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【論文掲載】母子家庭と子どもの不十分な予防接種との関連性について

2022.04.14
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母子家庭では子どもの予防接種が不十分になるリスクが高い可能性を示唆ーエコチル調査のデータ活用ー

横浜市立大学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻 修士課程の黒田浩行さん(論文掲載当時の所属)、後藤温教授、同大学院医学研究科 伊藤秀一教授らの研究グループは、エコチル調査*1のアンケート結果に基づいて、母子家庭*2と子どもの不十分な予防接種*3との関連について調査を行い、その成果を報告しました。
本研究成果は、シュプリンガー・ネイチャー発行の学術誌「BMC Public Health」に掲載されました。

研究背景

予防接種は子どもの健康を守る上で欠かせないものであり、世界中で毎年200~300万人の子どもの死亡を予防しているといわれています。本邦の予防接種には、予防接種法に基づき公費負担で行われる定期接種(勧奨接種)ワクチン*4と、自己負担で行われる任意接種ワクチン*5があります。定期接種ワクチンはすべての子どもに接種することが推奨されています。日本では、一つひとつの定期接種ワクチン接種率は90%を超えています。一方で、一人ひとりの子どもが全てのワクチンをもれなく接種できているかについては、十分な検討がなされていませんでした。
本邦の母子家庭はOECD(経済協力開発機構)加盟国と比較して、貧困率と母親の就業率がともに高いことが知られています。これらの社会経済的な要因を考えると、母子家庭では子どもの予防接種が不十分になるリスクが高い可能性があります。実際に過去の研究でひとり親家庭は子どもの不十分な予防接種と関連する因子として報告されています。しかし、これらの研究は参加人数が少なく、明確な結論は出ていませんでした。

研究内容

本研究では、エコチル調査のアンケート回答において、家庭状況や子どもの予防接種状況に関する質問項目に回答のあった82,462人の子どもとその家庭を、今回の分析の対象としました。分析の対象とした82,462人の子どものうち、3,188人が母子家庭、79,274人がふたり親家庭でした。予防接種が不十分な2歳時の子どもの割合は、それぞれ1,053/3,188人 (33.0%)、16,901/79,274人 (21.3%)でした。母親の年齢と教育歴で調整後、ふたり親家庭と比べて母子家庭では不十分な予防接種のリスクが1.34倍 (95%信頼区間*6 1.27~1.41) という結果になりました。(図1)
(図1)ふたり親家庭および母子家庭において、2歳時に子どもの予防接種が不十分であった割合(%)。図上部には、母親の年齢と教育歴で調整後、ふたり親家庭に対して母子家庭で何倍予防接種が不十分となったか、リスク比を示しています。
母子家庭そのものが不十分な予防接種の原因でなくても、母親の年齢や教育歴以外にもふたり親家庭と母子家庭の間で異なる属性があると、母子家庭において不十分な予防接種のリスクが高いようにみえてしまうかもしれません。そこで、そのような属性の違いにより今回の推定結果が説明できるかについて検討するために、追加の分析を行いました。その結果、ふたり親家庭と母子家庭の間に母親の年齢や教育歴以外の属性の違いがあったとしても、今回の推定結果を完全に説明することは考えにくいと思われました。
また、同じ母子家庭であっても、母親の年齢によって、母子家庭と不十分なワクチン接種との関係が変わるかもしれないと推測し、母親の年齢別に家庭状況と子どもの不十分な予防接種のリスクを検討しました。その結果、どの年齢層においても、ふたり親家庭に比べると母子家庭においての子どもの不十分な予防接種のリスクは上昇していることが分かりました。(図2)
(図2)家庭状況と、母親の年齢の組み合わせを用いた比較の結果。ふたり親家庭で母親が35歳以上のグループを基準とし、リスク比を示しています。
さらに、母子家庭においては世帯収入が低いことが知られていることから、母子家庭であることは、世帯収入が低いことをどの程度介して不十分な予防接種リスクの上昇と関連しているのかについて調べるために、媒介分析*7とよばれる手法を用いて検討しました。その結果、母子家庭と子どもの不十分な予防接種の関連のうち、10.5%が世帯収入によって媒介されていると推定されました (95%信頼区間 9.9~11.0%) 。

今後の展開

今回の研究結果では、どの年齢層においても母子家庭が子どもの不十分な予防接種のリスク上昇と関連していることが分かりました。また、どの年齢層においても、母子家庭で子どもの不十分な予防接種のリスクが上昇していました。さらに、この関連のうち約10%が世帯収入によって媒介されると推定されました。
本研究の限界として、子どもの予防接種状況などのデータは、自己記入式の質問票から収集されているため、申告内容が実際と異なる可能性があります。
今回の研究結果は、母子家庭と子どもの予防接種との関連において世帯収入の媒介効果が高くないということは、母子家庭における子どもの予防接種率を改善するためには、経済的支援以外に、労働条件も含めた母子家庭の社会環境を改善することの重要性を示唆しています。前述の通り、本邦の母子家庭は貧困率だけでなく、母親の就業率も高いことが知られています。したがって、母子家庭において子どもの予防接種が不十分になる要因は、貧困だけでなく、家庭と仕事の両立による母親の多忙さが関与している可能性もあります。母親の労働条件の改善とともに、子どもの健康管理のための有給休暇の制度化、母親の職場での予防接種プログラムなど、予防接種へのアクセス向上のための仕組み作りも必要です。

論文情報

掲載誌:BMC Public Health 22, 117 (2022).
論文タイトル:Association between a single mother family and childhood undervaccination, and mediating effect of household income: a nationwide, prospective birth cohort from the Japan Environment and Children’s Study (JECS).
著者:Hiroyuki Kuroda, Atsushi Goto, Chihiro Kawakami, Kouji Yamamoto, Shuichi Ito & Japan Environment and Children’s Study (JECS) Group
DOI:https://doi.org/10.1186/s12889-022-12511-7

用語説明

1 エコチル調査:胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査。 https://www.env.go.jp/chemi/ceh/

2 母子家庭:本研究では、母親の婚姻状況が未婚、離婚、死別である家庭を母子家庭と定義。そのため、兄弟、祖父母などパートナー以外の方と同居していても、母子家庭と定義。

3 子どもの不十分な予防接種:本研究では、2歳までに接種が行われる定期接種ワクチンを対象とし、2歳時のアンケート調査において一つでも接種が不十分なワクチンがあった場合を、不十分な予防接種と定義。

4 定期接種:予防接種法に基づき公費負担で行われるワクチン接種。本研究に参加者が登録された2014年3月の時点では、ヒブ、肺炎球菌、4種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ)、BCG、麻疹、風疹ワクチンが2歳までに接種する定期接種ワクチンだった。2022年2月時点では、水痘、B型肝炎、ロタウイルスワクチンが追加。また、2歳以降の小児期に接種する定期接種ワクチンとして、日本脳炎、ヒトパピローマウイルスワクチンもある。

5 任意接種:自己負担で行われるワクチン接種。主なものにおたふくかぜ、インフルエンザウイルスワクチンなどがある。

6 95%信頼区間:真値(知りたい値)を推定するにあたり、95%の確率で真値を捉えると考えられる区間のこと。

7 媒介分析:ある二つの因子の因果関係を考える際に、その因果関係の中間にある因子がどの程度関与しているか(媒介しているか)を分析する手法。本研究では、母子家庭だと世帯年収が減少し、それによって子どもの予防接種が不十分になるのでは、という仮説を設定し、母親の婚姻状況と子どもの予防接種との因果関係を、世帯年収がどの程度媒介するか検討。

問い合わせ先

横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp


 

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