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免疫学 田村智彦教授ら研究グループが、体の免疫やがんの増悪化に関与する細胞 「単球」 のできる仕組みを解明!

2013.01.18
  • プレスリリース
  • 研究
横浜市立大学学術院医学群免疫学の田村 智彦教授や黒滝 大翼助教らの研究グループは米国国立衛生研究所と共同で、全ゲノム規模解析手法やバイオインフォマティクス(*1)を駆使して転写因子IRF8とKLF4による単球産生の分子メカニズムを解明しました。本研究成果は米国の科学雑誌『Blood 』(平成25年1月14日オンライン版)に掲載されます。
☆研究成果のポイント
・単球と呼ばれる免疫細胞の分化・産生には、転写因子(*2)IRF8と、そのIRF8によって発現が誘導される別の転写因子KLF4が必須であることを発見(IRF8-KLF4転写因子カスケードの発見)
・IRF8が単球分化の際にエピジェネティック(*3)な制御を行うことを初めて示した
・単球は生体防御に重要である一方、がんや自己免疫疾患、動脈硬化の増悪にも関与することが知られており、今回解明した単球産生におけるIRF8-KLF4転写因子カスケードを制御することにより、疾患の新たな治療戦略の開発が期待される

研究の背景

単球は骨髄の造血幹細胞から産生される免疫細胞の一種です。単球は貪食細胞で、私たちの体に侵入してきた様々な病原体を食べて除去したり炎症を生じさせたりするのに重要ですが、単球の過剰な産生や活性化はがんや自己免疫疾患、動脈硬化を増悪させることも知られています。転写因子は細胞内で様々な遺伝子の発現を制御するタンパク質で、免疫細胞の分化にも重要な役割があることがわかってきました。しかし、単球の分化・産生がどのような転写因子によって調節されているのかについては不明な点がまだ多く残されています。

研究の内容と成果

本研究グループは、単球がその前駆細胞(単球のもとになる細胞)から分化・産生される際に、自然免疫細胞(*4)の分化に重要な転写因子IRF8がどのように働くかを調べるために、独自の試験管内マウス単球分化系を用い、全ゲノムクロマチン免疫沈降シークエンス法(ChIP-seq)(*5)とマイクロアレイ(*6)による解析を行いました。
その結果、IRF8はゲノムの様々な場所に結合し、単球に関連する遺伝子の発現を促進することがわかりました。しかもゲノムに結合したIRF8はヒストン修飾などエピジェネティックな変化をもたらし、遺伝子の発現制御に重要なエンハンサー(*7)の形成を導くことがわかりました。
さらに、どのような転写因子がIRF8の下流で働いているのかバイオインフォマティクス解析を行ったところ、iPS細胞の形成に重要な転写因子の1つでもあるKLF4が浮かび上がってきました。Klf4 遺伝子欠損マウスでは一部の単球が産生されないことが報告されています。
そこでIrf8 遺伝子欠損マウスを解析したところ、Klf4 遺伝子欠損マウスよりも重度の単球産生不全があることがわかりました。また、Irf8 遺伝子欠損マウス由来の単球前駆細胞ではKlf4 の発現が消失していました。
さらに、マイクロアレイを用いて詳細な解析を行い、KLF4がIRF8の下流の因子として作用し、IRF8による単球分化・産生メカニズムの一部を担っていることを明らかにしました(図1)。

図1.研究内容の概略

今後の展開

今回研究グループが発見したIRF8-KLF4転写因子カスケードにより制御される遺伝子を詳しく調べることで、単球産生の分子メカニズムの全貌が明らかになると考えられます。その結果、単球の産生や機能を人為的に制御することが可能になり、種々の疾患の新規治療法開発に繋がることが期待されます。
IRF8の異常はヒト原発性免疫不全症候群や慢性骨髄性白血病の原因の1つとしても知られています。今回の発見はそれらの疾患の病態や発症機序を理解するうえでも重要な知見であると考えられます。

用語解説
(*1)バイオインフォマティクス
 応用数学、統計学、計算機科学などを応用して生物・医学の問題を解こうとする学問あるいは手法。
(*2)転写因子
 遺伝子の発現を制御するDNA結合タンパク質。
(*3)エピジェネティック
DNA配列自体に変化はないが、DNAが巻き付いているヒストンと呼ばれるタンパク質がメチル化やアセチル化等の修飾を受けたり、DNAがメチル化されたりすること。遺伝子発現に大きな影響を与えます。
(*4)自然免疫細胞
自然免疫細胞は病原体が侵入してくると、真っ先に感染部位に駆けつけその病原体を食べたり、広がるのを防いだりする役割があります。また病原体を記憶し撃退するT細胞やB細胞(獲得免疫細胞)に病原体の情報を伝えることで、さらに強い免疫を誘導するのに重要な役割があります。
(*5)全ゲノムクロマチン免疫沈降シークエンス法(ChIP-seq)
30億塩基対(マウスは26億塩基対)あるゲノムのどの場所に転写因子が結合しているのかを調べる最新技術です。ヒストンの修飾の変化なども観察することができます。
(*6)マイクロアレイ
2万以上ある遺伝子の発現量を全て調べることができる技術です。遺伝子はメッセンジャーRNAが発現し(転写)、そこからタンパク質ができる(翻訳)ことで機能します。マイクロアレイではメッセンジャーRNAの量を調べることができます。
(*7)エンハンサー
遺伝子の発現はゲノムの様々な場所に存在する遺伝子発現制御領域に転写因子が結合することでうまく制御されています。この遺伝子発現制御領域には、遺伝子上流の比較的そばにあるもの(プロモーター)や遺伝子から離れた場所にあるもの(エンハンサー)があります。今回の発見ではIRF8が単球分化や機能に必要な遺伝子から離れた場所に結合し、ヒストンの修飾をもたらすことでエンハンサーが形成されることがわかったのです。

※ 本研究は、文部科学省科学研究費や横浜市立大学先端医科学研究センター研究開発プロジェクトなどの助成を受け、また文部科学省「イノベーションシステム整備事業 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」の一環として行なわれました。

※ 論文著者ならびにタイトルなど
Daisuke Kurotaki, Naoki Osato, Akira Nishiyama, Michio Yamamoto, Tatsuma Ban, Hideaki Sato, Jun Nakabayashi, Marina Umehara, Noriko Miyake, Naomichi Matsumoto, Masatoshi Nakazawa, Keiko Ozato, and Tomohiko Tamura: Essential role of the IRF8-KLF4 transcription factor cascade in murine monocyte differentiation. Blood. 2013 Jan 14. [Epub ahead of print]

お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
 ○公立大学法人横浜市立大学 学術院医学群 免疫学
  教授 田村 智彦
  TEL:045-787-2614 meneki@yokohama-cu.ac.jp
 
(取材対応窓口、資料請求など)
 ○公立大学法人横浜市立大学 先端医科学研究課
  立石 建
  TEL:045-787-2527 FAX:045-787-2509 sentan@yokohama-cu.ac.jp
 

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