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消化器内科 中島 淳教授らの研究グループが肥満による脂肪肝炎発症のメカニズムを解明 ~太っていると腸内細菌に過敏に反応して肝炎に~

2012.07.04
  • 大学からのお知らせ
  • 研究
横浜市立大学附属病院 消化器内科 中島 淳 教授、今城 健人 医師らの研究グループは大阪大学歯学部、順天堂大学医学部との共同研究によって肥満による肝臓の病気である脂肪肝から脂肪肝炎(非アルコール性脂肪肝炎)の発症原因として、通常健常人では肝炎を起こさないごく微量の腸内細菌毒素に過敏に反応して慢性肝炎を発症することを発見し、そのメカニズムは肥満により脂肪組織から多量に分泌されるホルモンであるレプチンによるものであることをつきとめ、これまでに知られていない全く新しい病気のメカニズムを解明しました。
脂肪肝患者は近年増加しており、我が国では推定1500万人もの患者がおり、これらの患者が将来慢性の肝炎、さらには肝硬変・肝臓がんへの病気の進行を予防する新しい治療法の開発が期待されます。

この研究成果は2012年7月3日(米国時間)発刊の米国科学専門誌『Cell Metabolism』に掲載されました。表紙に本研究の機序の図が採用されています。

研究の背景と目的

これまでお酒を多量に嗜むことがない方の脂肪肝(非アルコール性の脂肪肝疾患 Non Alcoholic Fatty Liver Disease: NAFLD)は病的意義がなく放置しても問題ないと考えられていましたが、近年このような脂肪肝から慢性肝炎、肝硬変、肝臓がんになることが明らかにされ欧米を中心とした肥満大国で当該疾患は医療現場で問題となっています。しかしながらこの非アルコール性脂肪肝炎(Non Alcoholic Steatohepatitis: NASH)は病気の原因も不明であり、簡便な診断方法もなく、また確実な治療法がないのが現状であり、自覚症状なく肝臓がんが発生して初めてわかることもあり、今後の患者の急増に対してその医療上の対策は急務であります。
我が国にはNAFLDは推定1000万人以上いるとされ、そのうち約2割がNASHとして慢性肝炎になると考えられています。この脂肪肝から脂肪肝炎になるメカニズムは、ウイルスでもなくアルコールでもないことから肥満・過食・運動不足などに加え、未解明のメカニズムによるものと考えられています。近年脂肪肝炎の発症には肥満により腸内細菌が肝臓に侵入して細菌毒素に暴露された肝臓が炎症をおこして慢性肝炎になると考えられるようになってきました。我々はNASH患者を診て、自覚症状もなく、腸に異常も無いのに肝臓に腸内細菌が肝炎を起こすほど多量に侵入するとは到底考えにくいと考え、逆に肥満による脂肪肝おいては腸から侵入してくるごくごく微量の細菌に対して過剰反応をするのではないかと仮説を立てて動物モデルで検討をするに至りました。

主要な研究成果

健康な肝臓では腸内から侵入してくるごくわずかの細菌毒素に関しては無反応で炎症をおこすことはないが、肥満状態では脂肪組織からホルモンの一種であるレプチンが多量に分泌され、肝臓のクッパー細胞(Kupffer細胞)上に転写因子の一種STAT3活性化を介して細菌内毒素(endotoxin)の共受容体CD14の発現を亢進させます。この結果肥満状態では通常は炎症をおこさないごくわずかの細菌毒素に対してCD14により過剰反応をきたしKupffer細胞は活性して炎症性サイトカインを産生し肝炎を発症することを明らかにしました。

研究方法と研究成果の意義

普通食で飼育したマウスにグラム陰性桿菌由来の内毒素(LPS)を肝炎が起こらないようなごく少量注射した群と、高脂肪食負荷で肥満、脂肪肝にしたマウスに同じ量のLPSを投与した群で比較検討したところ普通食群マウスでは肝障害も起こらず、長期のLPS投与でも肝臓の線維化も起こらなかったが、肥満マウスでは肝障害が起き、長期投与で肝臓の著明な線維化が形成されました。同じ検討をレプチン欠損した肥満マウスob/obで行ったところ、著明な肥満、脂肪肝があるのにかかわらずLPS投与で肝障害もおこらず長期投与で線維化も起こりませんでした。高脂肪投与した肥満マウスの脂肪肝では遺伝子発現の網羅的解析より普通食マウスに比べ肝臓のKupffer細胞上にCD14の発現が有意に増加しておりました。CD14のsiRNAを用いて高脂肪負荷肥満マウスの肝臓でCD14の発現を低下させるとLPSへの応答性が低下して肝障害が起きなくなりました。また、脂肪肝がない普通食負荷マウスに外因性にレプチンを注射すると肝臓でのCD14の発現が増加してLPS投与で肝障害が起こるようになりました。またこの機序はレプチン受容体(ObR)を介してSTAT3を活性化する経路を介していることをSTAT3阻害剤を用いて証明しました。
以上の研究結果より、高脂肪食などによる肥満では肝臓のKupffer細胞上のCD14が過剰発現して、その結果、通常では反応しないようなごく微量の細菌毒素に反応してサイトカインを産生して肝炎が生じること、また更には肝硬変に至ることが示唆されました、またこのCD14の発現増加は肥満による高レプチン血症によりレプチン受容体およびSTAT3を介した結果であることが示唆されました。

腸内細菌由来の内毒素(エンドトキシン)が肝炎を起こすことは指摘されていたが、今回の研究成果は肝臓そのものが細菌毒素に過剰反応するようになっていることを示したもので、これまで類似の報告はなく全く新しい機序解明であります。今後はそのメカニズムを応用した診断方法の開発や、新規治療法の開発につながることが期待されます。我が国のみならず先進各国で膨大な患者数がおり、今後ますます患者数が増加していくことを考えるとその医療上の意義は計り知れないと考えます。

今後の展開

肥満者の脂肪肝における細菌への過剰反応性のメカニズムに基づいた、非アルコール性脂肪肝炎の新しい診断方法や治療方法の開発。

特記すべき事項

本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)による「研究成果最適展開支援事業(A-STEP)本格研究開発 ハイリスク挑戦タイプ」の研究課程の一環として発見された研究成果です。

参考図

図1 非アルコール性脂肪肝疾患の病気の自然経過


図2 今回の発見の概略イラスト


図3 今回報告した機序



(上段)健康な肝臓では細菌毒素(LPS)に対する受容体CD14の発現が低く低用量の細菌毒素(Low-dose LPS)には反応しない。


(下段)肥満状態では脂肪組織からレプチンが分泌され肝臓のマクロファージであるKupffer細胞上にあるレプチン受容体(ObR)を活性化し、その下流のSTAT3を活性する結果、CD14の発現が増加して微量の細菌毒素にも応答できるようになる。
その結果Kupffer細胞は活性化して炎症性サイト間を産生して肝障害を発症させる。

論文について

“Hyperresponsivity to low-dose endotoxin during progressionto nonalcoholic steatohepatitis is regulated by leptin-mediated signaling.”
「非アルコール性脂肪肝炎の発症進展にはレプチン刺激による低用量エンドトキシンへの過剰応答性が重要な役割を果たしている」
Kento Imajo; Koji Fujita; Masato Yoneda; Yuichi Nozaki; Yuji Ogawa; Yoshiyasu Shinohara; Shingo Kato; Hironori Mawatari; Wataru Shibata; Hiroshi Kitani; Kenichi Ikejima; Hiroyuki Kirikoshi; Noriko Nakajima; Satoru Saito; Shiro Maeyama; Sumio Watanabe; Koichiro Wada; Atsushi Nakajima.  Cell Metabolism.  2012.

用語解説

慢性肝炎:肝炎ウイルスやアルコール性、薬剤性、自己免疫性など種々の原因により慢性に肝臓に炎症が起こり発症する。非常に長い経過で肝硬変や肝臓がんに進行する。近年ウイルスなどの明らかな病原体の関与が認められずに単に肥満しているだけで脂肪が肝臓に蓄積している脂肪肝患者から慢性肝炎(NASH)になることがわかってきた。

レプチン:脂肪組織から産生されるホルモンで食欲抑制作用を有する。食事をするとレプチンが産生され脳に働き食欲が低下する。しかしながら肥満者ではこのホルモンが何らかの理由で作用しなくなりレプチンが多量に分泌されているが食欲の抑制が起こらない高レプチン血症になっている。レプチンは細胞上の受容体ObRを活性化してその下流の転写因子であるSTAT3を活性化することが知られている。

LPS:リポポリサッカライド、細菌内毒素の一種。LPSを投与すると肝障害、肝炎をおこすことは昔から知られていた。LPSはその共受容体CD14の介在を経て自然免疫受容体TLR4を介して肝臓のマクロファージであるKupffer細胞を活性化させる。
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