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植物の精細胞が「一皮むけた」瞬間を撮影 〜重複受精の精巧な仕組みの一端を明らかに〜

2023.01.31
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植物の精細胞が「一皮むけた」瞬間を撮影

〜重複受精の精巧な仕組みの一端を明らかに〜

横浜市立大学 木原生物学研究所 杉直也特任助教、泉理恵さん(当時大学院生)、 丸山大輔准教授を中心とする研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナを用いて、受精直前の準備段階で精細胞に起こる変化を撮影することに成功しました(図1)。

種子を作る多くの植物の精細胞は、自ら泳ぐことができない代わりに内部形質膜という一重膜に覆われて花粉管の内部を輸送されます。花粉管から放出された精細胞は受精相手の細胞と直接接触できるよう、内部形質膜を素早く脱ぎ捨てると推測されてきましたが、実際にその瞬間を捉えた報告はありませんでした。本研究では、取り出した生殖組織を顕微鏡下で受精させ生きたまま撮影するライブイメージング技術を利用し、精細胞が花粉管から放出されるとすぐに内部形質膜が断片化してはがれることを明らかにしました。この知見は精妙な受精の仕組みの解明につながるもので、有用な植物を作出する技術の開発に役立つことが期待されます。

本研究成果は、植物専門誌「Frontiers in Plant Science」に掲載されました。(2023年1月26日)


ー(動画)Sugi et al., 2023 Front. Plant Sci.より改変
 研究成果のポイント

花粉管からの精細胞放出直後に内部形質膜が断片化して崩壊する瞬間の撮影に成功

・ 輸送中の精細胞では内部形質膜の崩壊が抑制される

 内部形質膜の変化の様子が示されたことで精細胞の活性化機構の全容解明に貢献
図1 受精直前の精細胞裸出
上:伸長中の花粉管における精細胞。2つ1組がまとめて内部形質膜で覆われ、先端へ輸送される。

下:胚珠に放出された受精直前の精細胞。内部形質膜が崩壊した後、裸出した精細胞が活性化、卵細胞または中央細胞に接着、融合を経て受精完了する。

研究背景

私たちの食べる穀類や果物の生産や、異種交配から新品種を作る育種において,花を咲かせる植物の受精は欠かせない現象です。種子の元となるメス組織(胚珠*1)には、卵細胞、中央細胞という受精ができる細胞が2つあります。これらが花粉管によって運ばれる2つの精細胞と受精して種子発達が開始します。約10年前、この植物独自の重複受精において、2組の受精がほぼ同時に起きることがシロイヌナズナのライブイメージング観察から明らかとなりました(参考文献1)。それによると、花粉管放出後の精細胞は約9秒で卵細胞と中央細胞の間に到達し、わずか7分ほどで重複受精を完了します。この迅速な受精の様子から、花粉管の中で精細胞を覆っていた内部形質膜も、精細胞放出の前後で崩壊すると推測されていましたが、詳細は不明でした。

研究内容

丸山准教授の研究グループでは、蛍光タンパク質で内部形質膜を可視化した花粉管と取り出した胚珠を共培養し、顕微鏡下で受精の様子を観察しました。花粉管の中の精細胞は内部形質膜にきちんと覆われていた一方、精細胞放出後1分の時点では断片化した内部形質膜が剥がれ落ちた様子が捉えられました(図2)。さらに、すぐに精細胞放出をしてしまうanx1 anx2二重変異体を培地上で観察することで、伸び始めた花粉管から放出された内部形質膜の断片化の様子を鮮明に撮影しました。興味深いことに、精細胞が内に留まり細胞質の一部の細胞質が外に漏れた場合の花粉では、内部形質膜に変化が見られませんでした。以上の観察から内部形質膜は、精細胞が花粉管を輸送される間は安定しているのに対し、花粉管から放出された瞬間に急激に不安定化するという、厳密な崩壊タイミングの制御を受けていることが推測されました。
図2 受精直前の精細胞裸出
左:花粉内の細胞核(マゼンタ)と内部形質膜()。
右:胚珠内で花粉管が破裂した1分後には精細胞核(矢尻)から剥がれ断片化した内部形質膜(⋆)が観察された。
 

今後の展開

受精前の精細胞は、卵細胞から分泌される情報分子の刺激を受けることで受精可能な状態になると言われてきました(参考文献2)。内部形質膜の崩壊を伴う精細胞の速やかな裸出は、この精細胞活性化を促進するとともに、融合する卵細胞や中央細胞と直接的に接触できる状態を作り出す受精に重要な準備過程といえます。今回、内部形質膜の変化の様子が示されたことで、精細胞活性化の全容解明が進むでしょう。この活性化に関わる一部因子は半数体育種法*2の標的として近年注目されており(参考文献3)、今後、本成果が有用な植物を作出する技術の開発に役立つと期待されます。 

用語説明

*1 胚珠:被子植物の雌しべの中にある組織で、受精後に種子になる。卵細胞や中央細胞と いう配偶子を含む多細胞で構成される。

*2 半数体育種法:有用な性質を持つ品種の遺伝子を、次世代以降も安定して出現させるためには適切な染色体対を揃える必要がある。古典的な方法では何度も世代を重ねて選抜が必要なところ、半数体育種法では一度、染色体の数を半減させた世代をつくって必要な染色体をもつ個体を選んだ上で、染色体数を戻すことで高速に目的の植物を得ることができる。
 

研究費

本研究は、科学研究費助成事業(JP19H04869, JP20K21432, JP20H05778, JP20H05781, JP22K15145, JP22H05172, JP22H05175)の支援を受けて実施されました。 

論文情報

タイトル: Removal of the endoplasma membrane upon sperm cell activation after pollen tube discharge (花粉管放出後の精細胞活性化時における内部形質膜の除去)
著者: 杉 直也、泉 理恵、友実 駿、須崎 大地、木下 哲、丸山 大輔
掲載雑誌: Frontiers in Plant Science
DOI: 10.3389/fpls.2023.1116289

 

参考文献など

1. Hamamura, Y. et al., (2011) Live-cell imaging reveals the dynamics of two sperm cells during double fertilization in Arabidopsis thaliana. Current Biology 21: 497–502. https://doi.org/10.1016/j.cub.2011.02.013
2. Sprunck, S., (2019) Twice the fun, double the trouble: gamete interactions in flowering plants. Current Opinion in Plant Biology 53: 106–116. https://doi.org/10.1016/j.pbi.2019.11.003
3. Zhong, Y. et al., (2020) A DMP-triggered in vivo maternal haploid induction system in the dicotyledonous Arabidopsis. 6: 466–472. https://doi.org/10.1038/s41477-020-0658-7
 

問い合わせ先

横浜市立大学  広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

 

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