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日本の電力消費効率とその改善可能性を評価

2023.06.01
  • TOPICS
  • 研究
  • 国際商学部

日本の電力消費効率とその改善可能性を評価

横浜市立大学国際商学部の大塚章弘准教授は、エネルギー効率を計測する方法を電力に適用し、電力消費効率の計測とその改善可能性を分析しました。電力消費効率は、確率フロンティア分析(SFA)*1の手法をもとに産業部門を対象として地域別に計測され、分析の結果、国のエネルギー政策の変更が電力消費効率を改善させたことを確認しました。
本研究成果は,Elsevierが発行するUtilities Policyに掲載されました。(2023年3月1日オンライン) 

研究背景
国際エネルギー機関(IEA)は、2040年における世界の一次エネルギー消費量は2018年比で約1.19倍になり、脱炭素政策を全て実行した場合に実現する値を大きく超過すると予測しています。それゆえ、温室効果ガス排出量を軽減するためのエネルギー効率の改善は多くの国で主要な政治目標となっています。日本は2021年にエネルギー基本計画が改訂され、2050年にカーボンニュートラルを達成することが目標とされました。その目標達成のために,再生可能エネルギーを主要な電源とし、化石燃料を削減することが決定されました。省エネ達成のための費用対効果の高い戦略を策定するためには、各セクターの省エネポテンシャルを計測することが有効となります。ある部門やある地域に省エネポテンシャルがある場合、どのようにエネルギー効率を高めることができるかが戦略課題となります。つまり、エネルギー消費を最適に削減するための重要なステップは、様々なセクターや地域におけるエネルギー節約の可能性と、その効率性を高めるための最適戦略を検討することです。

研究内容
本研究は、日本の産業部門における電力消費の非効率性の水準とその決定要因を明らかにすることを目的としたものです。電力消費の非効率性は、確率フロンティア分析(SFA)の手法を用いて分析されました。SFAとは、電力需要データをもとに、最も効率的な電力需要の水準を特定化するのに役立つ分析ツールです。この手法を活用することで、どういった社会経済的特性が電力消費の効率に影響を与えるのかについての洞察を得ることができます。つまり、本研究の貢献は、電力消費の効率に関する決定要因を特定化することで、政策担当者が、エネルギー効率を改善する方法を検討することが可能になる点です。政策担当者に対して多くの科学的知見を提供することは、エネルギー政策コスト全般の削減に直結します。

本研究では、こうした問題意識にもとづき、日本の産業部門の電力消費の効率性について、1990年から2015年の地域別部門別パネルデータを活用した実証分析を実施しました。その結果,以下の点が明らかになりました。

1)気候条件が電力消費の非効率性に負の影響を与える。
気候が厳しい地域では冷暖房需要が多い。そのような地域では空調の電力消費コストが高くなり、企業はコスト節約的な行動をとる誘因を持ちます。すなわち、気候が厳しい地域では、電力消費の非効率は低くなり電力使用の無駄が少なくなります。

2)事業所の規模が電力消費の非効率性に正の影響を与える。
従業員が多い事業所は広い作業空間や電子デバイス機器が必要となります。特にオフィスルームの増加は電力の共有利用を減少させるので、電力使用に無駄が発生しやすい可能性があります。

3)地域の工場比率が電力消費の非効率性に正の影響を与える。
日本の工場はオフィスと比較すると電化が相対的に進展していません。電化が進んでいない工場が地域に多く立地している場合、その地域ではエネルギー消費に無駄が生じている可能性が高いことになります。

4)事業所の密度が電力消費の非効率性に負の影響を与える。
企業集積は外部経済を通じて各事業所の生産性を上昇させます。この生産性上昇がエネルギー効率の上昇に結び付くことを示すことは既に多くの先行研究で判明しています。

5)地域の市場競争が電力消費の非効率性に負の影響を与える。
地域企業が競争市場に直面していると、コスト節約的な行動をとる誘因を持ちます。企業が電力を効率的に使用するようになる結果、地域全体の電力使用の無駄は少なくなります。

以上の知見を踏まえて、電力管内地域を対象として電力消費効率の水準を年代別に計測しました(表)。電力使用効率が高い地域は東京・関西・中国・四国・九州・沖縄です。これらの地域は電力消費の効率が高いため、節電可能性はあまり大きくありません。逆に、北海道と東北、北陸の値は電力消費の効率が低く、これらの地域では節電ポテンシャルが大きいことが分かりました。
表 産業部門における電力管内地域別の電力消費効率の水準
 電力管内地域  全期間  1990年代  2000年代  2010年代
 北海道 0.755  0.795 0.692 0.792
東北 0.774 0.793 0.759 0.768 
東京  0.995 0.993 0.996 0.997 
中部  0.852  0.871  0.857 0.811 
北陸  0.782  0.797  0.788  0.746 
関西 0.964 0.982  0.970  0.925 
中国 0.955 0.984 0.963  0.894 
四国 0.943 0.965  0.958 0.884 
九州 0.990 0.998 0.995  0.968 
沖縄 0.927 0.969 0.939 0.835
(注)値が1に近くなると、電力使用の効率が高いことを意味します。
さらに本研究では、東日本大震災に伴うエネルギー政策の変更が電力需要の効率性に影響を与えたかどうかを分析しました。分析の結果、エネルギー政策の変更が電力消費効率を改善させたことが明らかになりました。東日本大震災を契機として日本の原子力発電の大半が稼働を停止し、その結果、電気料金が高騰しました。さらにエネルギー基本計画の変更によって、電力の主力電源を再生可能エネルギーとする方向性が定まったため、今後、電気料金の上昇が継続する可能性が高いことが予想されます。本研究によれば,こうした国のエネルギー政策の変更は企業のコスト意識を高め、電力使用の無駄を少なくする可能性があることが推察されます。

今後の展開
本研究成果は、エネルギー効率向上を目的とした政策の費用対効果を高めるために利用することが可能です。特に、電力消費の効率を高めるためには、いかに企業のコスト意識を刺激するような外部環境を地方政府が整えるか,ということが重要な示唆となります。本研究で用いられた分析手法は産業部門以外の他のセクターに対しても適用することが可能であり、その意味で、他のセクターの電力消費の効率を評価することができます。

論文情報
タイトル: Industrial electricity consumption efficiency and energy policy in Japan
著者: Akihiro Otsuka
掲載雑誌: Utilities Policy
DOI:doi.org/10.1016/j.jup.2023.101519


用語説明
*1 確率フロンティア分析(Stochastic Frontier Analysis, SFA):
SFAは経済学の生産理論を利用したものであり、フロンティア関数が経済主体によって達成可能な最大のアウトプットレベルもしくは最小のコストレベルを与えるという考え方に基づく。ある生産活動におけるアウトプットを所与とした場合、観測される電力需要量と最小化された需要量の差が電力需要の非効率性として定義される。フロンティアは所与のアウトプットを達成するために生産活動が必要とする電力の最小レベルを与える。すなわち、電力需要フロンティア関数を推定することにより、生産活動におけるエネルギー利用の管理を効率的に行っている地域の電力需要を反映したベースラインの電力需要を推定することが可能になる。そして、SFAは、ある地域がフロンティア上にあるかどうかを判定することも可能になる。適用方法のオリジナルな説明は参考論文に記載がある。 
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