドリアに依存せず、酸素を必要としない“解糖系”と呼ばれる反応経路による糖代謝を亢進させます。本研究では、肺胞上皮細胞の酸素センサー分子PHDを一時的に阻害し、解糖系によるエネルギー産生を促進することで、ARDSが引き起すエネルギー不足から細胞を救い、呼吸不全を改善することができるのではないかと考えました。

研究の内容

まず、単離した好中球と細菌の毒素を用いてARDSを再現した培養細胞モデルを構築した上で、PHD阻害薬DMOGが肺胞上皮細胞をエネルギー不足及び細胞死から保護できることを明らかにしました。さらに、このDMOGによる細胞保護効果は、HIF-1の活性化による解糖系の亢進を介していることを証明しました。また、この毒素をマウスの肺に投与するとARDSの症状を引き起こしARDSモデルマウスをつくることができます。その毒素投与前に、予めDMOGをマウスの肺内に投与しておくことで、肺組織のエネルギー代謝を改善し、呼吸不全を軽減させることに成功しました。
これらの結果から、「細胞の酸素センサー分子を阻害して解糖系によるエネルギー代謝を促進する」というアプローチは、エネルギー代謝の改善によるARDSに対する新たな治療法につながる可能性が示されました。

今後の展開

本研究は「エネルギー代謝の制御により、ARDSによる強い炎症の中でも細胞を生き延びられるようにできる」という新たな視点を提示し、解糖系という細胞のエネルギー代謝経路を活性化させることがARDSの新規治療アプローチになりうることを明らかにしました。本研究で用いた酸素センサー分子PHDの阻害薬は、現在慢性腎臓病における貧血の治療薬として、開発・治験が進められているところであり、それら薬剤のARDSへの治療応用が期待されます。今後、臨床応用を進めるにあたり、薬剤の種類、投与経路、投与タイミングについてのさらなる検討を行っていく予定です。

用語説明

*1 解糖系
ミトコンドリアに依存せずにグルコースからエネルギーを産生する代謝経路。酸素を必要とせず、グルコース1分子あたりのエネルギー産生効率は低いが、エネルギー産生速度は速いという特徴をもつ。

*2 急性呼吸性促迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome: ARDS)
感染症や外傷などの重症患者において強い炎症によって、呼吸に必要な肺胞が傷害され、重篤な急性呼吸不全を引き起す疾患。

掲載論文

Enhancement of glycolysis by inhibition of oxygen-sensing prolyl hydroxylases protects alveolar epithelial cells from acute lung injury
Kentaro Tojo, Nao Tamada, Yusuke Nagamine, Takuya Yazawa, Shuhei Ota and Takahisa Goto
The FASEB Journal, December 12, 2017, doi:10.1096/fj.201700888R

※本研究は、米科学誌『The FASEB Journal』に掲載されました。(米国12月12日付オンライン)
※本研究は、日本学術振興会の若手研究(B)、基盤研究(C)の研究成果です。
 (研究内容に関するお問い合わせ)
学術院医学群 麻酔科学 助教 東條 健太郎
TEL:045-787-2918
E-mail:ktojo@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-mail:kenki@yokohama-cu.ac.jp
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