YCU 横浜市立大学
search

国際総合科学群嶋田教授らの研究グループが植物が高温に適応するための新しい仕組みを発見!

2013.03.19
  • プレスリリース
  • 研究

概要

 学術院国際総合科学群・木原生物学研究所の嶋田幸久教授は、大阪府立大学大学院生命環境科学研究科の小泉望教授、三柴啓一郎准教授らとの共同研究によりモデル植物シロイヌナズナを用いて、多くの遺伝子のmRNA(注1)が環境ストレスにより分解されることを発見しました。
 生物はDNAの情報に基づいてmRNAを介してタンパク質を合成します。DNAからmRNAが合成される過程は生命活動の制御に重要なステップですが、2006年のノーベル賞の対象となったRNA干渉に代表されるmRNA分解による制御の重要性が近年、注目を集めています。
 細胞外に分泌されるタンパク質や細胞膜に運ばれるタンパク質は、人や植物などの真核生物の細胞内小器官である小胞体において合成されます。環境ストレス等により小胞体でのタンパク質の合成に不具合が生じると、防御応答として小胞体ストレス応答(注2)が起きます。この応答の中心的な働きをするセンサータンパク質(注3)であるIRE1はRNA分解酵素の活性を持ち、動物や酵母ではIRE1のさまざまな働きが知られています。
 同グループはモデル植物シロイヌナズナからIRE1を発見し、IRE1が細胞質スプライシング(注4)を介して小胞体ストレス応答を促す転写因子を活性化させることを報告してきましたが、今回の研究で、IRE1が高温などの環境ストレスに速やかに応答し、小胞体で合成されるタンパク質のmRNA(全遺伝子の約3分の1に相当)の多くを分解することを発見しました。この働きはmRNAを分解することで、ストレスによるタンパク質合成の不具合を未然に防ぐ仕組みであると考えられます。
 今回の発見は、動くことのできない植物が、高温などの環境変化に対応するための方策として、mRNAを積極的に分解していることを示したものです。植物の環境応答の分子メカニズムの解明が進むことで、環境ストレスに強い作物の品種改良のための理解が深まることが期待されます。
 なお、本研究成果は、米国アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』に3月18日(米国東部時間午後3時)にオンライン掲載されました。

背景と概要

 小胞体ストレス応答は、小胞体でのタンパク質合成の不具合に対応するための生体防御応答です。動物では人の神経性疾患や糖尿病と関連することなどから、小胞体ストレス応答がよく研究されています。小胞体ストレス応答が広く研究されている理由に、その分子メカニズムがユニークなことも挙げられます。IRE1は小胞体膜に存在するセンサータンパク質で、mRNAの細胞質スプライシングを介してbZIP型転写因子を活性化させ、小胞体から核へ情報を伝えます。細胞質スプライシングは、核で起こる通常のスプライシングとは全く異なり、IRE1が持つRNA分解酵素活性により触媒されます。動物のIRE1は、小胞体膜上のリボソームで合成されるタンパク質のmRNA分解も行うことが最近報告されており、RIDD(Regulated IRE1-Dependent Decay)と呼ばれています。さらに、動物のIRE1は小胞体ストレス応答が続くと誘導されるアポトーシス(プログラム細胞死)にも関与します。動物あるいは酵母と比べると、植物の小胞体ストレス応答に関しては不明な点が多くありますが、私たちのグループでは、モデル植物シロイヌナズナが2つのIRE1遺伝子(IRE1AとIRE1B)を持つこと、その両方が転写因子bZIP60 mRNAの細胞質スプライシングを触媒し、その結果、翻訳されたbZIP60が核に局在し、小胞体シャペロン等の転写を活性化することなどを明らかにしてきました。
 本研究では、IRE1AとIRE1B遺伝子を破壊したシロイヌナズナ(ire1a/b)が、野生株やbZIP60遺伝子を破壊した株(bzip60)よりも、小胞体ストレス誘導剤ツニカマイシン(Tm)依存的なプログラム細胞死を起こしやすいことを発見しました。つまり、IRE1がbZIP60 mRNAの細胞質スプライシング以外の機能を持つことが示唆されました。そこで、野生型とire1a/bのTm処理によるmRNAレベルの変動をマイクロアレイにより解析、比較したところ、野生型で見られるTm処理によるmRNAレベルの減少が、ire1a/b では認められませんでした。複数の遺伝子について定量的PCR法により詳細に解析したところ、Tmに加えて別の小胞体ストレス誘導剤であるDTTでもIRE1特異的なmRNAの分解が確認され、植物でもRIDDが起こることが実証されました。続いて転写阻害剤アクチノマイシンD存在下でマイクロアレイ解析を行ったところ、小胞体で合成されると考えられるタンパク質(全遺伝子の約3分の1に相当)のmRNAの、少なくとも半分以上がRIDDにより分解されると推定されました。さらにIRE1によるmRNA 分解(RIDD)と細胞質スプライシングが異なる制御を受けること、RIDDが熱ストレス(高温)でも起こることがわかりました。バイオインフォマクテクスの手法により公共データベースを解析した結果、熱ストレス(高温)により小胞体膜上で合成されるタンパク質のmRNAが広範囲に分解されることも示されました。

研究の成果と今後の展開

 IRE1は真核生物で広く保存されているタンパク質で、タンパク質キナーゼ、RNA分解酵素活性を有し、動物では転写因子をコードするmRNAの細胞質スプライシング、小胞体で合成されるタンパク質のmRNAの分解(RIDD)に加えて、細胞死の誘導など様々な機能を担う多機能タンパク質です。単細胞モデル真核生物の出芽酵母では、IRE1は唯一の受容体型タンパク質キナーゼで、多細胞生物で様々な役割を持つ受容体型タンパク質キナーゼの祖先とも言えます。植物のIRE1は本研究グループにより2001年に初めて報告されましたが、細胞質スプライシングの標的が分かったのは2011年です。
 植物のIRE1がmRNAの広範囲な分解に関わることを示したことが今回の研究の最も顕著な成果です。DNAの情報に基づいて合成されたmRNAは状況に応じて分解される必要があり、様々なmRNAの分解機構が近年、種々の生物で研究されていますが、環境ストレスに対して広範囲にmRNAが分解される機構は植物ではこれまで知られていませんでした。特に、動物とは異なり動くことの出来ない植物が高温下でmRNAを分解する仕組みを持つことは、大変興味深いと考えられます。地球環境の変動が懸念されていますが、植物や農作物の高温などの環境ストレスへの適応機能の解明は、将来的に環境ストレスに強い農作物の品種改良につながる可能性もあります。
 今年になってから、RIDDは出芽酵母では起こらないが分裂酵母では起こることが報告されました。この報告と本研究成果を合せて考えるとIRE1のもともとの機能はmRNA分解(RIDD)であり、細胞質スプライシングは進化の過程で獲得されたとも推定されます。つまり、本研究の成果により、小胞体ストレス応答から生物の進化を俯瞰できる可能性が示されました。今後は、細胞質スプライシングとRIDDを進化の観点から調べることも期待されます。
 IRE1を欠損することで、植物では小胞体ストレスによるプログラム細胞死が起こり易くなることが判ったことも、本研究の成果です。動物と植物では、プログラム細胞死の情報伝達機構は、かなり異なりますが、今後は植物で起こる小胞体ストレス応答依存的なプログラム細胞死のメカニズムに関して研究が進展することが期待されます。

用語説明

1)mRNA(メッセンジャーRNA)
遺伝子(DNA)の情報に基づき細胞内で合成される酵素などのタンパク質が生物の生命活動を支えています。実際には、ATGCの4文字からなる遺伝情報を保存しているDNAはRNAと呼ばれる分子に一旦変換され、そのRNAの情報に基づいてタンパク質が合成されます。DNAからRNAが出来る過程は「転写」、RNAからタンパク質ができる過程は「翻訳」と呼ばれます。RNAにはいろいろな種類がありますが、このようにタンパク質に翻訳されるRNAはメッセンジャー(伝令)RNA、略してmRNAと呼ばれます。

2)小胞体ストレス応答
小胞体は真核生物の細胞内に存在する細胞内小器官です。細胞外へ分泌されるタンパク質や細胞膜へ局在するタンパク質は、小胞体膜上の翻訳装置リボソームで合成され、小胞体内の中に入り、正しい立体構造を形成した後、目的の場所に運ばれます。しかし、様々な要因で小胞体内でのタンパク質の正しい立体構造の形成が阻害されると、細胞はその回避のために、例えばタンパク質の立体構造の形成を助ける分子を沢山作ります。このような細胞応答は小胞体ストレス応答と呼ばれ、その分子機構は酵母や動物を中心に近年、非常に活発に研究されています。

3)センサータンパク質
小胞体ストレス応答では、正しい構造を形成できないタンパク質が小胞体内に蓄積します。センサータンパク質は、その構造異常なタンパク質の蓄積をモニターし、その情報を下流に伝えることで、遺伝子発現などの細胞応答を引き起こします。哺乳動物の小胞体ストレス応答では3種類のセンサータンパク質が知られており、その1つがIRE1です。酵母ではIRE1が唯一のセンサータンパク質であることから、IRE1が真核生物における小胞体ストレス応答センサーの祖先と考えられます。

4)細胞質スプライシング
 真核生物の遺伝子(DNA)の多くはエキソンと呼ばれるタンパク質をコードする領域とイントロンと呼ばれるタンパク質をコードしない領域からなります。多くの遺伝子では、DNAから転写されたRNAはスプラシイングと呼ばれる制御を受け、イントロンが除去されエキソンが連結し成熟したmRNAとなります。通常スプラシイングは核内(のスプライセオソームと呼ばれるタンパク質とRNAの複合体)で起こりますが、細胞質に運ばれたmRNAの一部の領域がIRE1の活性により除去されます。この反応は通常のスプラシイングと区別するため「細胞質スプラシイング」と呼ばれます。現在のところ、植物で細胞質スプラシイングにより制御されることが知られている遺伝子は、私たちのグループが発見したbZIP60 だけです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加