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世界初の“一細胞ネイティブ質量分析”に成功

2021.04.23
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世界初の“一細胞ネイティブ質量分析”に成功

横浜市立大学大学院生命医科学研究科 明石知子教授、小沼剛助教らが、ネイティブ質量分析*1による赤血球1個からのヘモグロビン四量体の迅速な観測に世界で初めて成功しました。この技術は、生きた細胞内のタンパク質を直接観測し、細胞ごとにタンパク質の働きを理解するのに有用な手法として、様々な研究への利用が期待されます。本研究は学部4年生 坂本和香さん(現博士前期課程1年)が中心となり卒業研究で行ったもので、研究開始から約1年で素晴らしい業績を挙げ、論文にまとめることができました。

本研究成果は、アメリカ化学会誌「Analytical Chemistry」に掲載されました。(米国時間2021年4月19日掲載)
研究成果のポイント

  •  赤血球を一つだけサンプリングして、ヘモグロビン*2を壊さずに観測できた
  •  細胞内で機能するタンパク質の状態を、細胞ごとに比較して把握できる技術を開発した

研究背景

質量分析は試料をイオンにして質量を求める方法で、微量の試料から迅速にデータを得られます。一般に、タンパク質の質量分析で感度を上げるには、酸や有機溶媒を加えてイオン化しやすい条件を整える必要があります。しかしながら、このような条件ではタンパク質は変性してしまい、機能する状態を保持することができません。機能する姿のまま観測するには、感度をある程度犠牲にしても、中性の水溶液として試料を調製して、ありのままの状態を保って質量分析する(=ネイティブ質量分析)方法が用いられます。ネイティブ質量分析では、細胞内のタンパク質の状態の変化を質量の変化として捉えられるため、タンパク質の機能を理解する上で非常に有用な情報が得られます。数多くの細胞をすりつぶし集めたタンパク質を精製してから実験に用いるのが一般的であるのに対し、本研究では、たった一つの赤血球をそのままネイティブ質量分析に供し、データを取得することに挑みました。機能しているタンパク質の質量を細胞ごとに求められれば、様々な状態の細胞を一つずつ比較でき、生命科学研究を進める上で大きく貢献します。

研究内容

一つの赤血球細胞には、0.45フェムトモル(0.45×10-15モル)というごくわずかのヘモグロビン分子しか含まれていません。このような少ない量のヘモグロビンを観測するのは、酸や有機溶媒を加えた変性条件でも容易ではありません。研究グループでは、升島らが開発した分子量数百の小さな化合物の網羅的分析に用いられている実験手法(参考文献)を参考にし、図1に示すようなシステムを用い、顕微鏡で観察しながら赤血球1個をサンプリングし、ネイティブ質量分析のための様々な条件を最適化することで、一細胞ネイティブ質量分析を可能にしました。
まず、一般的なネイティブ質量分析の実験方法でデータを得るために必要な試料量を、すりつぶした赤血球を使って求めたところ、理論上、最低でも約200個の赤血球が必要と見積られました。そこで、顕微鏡で観察しながらの赤血球のサンプリング方法や測定のために添加する試薬、条件などを精査した結果、30個、10個、そして最終的には1個の赤血球から再現性良く、ありのままのヘモグロビンをネイティブ質量分析で検出することに成功しました。図2に示すように、赤血球1個を極細のガラス管(エミッター)に素早く吸い込み、タンパク質を変性させずにイオン化を促進する酢酸アンモニウム水溶液をほんの少し加えてから、ヘモグロビンのイオンをネイティブ質量分析で観測するという、一連の実験操作のポイントを押さえて手際よく進めたことが成功の大きな決め手となりました。

今後の展開

「一細胞」のサンプリングで分析できるということは、細胞一つ一つの様子を比較できることになります。その際、「ネイティブ」、すなわち自然の状態での質量分析では、細胞内のタンパク質の様子をより正確に知ることができると期待できます。生命体を構成する細胞一つ一つについてタンパク質の状態を比較できる本技術は、生命現象の基礎的な理解からその応用まで、幅広い分野で役立つと考えられます。

論文情報

タイトル:Single cell native mass spectrometry of human erythrocytes
著者:Waka Sakamoto, Nanako Azegami, Tsuyoshi Konuma, *Satoko Akashi
掲載雑誌:Analytical Chemistry
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.analchem.1c00588

参考

用語説明

*1 ネイティブ質量分析:
タンパク質などを機能に重要な構造をできるだけ保ったままイオン化しその質量を測定する分析方法。非共有結合で複数の分子が集まった複合体でも、そのままイオン化し、正確に質量を決めることができる。

*2 ヘモグロビン:
赤血球に含まれる酸素運搬に関わるタンパク質で、赤い色をもつヘム分子を抱えた4つのグロビンタンパク質が非共有結合して構成されている。

図、画像、表

 図1 実験手法の概念図
図2 顕微鏡下、マニピュレーターで1個の赤血球をサンプリングする様子を観察した画像

研究体制(論文著者・所属など)

横浜市立大学大学院生命医科学研究科
 教授 明石 知子
 助教 小沼 剛
 共同研究員 畔上 奈々子
横浜市立大学国際総合科学部理学系
 4年 坂本 和香(現在 同大学大学院生命医科学研究科博士前期課程1年)

研究費

※本研究は、科学研究費補助金(JP18H04561, JP19H05774)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS) (JP20am0101076)、中谷医工計測振興財団、公益財団法人JKA、テルモ生命科学振興財団の助成を受けて実施されました。

参考文献

Fujii T, Matsuda S, Tejedor ML, Esaki T, Sakane I, Mizuno H, Tsuyama N, Masujima T, “Direct metabolomics for plant cells by live single-cell mass spectrometry.” Nat Protoc. (2015) 10, 1445-1456.

問い合わせ先

横浜市立大学  広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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