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がん細胞と神経の相互作用の解明に成功 ~「Nature」に掲載 ~

2020.02.13
  • プレスリリース
  • 研究

がん細胞と神経の相互作用の解明に成功

~「Nature」に掲載 ~

横浜市立大学学術院医学群 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 高橋秀聡助教、MD Anderson Cancer Center* Dr. Moran Amitらの研究グループは、がん抑制遺伝子p53の機能を喪失したがん細胞が周囲の感覚神経を交感神経に変化させ、その交感神経ががんの進展を促すことを発見し、英科学誌Natureに発表しました。
近年、がん組織中の交感神経ががんの進展に密接に関わることが分かってきましたが、今回の研究でその詳細なメカニズムが解明されました。これにより、がん細胞と神経の相互作用を標的とした画期的な治療法の開発が期待されます。
 
この研究成果は、高橋助教のMD Anderson Cancer Center留学による国際共同研究の成果です。
研究成果のポイント

  • がん抑制遺伝子p53の機能を失ったがん細胞が周囲の神経を交感神経に再プログラムし、この交感神経はがんの進展を促す
  • がん関連交感神経が患者の予後を予測する指標となりうることに加え、
    有望な治療標的となる可能性が示された

研究の背景

がん組織はがん細胞だけでなく、血管を構成する細胞や免疫細胞など様々な細胞から構成されています。がん細胞は血管新生や免疫抑制といった方法で、がん細胞周囲の環境(がん微小環境)をがんの進展に有利なものへと変化させます。近年、このがん微小環境を標的とした血管新生阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬といった治療法が実用化され、がん治療の進歩に貢献しています。一方、最近の研究でがん微小環境における交感神経ががんの進展に関与することが分かってきましたが、その交感神経の起源やがん細胞と神経の相互作用のメカニズムは知られていませんでした。

研究の内容

我々は頭頸部扁平上皮がん*1の遺伝子変異や遺伝子発現を網羅的に解析したThe Cancer Genome Atlasのデータから、がん組織中の神経線維の密度が高いと患者の生存期間が短いことを見出しました。また、がん抑制遺伝子p53の機能が失われたがん細胞の周囲では、神経線維の密度が高いことが分かりました。そこで、p53の機能を喪失したヒト頭頸部扁平上皮癌細胞をマウス神経細胞と一緒に培養すると神経線維の数が増えたことから、がん細胞におけるp53遺伝子の異常とがん組織中の神経線維の数の増加には関連があると考えました。

次に、p53機能喪失が神経密度を上昇させる機構を解明しました。がん細胞を培養した培養液を超遠心機で細胞外小胞*2とそれ以外の液性因子に分離すると、p53の機能を喪失したがん細胞から得られた細胞外小胞には神経線維を増やす作用がありました。そこで、p53が正常ながん細胞とp53の機能を喪失したがん細胞とで、それぞれの放出した細胞外小胞に含まれるマイクロRNA *3を比較しました。すると、p53の機能を喪失したがん細胞では、放出した細胞外小胞に含まれるmiR-34aというマイクロRNAが少ないことが分かりました。また、p53が正常のがん細胞でmiR-34a発現量を低下させるとがん組織中の神経密度が高くなりました。このことから、がん細胞のp53機能喪失は、細胞外小胞でのmiR-34a発現量の低下を通じてがん組織中の神経密度を上昇させていると考えられました。

続いて増殖した神経細胞の中で起こる変化について調べるため、ヒトの神経細胞をヒトがん細胞由来の細胞外小胞と一緒に培養し、神経細胞内の遺伝子発現のパターンを解析しました。その結果、p53を喪失したがん細胞由来の細胞外小胞によって神経線維の増殖に関わる細胞内シグナル伝達経路が活性化されるだけでなく、神経細胞の幹細胞様の性質や交感神経の末端から放出されるノルアドレナリンの合成に関わる経路も活性化していることが分かりました。また、マウスの舌がんモデルを用いた実験では、がん細胞のp53が欠失したり、miR-34aの発現量が低下したりすると、がん組織の交感神経の密度やノルアドレナリンの濃度が上昇することが示されました。ノルアドレナリンはがん細胞の増殖を促すことが知られており、がん細胞によって誘導された交感神経がノルアドレナリンを放出することでがんの進展に寄与していると考えられました。

さらに、増殖した交感神経の由来が元々存在する交感神経なのか、それとも別の神経なのかを検証する実験を行いました。舌神経という舌の感覚を司る神経を予め切断したマウスの舌にがん細胞を移植すると、舌神経を切断しなかったマウスに比べてがん組織の交感神経密度が低く、腫瘍の成長速度が緩やかでした。しかし、元々存在していた交感神経を化学物質で焼灼しても舌に移植したがんの成長速度は変わりませんでした。すなわち、がんの周囲組織で増殖していた交感神経は、元々存在している交感神経ではなく、感覚神経である舌神経由来であることが示されました。実際、p53欠失がん細胞由来の細胞外小胞と一緒に培養することで感覚神経が交感神経に変化する様子を捉えることにも成功しました。

MD Anderson Cancer Centerで治療された患者データを解析したところ、交感神経密度が高い頭頸部扁平上皮がん患者は、交感神経密度が低い患者に比べて生存期間が短いことも分かりました。交感神経密度が高いがん組織ではノルアドレナリンの濃度が高かったのですが、ノルアドレナリンの作用を阻害する交感神経受容体遮断薬を投与したマウスではがんの増殖が抑制されました。このことから、交感神経の密度が患者の生存期間を予測する指標になるだけでなく、がん組織の交感神経やそこから放出されるノルアドレナリンを遮断する治療が有用である可能性が示唆されました。

今後の展開

今回の研究は頭頸部扁平上皮がんを対象に行ったものですが、交感神経によるがんの進展は前立腺がんや乳がんといった他のがんでも認められることから、さらに様々ながんで交感神経密度と患者の生存期間との関連が認められるかどうかを検証していく予定です。

血管新生阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬のように、がん微小環境を標的とした治療は幅広いがん種への応用可能性があるため、今回明らかになった「がん細胞とがん微小環境における神経との相互作用に関わる分子」を標的とした治療法という、画期的ながん治療法の開発が可能になると考えています。

用語解説

*1 頭頸部扁平上皮がん:口腔・咽頭・喉頭・鼻副鼻腔・唾液腺・甲状腺などに発生するがんを頭頸部癌といい、その大半は扁平上皮がんという種類のものです。本邦の甲状腺がんを除いた頭頸部がんの罹患数は毎年3万人程度であると予測されています(国立がん研究センターのがん登録・統計による)

*2 細胞外小胞:細胞から放出される小胞で、後述するマイクロRNAやタンパク質などを運搬して、離れた細胞に情報を伝達していると考えられています。大きさ30 – 150 nm程度のものをエクソソームと呼ぶこともあります。

*3 マイクロRNA:20 - 25塩基ほどの長さのタンパク質に翻訳されないRNAで、細胞内の特定のメッセンジャーRNAと結合することで、その遺伝子の発現を阻害する役割を担っています。マイクロRNAは正常細胞でも重要な役割を担っていますが、がんを初めとする様々な病気の発症と進行に関与していることが分かっています。

※本研究は、『Nature』に掲載されました。(2月20日号、日本時間2月13日午前3時付オンライン)
Loss of p53 drives neuron reprogramming in head and neck cancer
Moran Amit, Hideaki Takahashi, Mihnea Paul Dragomir, Antje Lindemann, Frederico O. Gleber-Netto, Curtis R. Pickering, Simone Anfossi, Abdullah A. Osman, Yu Cai, Rong Wang, Erik Knutsen, Masayoshi Shimizu, Cristina Ivan, Xiayu Rao, Jing Wang, Deboraha A. Silverman, Samantha Tam, Mei Zhao, Carlos Caulin, Assaf Zinger, Ennio Tasciotti, Patrick M. Dougherty, Adel El-Naggar, George A. Calin & Jeffrey N. Myers
Nature, https://doi.org/10.1038/s41586-020-1996-3

*MD Anderson Cancer Center:テキサス州ヒューストン(米国)にある、がんセンターで、1941年にテキサス大学の附属施設として設立されました。がんの研究、教育、予防も含む包括的ながん患者医療サービスを専門とする、世界で最も高い評価を受けているがんセンターの1つです。横浜市立大学とは2014年にがんの予防や治療に関わる覚書(MOU)を締結し、がんの分野における教育・臨床・研究レベルでの交流を行ってきました。

問い合わせ先

(研究内容に関するお問い合わせ)
学術院医学群 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学 助教 高橋  秀聡
TEL:045-787-2687  E-mail:htk98@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長渡邊 誠
TEL:045-787-2510  E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp
 

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